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第20話恋愛相談ー2(✱)
洋裁部……。
洋裁の授業だけではなく部活にまで入っていたのか。
思い出したくもない案件が脳裏によみがえるが、顔には出なかった。
蒼宙が身を乗り出す勢いで話を聞いている。
「女子校だから、女の子ばかりなのよね。
おうちから送迎されて通学してたし異性との関わりは、
お父様や青、藤城総合病院の先生くらいだったわ。
女の子は嫉妬深くて、大変なんだなってよく思ってた」
「翠お姉さん、誰かに告白されたことあるんですか?」
「もちろんよ! 押し花を挟んだレースの便せんの
可愛いお手紙をもらったわよ。
大好きです。一緒にお茶したりしたいですとか……ピュアよね」
おおお、と蒼宙が大げさな反応している。
「いきなり抱きつかれた時にはびっくりしたけど、
ぽんぽん、と背中を撫でてあげた。
結局、高校時代は清く正しく勉強だけに励んだわ。
同性だからお断りしたんじゃないのよ。
その頃、恋愛に興味がなかっただけ」
「な、なるほど」
「楚々とした深窓のご令嬢に慕われるのも悪くなかった。
その頃は男の人の方が苦手だったのもあって、
可愛い女の子達に癒やされていたわ」
翠は紅茶で唇を湿らせて、表情を引き締めた。
真剣に見えるが、ちょっと聞きたくない表現の気もする。
(実の弟に、変態さ加減を教えているようなものだぞ)
「何か身になる話はあったかしら?」
「……翠さんが恋のキューピッドになってくれたのも、
その頃の経験が元だったんですね」
「そうね。ピュアな想いなら関係ないし、
話を聞いた限りのイメージの蒼宙ちゃんはかわいくて、いい子
だったから。大賛成だったわ」
「熱烈歓迎してもらえて嬉しいです。
青のお父様にも会えましたし……みんないい人で
僕は恵まれてますね。藤城家の皆さんのように優しい人達と関われて」
人前では愛称で呼ばない。
蒼宙にあおと呼ばれるのは特別感があった。
「蒼宙……」
涙ぐんでいる蒼宙を見てここに来てよかったんだと思えた。
「いくらでも悩みなさい! しんどくなったら、翠さんに
相談すればいいから」
「翠お姉さん……」
「マジ泣きしてんのか……蒼宙?」
ぐすん。
滑らかな頬にハンカチを押しあてると、蒼宙は一瞬で泣き止んだ。
けろっとした様子で笑顔を見せている。
「すっごいラブラブなのね。よしよし、ケーキのおかわり持ってくるわね」
翠は二ヶ月ぶりに会った甥と初めて会った甥の彼氏を快くもてなしてくれた。
「女子校を出た私は、大学一年で運命の恋に落ちたわけだけど……
陽だから好きになれたのかもね。慎重に見えてぐいぐいきてくれて」
「……もうそれくらいでいいや。ありがとう翠お姉様」
夫とのなれそめを語りかけたので、丁重にお断りした。
「ちゃんと聞きなさいよう」
「僕、聞きたいです」
「もう四時だから帰る時間だ」
残念そうな蒼宙の手を引いてソファから立たせる。
「お姉様、ありがとう。参考になったよ」
「ありがとうございました」
「うんうん。またいつでも来てね。今度は陽も紹介するわ」
翠の声を背中に聞きながら玄関のドアを閉めた。
太陽が傾きかけた空を見上げ、ふうと息をつく。
双葉が車を回してきて、颯爽と降りてくる。
「楽しかったあ。有意義な時間だった」
「よかったな」
蒼宙が喜んだならそれでいい。
姉の話は、付き合っていく上でかなり励みになった。
車の後部座席に乗るとべったりとくっついてくる。
双葉が運転席にいるのもお構いなしの甘えっぷり。
車が発進してしばらくすると、寝息が聞こえてきた。
「……寝やがった」
「お疲れなんですね。青様を藤城家までお送りした後、
蒼宙さまもお家にお送りしてきますね。
それとも一緒に行きます?」
ルームミラー越しに感じる視線は微笑ましいものを
見るようだった。
「……い、行きます」
車は、蒼宙の家の方角へ走り出す。
さらさらの髪を撫でながら腕の中に抱き込む。
何の夢を見ているのか、にんまりと笑っていた。
頬をつねっても反応がないので、額と頬に口づけると
「あれ……あお?」
頬を押さえながら、体を起こす
指で触れてみたらほんのり熱を持っていた。
「キスで起きるのか。ふうん」
「起きてる時にしてよー」
「また今度な。もうすぐお前の家に着く」
人前というのもある。
プライベートの空間で二人きりとは別だ。
「まだ帰りたくないよ。夕方って早すぎない?」
「GW(ゴールデンウィーク)が来たら遊ぶ時間も作れるだろ」
「ん」
蒼宙は瞼をこすっている。
窓から差し込む夕日に目を細める。
時間が惜しいのはくやしいが青も一緒だった。
「もっと強くなりたいよ。誰がどう考えるかばっかり
気にして不安になるの嫌。
翠お姉さんの話を聞いて大事なことを教えてもらった気がするんだ」
「俺の家族はキャラが濃くても悪い奴はいないからな」
「あはは……みんなよく似てるよね」
「……その辺で勘弁してほしい」
額を押さえうなだれる。
「女優さんみたいにすっごく綺麗な人だったな。
それにうちのママとも仲良くなれそうなんだよね」
「……普通にまともそうな人と一緒にしちゃ駄目だ」
「強いんだよね……うちのママ」
「柔らかい雰囲気だったが……」
「ああ見えてパパを尻に敷いてるよ」
クスッと笑った蒼宙は、停止した車に気づき息をつく。
「ありがとうございました」
外からドアを開けた双葉に、礼を言い車を降りた。
「今度また遊びに来てね。小学校時代のことも話したいし」
「楽しみにしてる」
「また学校でね」
後部座席のウィンドウを開けた青に蒼宙が顔を近づけてくる。
あっ、と思うもなく右頬に口づけが降ってきた。
ぱたぱたと走り去る背中を見つめる。
(覚えてろよ……)
ふいうちの可愛らしいキスに頬を染めてしまった。
その日の夜の夢は蒼宙が出てきた。
猫のように甘えてすり寄り気まぐれに背中を向ける。
『蒼宙?』
『青、大好き』
愛称ではなく、せいと呼んでふんわりと微笑む。
腕を取って引き寄せようとしたら、すり抜けてかき消えた影。
その余韻が目を覚ましても離れなかった。
「何だったんだ……さっきの夢」
もっと幼かったら、確実に泣いていた。
胸が痛くて、どうしようもなくなる。
このまま離れたくないと強く感じていた。
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