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第21話 現在(GW)と過去(小学校時代)。

 青が3歳で習い始めたピアノも今年で12年目。  小学校時代は何度かコンテストに出て賞をとっているし、  発表会にも出ていた。  中学に上がってからは、発表会には一度でたきりで  教師からはもったいないと言われ続けている。 「青くん、コンテストには興味ないの?  たまにはしてみるのも……」 「母もピアノを弾いていたし、プロになるのを  志望されてもいました。彼女の姿に憧れてピアノを  弾けるようになりたいって幼心に思ってたんですよね」  うんうんと頷く教師は、40代半ばで青以外の生徒は  自らが開くピアノ教室で教えている。 「同時に医師である父の姿を見て、将来は医師になって  病と闘う人達の助けになれたらとも強く感じてました。  音楽は趣味で、医師は仕事。  将来設計をする上できっぱり分けて考えてましたよ」  ゆっくり奏でるメロディ。  初夏の空気が差し込む部屋で鍵盤を奏でる青は、  文字通り絵になった。 「……そういう約束だったね。  青くんは優秀で難曲も、あっという間に弾けるようになったけど、  どこか距離は置いてる感じもあったもんね」 「その通りです」  会話をしていても決して音を外さない。  集中力は目を見張るものがあった。 「最近、何か心境に変化があったのかな?」 「……特に変わらないですけど」  教師は、鋭く目を光らせ青を隣から見た。 「音に色気が出てきたじゃない。  冷静すぎるほどだったのに、最近は感情がすごくこもってる」  内心、ぎくりとする。  蒼宙から影響を受けていた。  10年以上の付き合いのある人には、見透かされてしまうようだ。 「感情を乗せられるようになってるから、  一層もったいなくってね」 「発表会はともかく俺がコンテストに出るのは本気で音楽を志す人間からしたら、  冒涜でしかないでしょう。分かっているはずです」 「……その真面目さがいいんだけどね。  君が藤城家の跡取りで医師を継ぐ運命(さだめ)じゃなければ」  これ見よがしに息をつく。 「すみません。  教えることも残ってないのに来ていただいて」 「……いいんだよ」  ピアノ教師は名案を思いついたという風に手を打った。 「卒業式の伴奏をするのはどう? 想い出になるよ」 「……頼まれたら考えます」 (正直、面倒なことこの上ないが、蒼宙が  歌ってくれるのを想像すれば悪くない提案に思えた) 「今日もありがとうございました。後10ヶ月よろしくお願いします」  立ち上がって頭を下げる。  意外に丁寧なのだった。 「……高校になってからも教えたいなあ」 「ピアノのレッスンを受けなくなっても、また弾くのを聞きに来て下さい」  緩く口元をあげると教師は嬉しそうに笑った。 「先生の気持ちも分かるなあ。あお、ものすごく上手いもの」 「……ありがとう」  GW(ゴールデンウィーク)最終日、藤城家には青の恋人・蒼宙が  訪れていた。二人は今までで一番長い時間一緒に過ごしている。 「GWがこんなに楽しいのは生まれて初めて。  大好きな人とおうちデートしたり、おでかけしたり楽しみがいっぱい」  うきうきとした様子で語る蒼宙は目がハートマークだ。 「俺も。前は勉強ばっかりだったしな……」  中学に入ってからは誰とも交際していない。  小学校時代に二度ほど恋愛経験があるのも  十分ませているのだが、青は特に自覚していなかった。 (……別に何もしてないし。積極的にくっついてくるのが、  うっとうしくて……泣かれるのも面倒で。  おままごとだった気がする)  蒼宙との付き合いは今までのものとは全然違う。  同性だから分かるものもあって分からない部分もあるのだ。 「小学校の頃のあおの制服姿も無敵だったよね。  帽子がよく似合っててうっとりだった」 「……ガキくさくてかぶりたくもなかった」  舌打ちする。  鍵盤のカバーを閉じると背中に蒼宙がだきついてきた。  肩に頭を乗せて、上半身に腕が絡みついている。 「時々、卒業写真を見て想い出に浸ってるよ」 「……妙な趣味は金輪際やめろ」 「小学校の頃を思い出したりしないの?」 「ないね。お前も思い出したくないことあるだろ」 「あおには知られることもなかったし、秘密が守られたから、  全部がよくなかったわけでもないんだ。ママのおかげなんだけど」 「確か強いんだったか」 「そうそう。ラブレターを送った相手は僕をからかって、  お家の人にも伝えたんだよね。あちらのお母さんから  電話がかかってきた時は驚いたよ」 「結構、面倒なことになったんだな」 (しょうもないことをしやがって……  今からでもどうにかやり込められないかな) 「正直、あの時のママを思い出すと鳥肌が立ってしかたがないくらい。  ちょっと話が長くなるけど聞く?」 「今後の参考のために」 【蒼宙視点】  青へのラブレターを間違えて送ったクラスメイトは、笑った挙げ句  気持ち悪いとまで言ってきた。  それが一般的な反応だから仕方がないと諦め、  必死で謝り青本人には黙っておいてほしいと懇願した。  そのラブレター事件が起きた夜のこと。  午後9時に電話が鳴ることも珍しく訝りながら、電話に出たのは蒼宙の母親だ。  寝る前の牛乳を飲みにダイニングに来た蒼宙は、  こんな時間になんだろうと思いながら椅子に座っていた。 『もしもし……篠塚ですが』 『堀口です。実は蒼宙くんのことで少々、奇妙な話を耳にいたしまして』 『どういうことでしょう。手短にわかりやすく説明してくれますか』  蒼宙の母は、額に青筋を作っていた。  手短にの所を一文字一文字区切っているのが相手に対する嫌がらせである。 『息子が蒼宙からラブレターを受け取ったみたいなんですよ。  しかも相手を間違えて!  間違えた相手も男の子なんだから、ちょっと驚きません?』 「……蒼宙が間違えたのは素直に申し訳ないとは思いますが」  母の口調の棘に気づいて怒りの強さを感じ取ってしまう。  気になって部屋に戻ることができない。 『男の子が男の子に告白?  女の子みたいに可愛らしい蒼宙くんだからそうなってしまったのかしら。  お宅の教育はどうなってるの?』 『はい?』  受話器を持つ手が震えている。 「ママ……ど、どうしたの?」 「蒼宙、鉄槌を食らわせるから任せといて」  母の宣言に、何が起きているんだろうと思った。  

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