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第22話 過去(小学校時代)と現在(GW)

 蒼宙は隣で母の顔をうかがい、受話器を持っていない方の手を握った。 『蒼宙くんの恋する相手は藤城青くん。  藤城総合病院のご子息ね。  うちの息子じゃなかったとはいえ相手も男の子よ。  蒼宙くんは、ちょっと変じゃないのかしら』 『さっきから話を聞いていれば、ぺらぺらぺらぺら  勝手に自分の価値観を人に押しつけて何様のつもり?』  母を怒らせると大変なことになる。  この時、思い知ったことだ。 『お宅のご子息様にラブレターを間違えて送った件ではご迷惑をおかけしましたが、  蒼宙が誰を好きになろうがとやかく言われる筋合いはひとつもありません』 『……でもね、相手様にご迷惑をかけることになりますよ』 『迷惑かどうかは向こう様が決めることだわ。  とりあえず、ご子息にお伝えください。  出しゃばるな。蒼宙が言わないのにお前の出る幕はない』  母は静かに電話を置いた。  受話器の向こうからまだ何か聞こえてきていたが、一方的に終わらせた形だ。  ちいさな蒼宙の身体をしっかりと抱きしめてくる。 「辛い思いをしたわね。もしまた何かあったらママとパパに言ってね」 「……ママ、強いね。正義の味方みたい」  強く抱きしめられていて苦しいくらいだ。 「正義の味方です」  真面目くさって言うから、おかしくなった。 「僕もあの子に言わないでってお願いしたよ。  シューズボックス、間違える僕が悪いから」 「謝ったのにお母さんに告げ口したりしているじゃない。  いやらしい。ほっといたら青くんに言い出しかねないわ。  蒼宙の秘密を握って楽しんでるんだから」 「そこまでじゃないと思うよ」 「蒼宙はいい子すぎね。はあ……まったく  教育がどうとかいうのはあちらに言いたいわ」  足を踏み鳴らすかと思った。  母は上品なのでするはずもない。 「僕が、男の子に恋しちゃったことが、  問題になっちゃったんだよ。  あの子を悪く言わないであげて」  涙が声に混じる。  身体を離されると、頬を手挟み母が、小さく笑いかけてきた。 「人が人を好きになるのは、自由なの。  同じ性別の子を好きになってどこが悪いの?  頭が固すぎる。日本人は古すぎる」  今度は、はっきり鼻を鳴らした。  母はとても可愛らしい人だが、勇ましくてかっこいい。 「男の子は、女の子を好きになるのが普通って  世間一般的な常識だもん。僕ははみ出しものなんだ」 「……蒼宙が、ちっちゃい頃から可愛いキャラクターが  大好きだったり女の子の遊びを好んでたからって、  個性だからいいと思った。それと同じこと」  頭を撫でられる。 「ママ……」 「蒼宙、あなたはまだ12歳でこれから色々あるでしょうけど、  自分の生き方は自分で選んでいいからね。  傷ついて苦しんでもママやパパがいるから大丈夫」  ラブレター入れ間違え事件がこんなに親子の絆を強くするなんて。  ぐすん。涙が頬に落ちてくる。  鼻をすする間抜けな音がシリアスな雰囲気をかき消していく。 「しかし藤城青くんか。蒼宙は面食いね……。  あなたも天使みたいな愛らしさだけど、あの子は特別枠だもの」  藤城青は母親の表現がぴたりと当てはまる存在だ。 「今回、蒼宙はミスをしてしまってこんなことになったわ。  次はしくじらないようにしないと」  母は女神様のように神々しく微笑んでいた。 「……えっと、別に両思いになれるとは思ってないよ」 「玉砕するならそれもあり!  諦めきれずにもやもやしちゃう方が身体に悪いわ」  がしっと肩を掴まれた。 「ありがとう。男の子を好きになっても  嫌わないで全部認めてくれて。僕は心強い味方を得たんだね」 「とりあえずあと一年経っても気持ちが変わらなければ、  もう一度本人に伝えなさい。  中学は受験して今の小学校の付属じゃないところに  行きましょ」  一気に押し進められていく。 「それしかないよね」 「青くんとも学校が別になるかも……」 「恋の女神が微笑めば同じ学校になれるかもよ」  瞬きした。  架空の存在を信じてみたい。 「うん」 「同じ所に行けたら実力行使をしなさい。  それで駄目なら彼は、無理だと諦めるしかないわ」 「ママがパパと結婚するために頑張ったみたいに?」  文字通り、母は父を攻め落とした。  15年も前の話だ。 「……12歳の息子に危ないことを教えてもいいの」 「何かは自分で考えて行動に移すのよ」  強き母の的確なアドバイスを経た蒼宙は、二年の後、  精一杯の行動に出ることになったのだった。      青は蒼宙の言葉を聞き終え感嘆の吐息をついていた。  バレンタインデーの決死の覚悟は、母親の後押しもあったためだった。 「お前のお母さん、すごいな。藤城家が優しいと言っていたが、  篠塚家も相当理解度が高いじゃないか」 「そうだね。僕んちも特別なのかも」  味方が近くにいることはとても心強い。  とんとん、と扉を叩く音がして返事をする。 「どうぞ」  部屋の中に入ってきた操子が声をかけてくる。 「お茶の時間にされませんか?」  操子はケーキと飲み物の載ったトレイをテーブルに置いた。 「ありがとうございます!」  青より先に蒼宙が礼を言い操子に笑顔を向けた。  操子は、トレイのみを抱え部屋を出て行く。  14畳以上ある青の部屋には、グランドピアノと  ベッドの他、テーブルとソファが設置されている。 「広い部屋でいいね。お泊まりしたら大きいベッドで一緒に眠れるね」  青は飲んでいたカフェオレを吹き出しかけた。 「ごほっ……」  咽せて咳き込む青に、蒼宙は首をかしげている。 「やだなー。意識しちゃった?」 「何の意識だ。馬鹿」  ごまかす。  最近、冷静さを保てなくなっている。 (恋愛は時に不便な心の揺れをもたらすな) 「……泊まりに来てもいいよ」  あえてオレサマと表現された口調を使わず言ってみる。 「本気にしちゃうよ」 「夏休みなら来てもいいよ。  蒼宙も受験組だろう? 一緒に勉強しよう」  御曹司とか色眼鏡で見られるなら、  自分自身が認められる人間になればいい。  父に褒めてもらいたい一心で、勉強に励んできた。 「将来、父のような大学教授になりたいんだ。  青がお父様と同じお医者さんになるみたいに僕も」  決意を秘めた瞳。 「……そっか。じゃあ俺と同じ高校に行けばいい」  さらっ、と言ってしまった。  蒼宙が頭脳明晰なのは重々承知していた。  飲み込みも早く一緒に勉強するのも楽しいのだ。  その優秀さで青をうならせることもある。 「この部屋が気に入っていても、蒼宙が泊まるのは  客室だから覚えておけよ」 「……ドキドキさせておいてひどい」  嘘泣きしたので額を小突いた。

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