23 / 70

第23話 雨の季節、蒼宙の家で勉強会-1

梅雨が始まり一年で一番憂鬱な季節になった。 雨は降るしじっとりとした湿気が肌にまとわりつく。 自転車で地下鉄の駅まで行き恋人と待ち合わせていた青だったが、 この時期は送迎に頼っている。 青自身は、送ってくれるのは駅まででもよかったが、父が双葉に送迎を頼んでいた。 蒼宙にも同じ車で行くか聞いてみたが、家族に反対されたらしく断られた。 電話した時の様子を思い出し苦笑する。 『そこまで甘えちゃ駄目だって。僕もそう思ったんだ』 甘えたの蒼宙だが考え方はしっかりしている部分もあった。 『学校に着いたら始業前に少し会えるか』 『うん! 放課後にも会えるしね』 四ヶ月で心はすっかり侵食されていた。 「青さま、中学校に着きました」 双葉の声にはっとする。 外側からドアが開けられる。 自分の瞳の色の傘を開き、歩いていく。 家族以外では、蒼宙だけが知る秘密だ。 同じ中学の奴らは知らない。 「あお、おはよっ」 澄んだ声が聞こえる。 白い傘を持つ蒼宙の姿があった。 「バレないって言ったの分かる気がする。  普通に仲のいい友人同士にしか見えないもんね」 「……ああ」 「複雑な気分だけどね。あおも同じ気持ちを共用してくれてるの?」  歩きながら、会話をする。  この季節は色とりどりの傘の花が咲く。 「かもしれない」 「それが聞けただけでもいい」  口元をほころばせた様子の蒼宙が可愛くて仕方がなかった。 「雨も意外と悪くないな」 「大雨じゃなければ風情もあるよね」  それぞれの教室へ向かう。  別のクラスでよかったと感じていた。 昼休みに弁当を食べ終えたタイミングで 蒼宙が口を開いた。 「うちで期末テストの勉強会しない?」 「お前の家で? いいのか?」 「あおのおうちにはお邪魔してるけど、うちにはあんまり招待してなかったなって」 「特に気にしてないが」 「僕も来てほしいし、ママも会いたがってるんだ」 「土曜日の午後からお邪魔してもいいか」 昼食を食べた後くらいが、ちょうどいいだろう。 「お昼も一緒にどうかしらってママが」 「……じゃあご馳走になろうかな」 強引に押し切られた気もしたが、特に不快にはならなかった。 蒼宙は、引き際も弁えているし……何より すべてがかわいらしかった。 (考えていることが、バレるのは問題だな) 土曜日は、曇りという予報だった。 念の為に折り畳み傘を用意し、屋敷を出た。 送迎は使わず地下鉄から蒼宙の住む家へ向かう。 思えば待ち合わせではなく、蒼宙が待つ家へ向かうのは初めてのことだった。 なんだか新鮮で楽しい。 それに、母親もいるし羽目を外すこともないだろう。 そこが青の家と違うところだ。 地下鉄の車内は相変わらず喧騒に満ちていて、 通学に使う以外でわざわざ利用したくはない。 蒼宙の家に行くから特別だ。 地下鉄の駅を降りて、記憶している通りの道順を歩く。 一度訪れたらしっかり記憶しているので、迎えに来てもらうまでもないと思った。 高層マンションの20階に、蒼宙は住んでいる。 エレベーターのボタンを押して運ばれている間、 少し緊張している自分がいて驚いた。 エレベーターが、開き廊下を歩く。この階には蒼宙の家しかない。 表札を確認し、チャイムを鳴らした。 「はーい」 軽やかな声の返事が聞こえてきて、身なりを整える。 今日の青は、白いドレスシャツにリボンタイ、薄手のジャケットを身にまとっている。 普段よりかしこまった格好をしているのは、父・隆のアドバイスによるものだった。 『これでウケはばっちりだから』 (なんのウケだよ) 部屋にある全身鏡で確認した時、ばっちり決まっていて、ツッコミを入れた。 (ありえない。ぼんぼんって感じだ) 悶々と考えていた青は、開かれた扉の奥から、現れた女性に笑顔を向けた。 蒼宙によく似た綺麗な女性である。 「青くん、いらっしゃい」 奥から、ぱたぱたと駆けてきた蒼宙は、母親の目の前にも関わらず青に抱きついた。 飛びついたという方が正しいかもしれない。 「いらっしゃい、あお。待ってたよ」 首にぎゅっと腕を回され、歓迎のハグ。 背中をぽんぽん、と叩いて答えた 「今日のあお、かっこよくて可愛いよ!」 「……そっか」 踵が浮いている状態の蒼宙をそっと床におろし、 改めて母親に挨拶する。 「こんにちは。今日はお邪魔します」 「来てくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってね。すぐにご飯もできるから」 知的な香りはするが、圧は感じない。 たおやかな淑女だ。 差し出された手を取り握手を返す。 「蒼宙ったら、ママの目の前でそんなことして。ちょっとジェラシー感じちゃう」 チラ、と愛息を見る蒼宙の母はニヤニヤしていた。 「公認だからいいでしょ」 自分の家だからなのか、くつろいだ様子だ。 青は、内心照れていた。 繋がれた手を強く握り返して、蒼宙の母の後ろに続く。 リビングに案内されソファに座る。 蒼宙の母はダイニングの方に向かった。 蒼宙は隙間なく膝をくっつけてきた。 「べたべたすんな……お母さんも近くにいるんだぞ」 ダイニングからは離れていても、近い距離にいるのは間違いがない。 「みっともないとか言ったりしないから大丈夫」 (そういう問題じゃない) ショルダーバッグから、お菓子の箱を取り出す。 贈答用の包装をされたものである。 「あお、お土産持ってきてくれたの? 気を遣わなくていいのに」 テーブルに置くと蒼宙はしげしげと見た。 「いや……礼儀だろ」 「ママ、青がお土産持ってきてくれたよ」  蒼宙はよく通る声で母親を呼ぶ。  やってきた蒼宙の母は、青と菓子箱を見比べ微笑んだ。 「青くん、ありがとう。  お電話でお礼をお伝えしようかしら……でも、藤城先生もお忙しいわね」 「伝えておきますので」  テーブルに置いた箱を渡すと彼女は、胸に抱くようにして受け取った。 「お昼、もうそろそろできますから」 「ママのごはん、とっても美味しいよ」  にこにこ顔の親子に言われ、頬を緩めていた。  青にしては珍しく子供らしい真っ直ぐな笑顔だった。

ともだちにシェアしよう!