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第25話 それぞれのモテ事情(✱)

エスカレーター式で付属高校にそのまま進学する者が、 大多数だからか、夏休み前で皆浮かれモードだった。 青はあえて別の道を選んだ。 幼稚園と小学校は付属だったが、そこからは受験をした。 幼い日からT大に行くと決めていたし国立大学は、入試だ。 それの特訓でもあるのだと思っていた。 勉強は嫌いじゃなく、頭に入り身についていくのが 楽しくて仕方がなかった。 勉強以外で、息抜きだったのが恋愛。 幼い時からモテにモテてきた。 それでも、中学二年の終わりに付き合い始めた相手は、 息抜きとかそういう風に考えていない。 本気で誰かを好きになる気持ちを知った。 相手が同性だというのは自分でも驚いたが、篠塚蒼宙は、 青を本気にさせる何かがあったのだ。 脳裏で恋人のことを考えていたら、自分を呼ぶ声に気づいた。 「藤城くん」 「どうかした? 「……受け取ってください」  瞳を伏せ、必死の様子で手紙を渡してくる。 (そういえば同じクラスにこんなやついたっけ……) 「悪い。受け取れない」  渡されかけた手紙をさりげなく相手に押し戻す。  近くには外野が控えてこっちを見ていた。 「勘違いだったら恥ずかしいんだけど……愛の告白の手紙?」  クラスメイトの前で見せる姿で涼しげに笑う。  こくり、と頷く相手。 「付き合ってる相手がいるから受け取れないんだ」  手元に返された手紙を胸元に抱きしめて、  クラスメイトの異性は走って行った。  取り巻きの皆さんとご一緒に。  廊下を歩いていると、ひそひそと噂話をされている。  同じ学校の子とは付き合えないとバレンタインの時期にも言ったことがあった。  そのせいだろう。  相手はどこの誰とか。  まさか年上の高校生ではないか。  信憑性のない話をされていい加減、もの申したくなる。 (バレてもかまわないが……この学校の子とは付き合わないと言ったし)  愛しい蒼宙がこちらに歩いてくるのを見かけた。  蒼宙はこちらに気づき、はっとした顔をした。 「蒼宙?」  側を駆け抜けていく蒼宙の後ろを一人の男子生徒が追いかけていた。 (何事だ……)  倦怠期の試練だろうか。  気づかれないように、男子生徒の後をつけると二人は屋上にいた。 「ついてこないでよ!」 「篠塚、俺と付き合わへん」 「無理すぎる」  蒼宙が、手で払う仕草をする。  こんな風に相手を退けようとするとはよほど嫌なのだ。 「変に気取っている女子より断然、お前の方がええわ。  すげぇかわいいし」  しつこく言い寄る相手は本気のようだった。  関西弁の圧もある。 (……って、おい)  蒼宙は壁ドンされ、相手の肩を押し返している。  蒼宙より身長がありスポーツ系の部活動をしているのか、  筋肉もある少年だ。力でかなうはずもない。 「相手は嫌がってるぞ。迷惑してるの見て分からないのか?」 「……藤城」  蒼宙に迫る間男が、つぶやく。  蒼宙はへなへなと床に座り込んだ。 「あれ? 僕……いや俺のことを知ってるのか」 「お前のことを知らん人間はおらへんやろ。  で、その藤城が何の用や。篠塚とは知り合いなんか。  お前は隣のクラスやん」  邪魔をするなとでも言いたげな相手。  蒼宙も青に襲いかかるという真似をしたものの  今回とは状況が違いすぎた。 「宮田くん、君の気持ちはわかった。  でも僕、誰でもいいわけじゃないんだ。好きな人だけなんだ」  蒼宙は声を震わせていたが賢明に相手の目を見て伝えている。  青が宮田に何か言わなくても対処できそうだ。 「藤城くんは、僕が走って君が追いかけてるから、  気になってついてきたんだ。助けてくれようとしたんだよね?」 「……ああ」  あくまで隣のクラスの同級生を装う。 「藤城って、他人の事情に首突っ込んだりするんやな……」 「助けたい奴だけな」  意味深に宮田に笑いかける。 「……篠塚、本当にチャンスはないのか?」 「うん。好きになってくれてありがとう」  にこっと笑いかけた蒼宙に、宮田は顔を赤くした。  ばたばたと大きな足音で走り去っていく。  二人の距離間は宮田に露見することなくその場は収まった。 (蒼宙も罪な奴だな……)  宮田が去りし後、青は蒼宙の方をしばらく見ていた。  立ち上がった蒼宙は、ズボンのほこりを払い青の方に歩いてくる。  青はあっという間に蒼宙の目の前まで近づき、  寄りかかる身体を受け止めた。 「すぐ抱きしめてくれないと」 「……お前が来たら骨がきしむくらい抱いてやろうと思った。  肝心なところで甘やかすの下手だな……俺は」 「はは……っ」  もたれかかってくる身体をぎゅっ、と抱きしめる。  ぽかぽか。胸を叩き頭をすり寄せてくる恋人。 「だから、中学生が言うセリフじゃないって。  あおみたいな綺麗な子が言ったら破壊力抜群だよ」 「……思ったままに言っただけだ」  背中を撫でる。  蒼宙は微かに震えていた。 「夏休み前だから、皆必死だな。  俺もさっき手紙を渡されかけて、丁重にお返ししたところだ」  フェアじゃないと思い、ちゃんと打ち明けた。 「うわあ。やっぱりモテモテだ」  蒼宙はケラケラと笑う。  余裕の風情が癪に障った。 「お前も人のこと言えるのか。さっきのやつ……本気だぞ」 「うーん。親近感は抱いた。  僕のように同性に恋してるんだって」 「その同性が篠塚蒼宙くんのことだよね?」 「わー。久しぶりに聞くとうさんくさいしゃべり方」  自分でも分かっていたため反応せずにいた。 「さっきはひやひやしたんだぞ。  さすがにこの俺も手が出そうになった」 「ちょっと怖かった。でも来てくれたじゃない?」 「……このやろう」  ぐりぐりと頭をなで回す。 「夏休みは虫がわいて仕方がないな。  今日で二人払ったことになるか」 「虫って。気持ち分からないでもないんだよ。  休みに入っちゃうと会えなくなるもん」 「……そういうことだろうな」 「宮田くんとは、友達として仲良くなれればいいかなと」 「あんなことされて……人がよすぎ」 「無難に。あおを見習って」 「奴がお前に恋情を向けている時点で心配だけどな」 「もう一回きっちりお断りしとく。  だから機嫌直してね。僕もあおのクラスメイトに嫉妬めらめらなんだから」  腕の中、見上げてくる大きな瞳を見ていられなくて目をそらす。 「俺は別に不機嫌になってない」 「素のあおにもっと触れさせてね」  強く抱きつかれて、よろけたが倒れ込まずにはすんだ。 せいと呼ぶ時は本心が込められている。  抱きしめ合ったまま、そういえば下校時間だとお互い考えていた。  

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