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第26話 ファーストキスはいつ?(✱✱)

八月。お盆が過ぎた頃、約束の日がやってきた。 蒼宙が藤城家に泊まる日である。 迎えを申し出たが蒼宙は電車で、青の家を訪れると断り 時間通りに藤城家に現れた。 午前10時。 午後は暑くなるから早めに来るよう伝えてあった。 麦わら帽子をかぶり、半袖に日よけ用のアームカバーを着けている。 日焼け止めのUVクリームを塗る青は、その姿に感心した。 (合理的ではあるか) 「あおのおうちにお泊まりだから中々眠れなくて」  あくびをかみ殺す姿に、吹き出してしまう。 「今日は勉強会だからな」 「それだけじゃなくて……お楽しみがあってもいいでしょ」  悪戯な微笑みにぐっ、とくる。  蒼宙の小悪魔的雰囲気に虜になってしまったのだ。  自分は悪くない。  螺旋階段を上がり青の部屋に行く。  ソファに座ったところで蒼宙が口を開いた。 「勉強する前に聞きたいことあるんだけどいい?」 「答えられる範囲内で答える」  首をかしげて青の顔をのぞき込む。 「もやもやしちゃってお勉強に集中できそうになくて」  意を決した表情に何事かと耳を傾ける。 「まあ、いいだろう」 「あおのファーストキスっていつだったの?」 「……お前だ」  声が上ずったのはまずかった。 (蒼宙ってことにしときたい……) 「なわけないでしょ。僕が最初にしては手慣れてたし」 「若気の至りだから、あんなの時効。幼児の頃の話だぞ」 「えっ……ほっぺにチュってしただけでしょ。  そんな小さい頃だもん」  蒼宙は、はっ、としたようだった。 「……唇だ。無邪気に慕ってくるから  黙らせたくて。でも相手が泣いたんだよな。  今、思えばちょっと思いやりがなかったかな」 「……さ、最低」  蒼宙は顔を背けた。  肩が震えている。  まさか笑っているのだろうか。 「幼児の頃の過ちだ。あんなの数に入らないさ」 「お母さんとのキスはともかく、それは数に入るよ」  膝を叩き始めた。  明らかに笑われている。 「お前……!」 「やっぱり手が早い。さすがだね」 「……それ以降はお前とするまで何もない」 「いいんだよ。同性とのキスは僕が初めてでしょ」  目配せする蒼宙は憎めない。 「青さま、お茶とクッキーをお持ちいたしました」  なんてタイミングだろう。  操子の声に来室を許可する。  トレイには2人分のグラスとクッキーの皿が載っていた。  昼前なのでクッキーは大きいのが一枚ずつだ。  操子はトレイだけを手に部屋を出て行く。  グラスに入っているのは、青いお茶だ。  レモンの輪切りが載った小皿も隣に添えられている。 「こうするんだ」  青は、青いお茶の入ったグラスにレモンを絞った。  蒼宙も青の後で自分グラスにレモンを搾る。  ブルーだったお茶の色が、みるみるうちにピンクに変わった。 「わあ。綺麗」 「バタフライピーはレモンとか酸性のものを  混ぜると色が変わるんだ。おもしろいよな」 「うん。とっても綺麗」  すっきりとしていて今の時期に飲むのにもちょうどいい。  ペーパータオルで手を拭く。  グラスに口をつけると爽やかな風が吹き抜けるようだった。 「おいしい。僕、飲み物の好みは青と合うかも。  コーヒーもブラックの方が好きだし」 「コーヒーはカフェインの関係であまり飲まない方がいいな。  子供は大人しくカフェオレだ」 「そうだよね。あおはいい子だから」 「いい子とか言うな」  顔がほんのり赤くなったがバタフライピーを飲んでいるうちに醒めた。 「こんな感じだった?」  蒼宙が、青の肩に手を置く。  ふわり、と重なって数瞬の後に離れた唇。  青の隙をついた早業に、唖然としていた。 「……お前の方が長い」  頬でさえなかったものの唇をかすめる程度で、  それで泣くとは大げさなと当時は思ったものだ。 「お遊びじゃなくて本気のキスだもん」  ぺろり。唇を舐める仕草。  気づけばお返しのキスを仕掛けていた。  勉強がはかどるよう甘さと刺激を倍返しにしておいた。  2人の間で、唾液と空気が弾けて溶けた。  それから午後1時まで勉強をし昼は操子の作った昼食を食べた。  三時の休憩は、麦茶を飲みまた夜まで勉強。  昼前の戯れ以外は真面目に勉強をしたのだった。 「蒼宙くんが泊まりに来てくれて嬉しいよ。  遠慮せずもっと頻繁に来ていいんだよ」  青の父・隆は蒼宙と握手をし頭を撫でた。  午後八時。  今日は蒼宙が来ているので久々に家族そろっての夕食が始まった。  蒼宙は青の隣に椅子をくっつけて座っている。 「ありがとうございます」 「お父様、蒼宙にも都合があるんですよ」  ため息をつく。  父は、あははと笑いお茶を口に運ぶ。  上品な所作が様になっているし、見た目で年齢を図れない人だ。 (義兄さんも来て妖怪が二人になった) 「青が黙っている時は、よからぬことを考えてる時だよ」  くすくす笑う悪ふざけ親父。  青は黙々と食事を勧めた。 「勉強会ですけど、宿題はとっくに終わらせてるし  自主的なお勉強なんです。  青と二人で勉強できるだけでもうけもんって感じですけどね」  牛肉(ビーフ)100%のハンバーグにフォークを刺し、  満面の笑みで食べる蒼宙。  青はグリーンピースのスープを口にし水を飲んだ。 「いや、この時期に終わってないとかたるみすぎだろ。  夏休み明けたらまたテストもあるし、気を抜くと痛い目を見る」 「お父様、青ってもう少しゆるくてもいいですよね」 「蒼宙くんが青の気をゆるめさせてやってね」  片目をつぶる父親。 「はい。任せといてください」 「そうだ。今日は二人でお風呂に入りなよ。  広いから大丈夫!」  名案を思いついたという顔をした父の足を蹴りたくなった。 (いや、そんな下品なことはできない) 「い、いいんですか。それじゃお言葉に甘えて」  青は顔を片手で覆い隠した。 「客室に風呂はついてるから、その必要はないだろ。  俺も部屋のに入るし」 一階の大きな浴室(バスルーム)で混浴しなくても。 「絆を深めるチャンスだよ。裸の付き合い」 「息子に道を外させようとしてるのか。とんでもない親だ」 「背中を流しっこしたり、湯船ではアヒル隊長と遊ぶんだよね?」 「蒼宙くんはかわいらしいね。ほっとした。  青、勝手にお父さんを変態扱いしないでくれ。  中学生のくせにまったく」  父親は食わせものである。  いきすぎた想像をしてしまった自分がよくなかったのか。 「はしゃいで転んだりしないようにね」  父・隆は目元を細め青と蒼宙の頭をかき混ぜた。微笑ましそうに二人を見た後ダイニングを後にする。 「じゃ……俺は用意があるから」 「あ、僕もあおのお部屋に置いてるバッグ取りに行かなくちゃ」  蒼宙はうきうきと声を弾ませた。 (沸いてるのは俺か……)  青は猛省し蒼宙とともに部屋に戻った。    

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