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第28話 葛藤を乗り越えた蒼宙の誕生日ー1(✱✱)

9月21日、篠塚蒼宙(しのづかあおい)の誕生日がやってきた。 ほしいものを聞いた時、『あお』と呟いた蒼宙。 あの表情を思い出す度、ぞくりと背筋が震えてしまう。 あれから蒼宙の顔を見るのが若干気まずくなっていた。 具合が悪いから送ってもらうと伝え、駅での待ち合わせも拒否した。 クラスが違うから、お互いに合わせなければ、 会うこともない……。 偶然遭遇したりしなければ。 こみ上げる罪悪感は留まることを知らず、 傷つけるのを考えず避けるようになっていた。 そういう時に限って廊下を歩いていると、ばったり見かけてしまう。 あっ、という顔をするが学校では秘密の仲ということになっているので、 向こうから声をかけてくることはない……はずだった。 「藤城くん、移動教室? 」 「……ああ」 蒼宙は隣のクラスにいる同級生というスタンスで声をかけてきた。 理科の授業で、理科室に移動する途中だった。 「……こないだからちょっと変じゃない?」  通り際、ささやいてさりげなくメモを渡してくる。  ぼんやり蒼宙とメモを見比べている内にとっくに相手は通り過ぎていた。 (……すまない。俺は汚れてるんだ。天使のお前は近づいちゃいけない) うなだれながら歩く。 気まずいから避けているのであって、嫌いなはずもなかった。 むしろ、反対だ。 七ヶ月と少し前は考えられもしなかった。 同性をこんなにも意識してしまうだなんて。 放課後、ホームルームが終わり皆が帰っていく中、青は教室に残っていた。 折りたたまれたメモを震える手で開く。 『あお、最近どうしちゃったの。  学校を休むほどでもないから送ってもらったんだろうけど。  やっぱりそろそろ僕が嫌になってきたの?   悪いところは直すから別れるなんて言わないで』  やましいから会えない。  大きな理由であったとしても蒼宙のせいではない。  あれは奥底に眠る本能が、見せてしまった夢なのだ……。  プライドにこだわったら、あっけなく終わりそうだ。  青は、メモを丁寧に折り畳み鞄にしまいこんだ。  廊下は走るという暴挙を生まれて初めて行い、昇降口までやってきた。  周囲に誰もいない中、佇むちいさな影がある。 「蒼宙……!」  振り向いた蒼宙は驚いた顔をした。  動かない彼の側まで、大股で歩いていく。  身長が伸びるほど歩幅も大きくなった気がする。 「……あお?」  安堵したように笑う蒼宙の腕をひいた。  人目につかない場所まで連れて行く。 「嫌われるのはきっと俺の方かもしれない。  でも正直に話す。引いてもいいから聞いてくれ」  四角になっていて誰からも気取られにくい場所。  そこで青は蒼宙と対峙した。  蒼宙の肩に腕をついて囲い込む。 「手紙読んだよ。辛い思いさせて悪かった」 「待ち合わせも断られちゃったけど、そんなに不調でも  学校にはちゃんと来てるし……結局僕に会いたくないだけだったのかなって」 「聞いてくれ……俺はお前を汚してしまったんだ」 「どういうこと?」 「夢に出てきたお前に欲情して、自分でした。  そんなこと初めてで理解したと同時に幻滅したよ。自分自身に」 「ははは……そんなことか」  力なく腕を下ろした青は、蒼宙が納得した顔をしたのを怪訝に感じた。 「それなら、僕も同罪なんだけど」  青は目を瞠った。 「どんな夢だったの?」  何故か青より余裕がありそうな蒼宙にするり、と言葉が出てきた。 「ちょっと大人になったお前に激しめのキスをされて、  どうしても堪えきれなかった。誘惑されたんだ」 「あおは、やっぱりかわいいよ。格好いいだけじゃないから  心がもっていかれちゃう」  蠱惑的な微笑みを浮かべる蒼宙。 「そんなの汚してないから大丈夫。  僕は夢の中であおに抱かれたんだから」  爆弾発言に呆然とする。  意味を知らないはずもない。  幼い頃、両親が愛し合う姿を目撃し慌てて逃げたことがある。  どういうことかずっと分からなかったが、  つい最近決死の覚悟で幼い日に目撃したことを告白したら父はさらり、と教えてくれた。 授業で身体のことについて学び自分自身が、大人の体に変わっていく中で、思うことがあった。 『青はあの時、見てたんだね。でも、それが何かは分からなくて  覚えてたから成長した今、聞いてきた。  聡い子だからあの時、聞かなかったんだな。  あれは愛を確かめ合っていたんだ。  とても美しく崇高な行いだよ。時には命を生み出すこともある』  茶化すことなく言ってもらえて、この人の息子でよかったと強く感じた。 「汚してるなら、僕の方でしょ。  あおのことが好きすぎて……きっと未来を妄想したんだ」  うなだれる蒼宙を夢中で抱き寄せた。 「何言ってんだよ。そんなわけないだろ」  ぎゅう、ぎゅう抱きしめて息をつく。  このぬくもりはひどく安心させる。  心を安定させ、不安定にもさせる。 「蒼宙の方が、ずっと成熟してるんだな。  少し恐れを抱くくらい」  頬をすり寄せてくる可愛らしい恋人。 「……ねえ、忘れていることはない?」  悪戯な目をした蒼宙が耳打ちしささやく。 「誕生日おめでとう」  少し距離を開けて見つめ合う。  微笑みあえたのが、とても嬉しくて泣けてくる。 「あおのおめめ、潤んでるよ」 「うるさい。プレゼントやらんぞ」 「テーマパークに出かけるんじゃないの?」 「テーマパークは日曜日。家で渡すから、  寄ってくれないか。無理なら明日持ってくる」 「大丈夫。門限は午後7時だから十分寄れます」 「そんなものあったのか……うちはないぞ」 「平日のみね」  どちらともなく差し出した手を取り合う。  二人で地下鉄に乗り青の家を目指した。  迎えに出た操子は、 「青ぼっちゃま、おかえりなさいませ。  蒼宙さまもいらっしゃいませ」  隣から含み笑いが聞こえる。  ウケる蒼宙の額を小突いた。 「まんまだよね」 「いつか、その時が来たらめちゃくちゃにしてやるからな」  耳元でささやくと、意味を理解している恋人は頬をぼっ、と赤らめた。 「僕から攻めることもできるんだからね」  いちゃいちゃしながら廊下を歩く二人に操子がくすくすと笑う。 「お二人とも本当に仲が睦まじくて」  純粋にそう言われていて、後ろめたくなる。  やましいことを考えていても、子供の戯言で許されるだろうか。  リビングのソファに座り、つながれた手を握りしめる。 「今日、お邪魔することになるなんてね」  頭を撫でると、ふふっと笑う。  ソファの隅に置かれたプレゼントの箱に手を伸ばす。  蒼宙と箱を見比べ、意を決して差し出した。      

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