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第29話 葛藤を乗り越えた蒼宙の誕生日ー2(✱✱)

蒼宙は長い箱をじーっと見つめている。 そんな風に見られていると照れてそっぽを向きたくなるので、早く開けてほしい。 「服でしょ……絶対そうだ」 「開けたらいいだろ」 蒼宙が丁寧にリボンの結び目を解き箱を開けると 中には上下ワンセットの服と赤いリボンタイも添えられている。 ドレスシャツは、光沢のあるシルク。サスペンダーに黒いスラックス。 「す、すごい。でも何だか既視感がある」 「……この前の俺とお揃いだ。今のお前の方が絶対似合うだろうけどな。  日曜日のデートに着てこい」  はっきり言ってあの格好は青自身、二度としたくない。 「ありがとう……でも、こんなのもらっていいのかな」 「当たり前だ。とりあえず試着してみるか?」 「身体の線に合わせてみる」  蒼宙は立ち上がりシャツとスラックスを身体に合わせた。 「どっちもぴったりだ。よく僕のサイズ分かったね」 「あれだけ抱きしめてたら分かるだろ」 「……も、もうあおったら」  照れてうつむいた蒼宙は、ワンセットの服を箱に戻した後  青に抱きついてきた。ぎゅ、と首筋に腕が絡む。 「ありがと。とっても嬉しい」  ぽん、ぽんと背中をたたき頭を撫でる。 「あおも同じ格好してくるんでしょ」 「しない! この前着た時もぎりぎりだっただろ。  お前は可愛いからいいんだ」 「あおも可愛いじゃない。大丈夫だよ」 「昔は半ズボンでそういう格好してたんだ。胸くそ悪い。  俺はジーンズに白シャツ、デニムジャケットにする」 「まあ、いいけど」  首に絡んでいた腕が腰に回される。 「あおはこれからどれだけかっこよくなるんだろう。  この先、老若男女を夢中にさせちゃいそう」 「……かっこいいかどうかは自分ではよく分からない。  ただ誰に好かれても、好きな相手に好かれなければ意味がない……とは思う」 「……うん」  蒼宙はそれ以上何も言わなかった。 「誕生日おめでとう。お前に会えてよかった」 「僕、死んじゃう。あおに言葉で殺される」 「大げさだな」  華奢な身体は、力を込めて抱きしめたら折れそうだ。  力を加減しつつ骨がきしむくらいに近くなるよう抱擁した。  同じ性別でも体温は微妙に違うのだと分かる。 「キスしてもいい?」 「デートの時にめいっぱいしよう。今日はハグだけだ」 「わかった」  頬に唇が近づいて離れる。ほんの一瞬の出来事だった。 「これくらいいいじゃない」  ふふっと笑う蒼宙に、苦笑する。  ずっとこんなに無邪気に笑っていてほしい。  手を握り指を絡める。  蒼宙は、絡めた指を無造作に振った。 「指切りだよ。デートの約束は守ってね」 「今更破らないよ」 「キス、星が降るみたいにたくさんしてね」 「ああ」  ロマンティックな表現に笑った。  日曜日、おでかけデートの日。  午前八時にお互いの最寄り駅の中間で待ち合わせ、東京駅を目指すことになった。 「もう……何着ても様になるなあ。僕、恥ずかしいよ」  蒼宙は待ち合わせに現れた青を見た途端ぼやいた。プレゼントされたワンセットの服を身にまとっている。  青はジーンズに白シャツ、デニムジャケットを着ていた。 「大丈夫だ。かわいいから」 「い、行こう」  仲良く手を取り合い歩く。  目的の駅までは16分ほどで着いた。 「ここからは、歩きだな。まあ、ついていけば大丈夫だ」   目的のテーマパークへと向かう人達の後ろをついて歩く。  ひそひそ話をされているのが気になるのは蒼宙も一緒だったらしい。 「今日くらい気にしなくていいだろ。学校の奴と会ったら  実は仲良くて一緒に遊びに来たって言えばいいし」 「あおが変に隠そうとしなくて嬉しいよ。うん。  とっても仲良しの男友達同士だしね」  ネズミの国に着くと長蛇の列に並び少し疲れたが、  蒼宙の嬉しそうな顔を見ると堪えられると感じた。  絶叫系に乗ると涼しい顔をしている青の隣で  蒼宙は、声にならない悲鳴を上げた。  しっかり青の手を握りしめているあたり抜け目がない。  見たがっていたネズミたちのショーでは、蒼宙は歓喜の表情だった。 (あのカップル、仲がいいな。ミ○○の尻に敷かれてるんだろうけど)  青は、嫌味な感想を抱いた。  いちいち興奮気味の蒼宙を終始上手くリードし、午後を迎える。  昼食はレストランを選び二人はそれぞれの料理をシェアして食べた。  午後4時。  まだ遊び足りない風の蒼宙をベンチに誘い、二人で座った。 「案外はしゃいでたね。クールっぽいから新鮮だった」 「今日は誕生日祝いのデートだろ。ネズミカップルに  当てられてちゃ癪だ」 「きらきらしてて本当に夢の国だね。  いつか泊まりで来たいなあ。両親におねだりしてみようかな」 「……俺と」 「え?」  きょとんとする蒼宙の肩を引き寄せる。  幸い、周りには誰もいない。  夕闇に照らされて恋しい相手はとても美しく見えた。  心臓が高鳴る。 「まだ足りないだろ。高い場所で何度かしたけど」 「離れたくなくなっちゃうから……」 「かまわない」  顎を掴む。  今日、初めての深く甘いキスだった。  蒼宙は潤んだ目で青の肩にすがりつく。 「誰も見てないけどスリリング。ドキドキする」 「今日は特別だ」  抱きしめ合い笑い合う。  こんな時間はとてもかけがえのないものだった。 「今日、楽しかったね。本当にありがとう」  最寄り駅で別れる際、蒼宙は青を見上げてとびきりの笑顔を見せた。 「何回もお礼言わなくてもいい。俺も楽しかったんだ」 「あおのハピバは何がほしい? 10月12日、僕も楽しみだよ」 「何でもいい」  お前さえいてくれるなら。  ボソッ、とした呟きは蒼宙には 届かなかった。  手を振る姿が、少しずつ小さくなっていくのを見送った後、青は電車に乗った。  【蒼宙視点】  あの時、彼は俺と来ようと言おうとしたのだろうか。  ホテルに泊まるというなら意識はしてしまう。  ほんの一瞬、期待をして馬鹿みたいだと自分を罵る。  未来への伏線はいらない。  約束は近い日づけでしかしたくない。  同じ朝を迎える夢を見た日、身体が焼けるように熱くなってどうしようもなかった。  今も、深いキスを思い出すと身が震える。  蒼宙は浴室で、一人泣いた。  自分と同じような衝動が起きたのだと聞いた時、  彼を独り占めできた気分になった。  異性ではなく同性の自分で神経を高ぶらせたのだ。 (大人になりたいのに、時間が止まればいいのにと思っちゃう)  愛称ではなく、『せい』と呼ぶようになったら  もう子供みたいに振る舞えない。  だから、あと少し『あお』と呼ばせて。

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