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第30話 青の誕生日(一年前と現在)(✱)
青にとって誕生日は、家族が集まる賑やかなイベントだった。
「青、14歳のお誕生日おめでとう」
父が注いでくれたシャンメリーのグラスを傾ける。
クリスマス以外で飲むのは、誕生日くらいだ。
幼い頃、家柄の関係で大勢の大人たちに祝われたことがある。
父のためを考え拒否できなかったが、三歳の時ストレスで熱を出して以来、
家族だけでの誕生日会(バースディーパーティー)に変更された。
母が亡くなってから10年間、家族の関係が変わろうともこの日だけは
毎年集まって開かれている。
父や姉の優しさは分かっていたから、受け入れていた。
「青の成長を確かめられる一大イベント。最高だわ」
切り分けて皿に盛られたケーキにフォークを突き刺し、豪快に食べている。
姉の夫であり義兄の夫・陽は、眼鏡の奥で微笑んだ。
ちょこちょこと周りを歩き回る彼らの愛息・砌(みぎり)は、かなり上機嫌だ。
「みなさんお忙しい中、ありがとうございます」
「こんな自慢の息子、本来なら大勢にお披露目したいところだけどね」
「家出されちゃうからやめときましょ」
父と姉のやりとりに、目を逸らす。
「庇護されないと生きていけない子供(ガキ)の身でしませんよ」
ケーキを一切れ食べて頬をゆるめる。
子供らしい笑顔は、家族の心をとらえた。
「せいにぃ、おたんじょうびおめでとう。これ、プレゼント」
椅子に座っていると、砌が膝に厚手の紙をおいてきた。
叔父さんと呼ぶのは断固拒絶し、母親の助言でこう呼ぶようになった。
10歳しか離れていないため、こう呼ばれる方がいい。
「砌、ありがとう。似顔絵か?」
画用紙にパステルで描かれたイラストは、とうじょうせいと名前付き。
「頭に乗ってる王冠はね、お母さんのアドバイス。王子様がつけてるものだからって」
背景には星も飛んでいた。
すました顔が、憎たらしいが甥にはこう見えているのか。
画力は、幼児のものでよく言えばかわいらしかった。
「......うん。よく描けてる」
膝に乗せて抱っこしてやると甥ははしゃいだ。
唐揚げが欲しそうなので皿に取り分けてやる。
「はぁ。でもこの愛らしい雰囲気もあっという間に男って感じになっちゃうのか。
お姉さま、残念だわ」
「......誕生日に嫌なこと言うなよ」
隣にやってきていた姉が、ため息をつくのでそろそろお開きにしてほしくなった。
これが毎年の藤城家での光景だ。
あれから一年。今年は家族以外の存在と過ごすことになった。
夜は父が祝ってくれることになっているが、それまでは蒼宙との時間。
電車に乗りゲームセンターに遊びに来た。
プリントシールを撮ろうと蒼宙が言い出したためだ。
父に愛用のカメラでツーショットを撮ってくれと
頼めば嬉々として引き受けてくれたろうが、想い出に二人以外は必要がない。
ついに家族以外で大切だと思う存在ができた。
小学校の頃、二人の交際相手と付き合ったが、誕生日を一緒に祝う前にバイバイした。
二人ともクラスメイトだったため、厄介だった。
隣で笑う蒼宙の肩を抱き、素の自分を見せる。
この真実の色は、中学に入ってから家族にも見せていない。
眼科で父の目と同じ色のカラーコンタクトを入れてもらってからは蒼宙に見せただけだ。
「僕、どっちのおめめの色も、好きだよ。本当の色も僕と同じ色も」
「ありがとう」
「2種類のバージョン撮ろう! ブルーとブラウン」
弾んだ声。
「誰にも見せるなよ」
「見せたいけどデスクの奥にしまっとくよ。大事な想い出のかけら」
プリントシールの機械の前で、フレームを選択する。
「文字はどうする。僕はいいや」
「必要ないな」
コンタクトを外したバージョンと、普段偽装している薄茶の瞳のバージョン。
二パターンの撮影をした。
「あお、仏頂面(ぶっちょうヅラ)だねえ」
吹き出す蒼宙の頭をこつん、と軽く小突いてかき混ぜる。
「慣れてないんだ。仕方がないだろ」
蒼宙は、眩しいほどの笑顔を向けていた。
こんな顔して大人な一面もあるとはギャップが激しい。
「次は、ファーストフードだね。行こ」
先を歩く蒼宙は、チラっと青を振り返り言った。
足を一歩踏み出し、小さな手を取る。
「行こう」
首を傾げる姿が、愛しくて強く手を握った。
(手を繋ぐくらいどうってことない。
俺たちのことなんて誰も見てない)
ハンバーガーショップで、二人はそれぞれセットを注文した。
青はポテトをサラダに変更し、蒼宙を驚かせた。
「徹底してるなあ」
「今日の夜は、秋野菜の天ぷらなんだよ。
揚げ物ばっかり食べられないからな」
「あはは。中学生でそんな気にしてる人、あおくらいだよ」
ハンバーガーを頬張り、コーラを飲む蒼宙。
青は、ウーロン茶で喉を潤しハンバーガーに食らいつく。
箸やスプーン、フォークを使って食べる食事は上品に食べるが、
手に持って食べるハンバーガーは豪快に食べる。
窓から外が見えるテーブル席。
「……そろそろプレゼント、出してもいい?」
食事が終わり飲み物だけになった時、蒼宙が青を見つめた。
荷物置きから鞄を取り中身を取り出す。
「あお、お誕生日おめでとう。あんなすごいものもらった後で
お返しがしょぼいかもしれないんだけど」
恥ずかしそうな蒼宙の手のひらをつねる。
「気持ちがこもってるんだろ。しょぼいわけあるか」
「じゃあ……これ。ジンジャークッキーなんだ。
バレンタインの時のチョコも喜んでくれたし、がんばってみた」
差し出された箱を受け取る。
箱のリボンを目の前でほどき開く。
笑顔の人形が並んだクッキー。
「ありがとうな。すげぇかわいい」
抱擁したい衝動に駆られた。
その代わりに手を取り指を絡めた。
「よかったあ」
ほろ苦いニュアンスに、少し胸が痛い。
「少しずつ食べる。いやもったいないから取っておこうかな」
「駄目。傷むから食べて」
本気にした蒼宙に口の端をつり上げる。
「そういえば、俺の呼び方はずっとそのままなのか?」
「本当の君の名を自由に呼んだらもう、止まれなくなる。
もう少し経ったら、せいって呼ぶから待って」
「ああ。好きに呼べ」
蒼宙のマンションの部屋まで送っていき別れ際、
バードキスを交わした。
小鳥のさえずりのような舞い降りてついばむキス。
照れてはにかむ笑顔が胸に焼きついた。
その日の夜、青はジンジャークッキーを食べて眠りについた。
想いがこめられたクッキーは涙を誘う味だった。
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