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第31話 初めてのクリスマス-1(✱)

12月も半ばを過ぎ東京にも冬がやってきた。 家族ではない誰かが側にいる特別な日を迎えるのは、初めてで 柄にもなく青はドキドキしていた。 相手の喜ぶ顔を想像しプレゼントを選ぶ。 (あいつは残るものはやめといたと言っていたが……既にこっちも服を渡している) 甘い笑顔に時々滲む苦み。 青より深い苦悩をちいさな心と体に抱えて、 あふれ出した時泣き顔で笑う。 あの顔は、歯がゆくもあり劣情を煽るものでもあった。 (よし……マフラーにするか。一緒に使うってことで自分のも買えばいい) 青は行き先を決めて電車を降りた。 ハイブランド のものを選びたかったが気軽に持ってほしくて庶民的な店でマフラーを購入した。白が蒼宙、黒が青のものだ。 ランチはコーヒーショップでコーヒーとサンドウィッチを食べた。 一人で来てよかった。 子供じゃないんだから、もう家政婦の女性を頼るのはやめようと考える。 自分のマフラーは、そのまま首に巻き蒼宙のマフラーは紙袋に入れてもらった。 リュックを背負い紙袋を手に持った青は、心なしか満足げな顔をしていた。 「おかえりなさいませ」 「ただいま。いい買い物ができた」 「クリスマスはイブにデートですか?」 「そう。その時に渡すよ。本当はクリスマスも一緒にいたいけど」  藤城邸に戻った青はリビングに向かいながら操子と話す。 「そうなさってもよろしいのでは。年末はご家族と過ごす時間もあるのですから」 「そうしてもいいかな?」  尋ねると操子は、微笑み彼にホットココアを用意してくれた。  操子に対する時は、年相応の素直な子供の顔をしている気がする。  近すぎず遠すぎない距離で見守ってくれているからだ。 「青さまは、蒼宙さまと過ごされるようになって  見違えるようです。  いきいきされてると言うんでしょうかね。  お父上でいらっしゃる隆様にあまり甘えず  感情を抑えてきた青さまが、自然に笑われてて嬉しいんです」 「……操子さんにはかなわないな」  顔が赤くなっている気がしたが、仕方がない。  この人は、母親のような人だ。 「ココア、美味しいよ……いつもありがとう」  カップを頬に押し当てゆっくり口に含む。  適温で舌がしびれることもない。 「クリスマスイブは平日だな……  蒼宙と一緒にここへ戻るよ」  にこにこと笑う操子に微笑み返す。 「蒼宙さま、喜んでくれるといいですね。  青さまの心を込めた贈り物」 「……うん」    中学には双葉に送迎に来てもらった。  今日は二学期最終日で、イブ。  電車は混んでいるし、ちょうどいいだろう。 「あおに藤城家に招待してもらえてうれしい。  パパとママは出かけていないから明日はうちへ来てね!」 蒼宙は藤城家でのクリスマスパーティーに大喜びだった。 「よかった。7時までには送るから」  後部座席で、わずかに隙間を空けて座り車窓から景色を眺める。  白いものが、ちらつき始めていた。 「初雪だね。イブに降るなんて奇跡的」  蒼宙の手を握る。  車だからお互い手袋は嵌めておれず素肌だ。 「あお、今日は何だか……」 「どうした?」 「な、なんでもない」  握り返された手の力は、存外強かった。  このまま二人でいたいと願うもあっという間に藤城邸に着いた。  玄関ポーチの前で車を停めてもらい、チャイムを鳴らす。 「ただいま」 「お帰りなさいませ」  出迎えてくれた操子は、二人に柔らかく微笑む。 「操子さん、お邪魔します」  頭を下げる蒼宙。  リビングには向かわず二人で青の部屋へ向かった。 「広さはリビングと変わらないよね」  ソファに蒼宙を座らせる。  デスクの上に置いていた袋を持って戻ってくると彼は、青を見上げて笑った。 「蒼宙、クリスマスプレゼントだ」 「えっ! ありがとう」  袋を渡すと胸にぎゅっ、と抱きしめる。  その姿に胸がきゅんとなってしまう。 「気に入ってもらえるかな」 「わあ。白いマフラーだ!」  首に巻こうとしているがもたついて中々できない。  青は後ろに回り蒼宙の首にマフラーを巻いた。  そのまま抱きしめる。 「今日してた黒いマフラーと一緒に買ったの?  お揃いだね」  肩に腕を回した腕に力を込めた。 「お揃いならいいだろ」 「本当に優しい」 「優しいのはお前にだけ。覚えとけよ」 「付き合っている僕だけが知っているあおだね」 「なあ……蒼宙。俺、お前に辛い思いさせてないよな」 「なんで。いっぱい幸せくれてるのに」 「幸せをもらってるのは、俺の方なんだ」  ソファの横に座り、今度は背中を抱く。  抱きしめ返す腕は震えていた。 「泣いたりしてないからね」 「うん」 「僕からのプレゼントも……渡したい」  声は震えておらず正面からの蒼宙は微笑んでいた。 「はい。僕からは手袋だよ」 紙袋を渡して来た蒼宙は、澄んだ頬笑みを浮かべている。 紙袋から取り出した手袋はマフラーと同じ色だった。合わせたみたいに。 「サンキュ。マフラーと手袋で合わせたコーデができる」 「あおには黒だって思ったから。あ、僕も白い手袋買ったんだよ」 蒼宙が愛しくてたまらなくて、きつく抱擁した。 (二人して同じようなことをしていたのか) 「残るものでもいいよな」 「……うん」 手を取り合い螺旋階段を下りる。 リビングのテーブルにはローストチキンやピザ、ケーキが並べられていた。 キャンドルも立てられ、不思議と景色がきらきら輝いて見える。 「いいのかな。おじ様もまだ帰ってきてないのに」 「蒼宙にゆっくり楽しんでいってほしいって言ってた。会えないの残念がってたよ」 「明日は昼間、お出かけデートだし、 また独り占めしちゃうね」 「年末年始は、家族と過ごすことになるし、今日と明日が終わったらしばらく会えないんだ。 遠慮せず独り占めしろ」 「えへへ」 蒼宙はにんまりと笑った。 キャンドルの明かりに照らされた蒼宙は、 青を誘惑してきたあの時より少し大人びて見えた。自分より精神面で大人だと、気づいているから余計かもしれない。 「メリークリスマス」 「メリークリスマス」 窓には、降っては消える粉雪。 景色に気を取られていると、小さな唇が重なってきた。 「お前……な」 悔しくて呻くが、ニコニコと笑うだけで何も言わない。 背中から肩を抱いて羽交い締めにした。 「あの時、寝てる俺にキスしただろ」 「バレてたの? 寝たフリ上手いね」 悪びれない。 「……子供は能天気に前だけ見てればいいんだよ」 「うん! あお、大好き」 ウィンクされて頬が火照る。 「……大好きだ」 頬にキスをするとくすぐったそうにする。 蒼宙と溶け合う日が来るのもそう遠くはなのかもしれない。

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