32 / 70

第32話 バレンタインー二人にとっての記念日(✱✱)

 翌日のクリスマスは蒼宙の家に招かれた。  クリスマスなのに蒼宙の両親は共におらずまた二人きり。 『……なんか、背徳的な気分だな』 『背徳的なことしちゃう?』  耳を軽くつねって、顔を逸らす。  自分の家じゃないから緊張するし悪ノリする蒼宙が、小憎(こにく)らしく思えた。  青より遙かに恋愛に長けている風に感じるが、それはきっと勘違いだ。  そうじゃなかったら。 『……運良く二日続けて二人きりだ』 『パパ、昨日から隣の県にお仕事でママもついていってるんだよ。  僕がしっかりしてるから留守にしてもいいって思ったらしい』 『そうだな。蒼宙は料理も上手いしな』 『クリスマスだから僕のためにケーキとオードブルを注文してくれた。  彼を呼んで一緒に過ごしなさいって』  首筋にしがみついてくる腕に腕を添える。 『あ、パパとママから伝言があったんだった! 』  急に大きな声を出すから、びくっとしたのだった。  蒼宙がテーブルの真ん中に置かれた封筒を手に取った。 『読むね。青くん、私達がいない間蒼宙のことよろしくね。  泊まっていっていいからね……って』  見つめ合うと奇妙に照れた。 『……姉なんてこう言ってた。なりゆきとタイミングが大事よ。  エチケットは大切に』 『……うわあ』  中学生で甘酸っぱくて清いはずだという信用からというのもあるのか。  始まりが始まりなだけにもだえてしまう。この状況。 『理解を通り越して、ろくでもない大人達だ』 『そもそも僕が青を襲おうとしたのが、きっかけなわけで』 『過ちだったら、俺はお前をはね除けてさよならだった』 『軽い気持ちでできないって言ったでしょ』  テーブルの上にはサンドイッチと、ショートケーキ二つ、オレンジジュース。  青の家でもパーティーをするからと、それだけを頼んでもらった。  お互いに食べさせあってオレンジジュースを飲む。 グラスの縁にはオレンジも飾られている。 ちょっとセンスあるなと笑った。 『今日は呼んでくれてありがとう』 『この二日はめいっぱい一緒にいようって決めたでしょ』  大人達の思惑通りに進んでなんかやらなかった。  宿泊許可を上手く利用したけれど。  蒼宙の家で一緒にシャワーをし、浴槽で遊んでのぼせ、同じベッドで眠った。  初詣も一緒に行って、あっという間に二月になった。  推薦入試を終え、来月の受験を残すのみ。  もう中学生でいられる時間もわずかだ。  二人にとって二度目のバレンタインを翌日に控え、青はそわそわ眠れずにいた。 クリスマスの夜、悪い大人の思惑に少しだけ乗ったのを思い出し、身体中の血が沸騰した。 数ヶ月ぶりに二度目の衝動。 たぶん、彼を知ったら独りじゃ物足りなくなる。 (俺に抱かれる夢を見たと言ったが、 その時あいつも、同じ衝動に身を任せたのか?) 部屋に備え付けの浴室でシャワーを浴びながら、耽る。 大人ぶる行い……。 シャワーヘッドを押し当てて、指で触れ彼の名前を呼ぶ。 (あ、お、い……! ) もしひとつになったりしたら、 彼の心の有り様がもっと感じ取れるのか。 部屋に浴室があるという環境を今日ほど幸せに感じたことはない。 まぶたの奥に閃光が弾ける。 荒くなった吐息が収まるのを待って、 すべてを洗い清めた。 蒼宙への想い以外すべて。 今日は下校後、公園で待ち合わせることになった。 お店以外の人目がつく場所で、会うのは初めてだ。 ここに来る前、駅のトイレで念入りに髪や衣服の乱れを確かめて安心を得ていた。 ベンチに座り待っていると、駆けてくる見慣れた制服姿。 「あお、お待たせ!」 跳ねる勢いで距離を詰めた恋人は、 去年よりもっと魅力的に見えた。 「蒼宙」 「ハッピーバレンタイン」 声を弾ませる蒼宙。 腕の中に箱が預けられた小さな箱は、白い包装紙に青いリボンが巻かれている。 「……ありがとな。食べていいか」 「もっちろん」 蒼宙は青の隣に隙間を空けず座った。 青はウェットティッシュで手を拭き、 箱を開けた。 小さなトリュフチョコはかわいらしい。 「美味そう」 指でつまんで口に含めば溶けてなくなった。 「三つも一気食い!」 「大声だすな……」 口を押さえる蒼宙は、よほど驚いたのか目をまん丸にしている。 青は周囲を確認した。 幸い、時間帯のせいか他には誰もいない。 聞こえるのは鳥のさえずりと風の音。 箱に残った一粒を口に含み、蒼宙に視線を合わせる。 にやり、と笑ったら頬を染めたのでその隙に唇を寄せた。 「ん……っ」 チョコを口渡しし、舌を絡ませるキスにする。 (バレンタインの魔法ってことで、いいだろ) 息が弾ける。 二人の間で、唾液の橋ができてぷつりと切れた。 「反則だってば」 「……止められなかった」 「もう一回」 じゃあお前から来いよ。 耳元で囁いたら、背伸びをして唇に噛みつく。 無器用なキスは、蒼宙の精一杯らしいが少しもどかしい。 背中を抱えて、上唇を食む。 するり、小さな舌が滑り込んできたから、 甘噛みして吸った。 心地よい顔をする蒼宙の顔。 きっと彼の瞳に映る自分も同じ顔をしている。 髪をかき混ぜて乱暴にキスを返す。 しがみついてくる手が、制服の裾に食い込む。 「確信犯でしょ。恐ろしいなあ」 「……さあ?」 「これで来週の受験がんばれそう」 都立高校(東京都の公立高校の総称)の受験は、来週に迫っていた。 「先月の面接は、クソ面倒だった。筆記の方がよほど楽だ」 「ぶっ。あおは、お得意の仮面で上手くやりきってるでしょ。 僕、手に汗かくくらい緊張したよ」 ひどい言われように、額を小突く。 大人を相手にし緊張せず対応できるのは育ちのおかげだ。 「ホワイトデーの頃には、結果が出てるな」 「いよいよ卒業か」 お互いに受験へのエナジーチャージができた。 ホワイトデーを共に過ごした翌日、 二人は都立高校に合格した。 合格者の受験番号が貼り出されたボードを見て、 蒼宙が飛び跳ね喜びを表現する。 青はまた一歩進んだのだとひとつ、息をつき笑顔になった。 「せい、おめでとう」 「蒼宙、おめでとう」 せい、と呼ばれて何故かくすぐったい気持ちを覚える。 あまりにも自然で呼ばれたことに気がつかなかったほどだ。 翌日の卒業式の後、青は屋上に蒼宙を呼び出した。  まっすぐな足取りでやってくる蒼宙はあの時の彼ではない。 「おままごとは終わりか?」 凜々しく微笑む憎い恋人。  風に吹かれる姿を眩しく見つめる。  あと一歩近づいた蒼宙は、背伸びして抱きついた。 「青の準備ができたらいつでも来て」  生意気な唇を乱暴に塞いだ。  指を絡め、視線を合わせる。  挑むような眼差しで。 ( いつか、目に物見せてやる)  都立中学の制服を胸に焼きつけて、二人は新しい世界へ羽ばたいていく。

ともだちにシェアしよう!