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番外編「初めて君を見た日」

どくん。 心臓がひとつ鳴った。 その響きの高さに驚いた。 小学校6年のクラス替えで彼に出逢った。 偶然ではなく必然だったのだろうか。 黒い髪に青い瞳を持つ美しい王子様。 そう、蒼宙が恋したのは、同じ性別の彼。 きれいな女の子にも間違えられる中性的な美貌を持った人だった。 始業式の日に会った藤城青は、鮮烈な印象を残し心に残り続けた。 性別問わず彼の持つ雰囲気に引き寄せられる様はまるで 綺麗な蝶に魅せられているかのようだった。 近づきたくて、なかなかたどり着けない。 用があるときにだけたまに話せてもそれ以上は無理で、何ヶ月も時が流れていく。 クラスメイトとは素顔に触れられない程度に、関わる。 近づくなというサインは痛々しいほどだった。 綺麗な青(ブルー)の瞳はどこか遠くを見ていて、時々酷く寂しそうにも見える。 同じ男の子である彼に惹かれてしまった自分は、変なのだろうか。 考えても気持ちは止められなかった。手を繋いだり一緒に帰りたい。 そんな願望が募り、手紙をしたためた。 もうどうにでもなれという気持ちもあった。 シューズボックスに入れるという古風な方法を取ったら、何故か別のクラスメイトの所と間違えてしまい、散々な目にあうことになった。 それでも、母親は世界で一番の味方になってくれ進路を附属中学校ではなく、受験することにした。 告白を間違えた相手と同じ中学に行くのは嫌だったからだが、運命の女神は微笑んでくれた。 青も偶然同じ中学にいたのだ。 クラスは別だったがそれでもいいと思えた。 この気持ちが変わらなければ機会を見て、気持ちを伝えよう。 中学になって青の姿が変わった。 名前とおなじ青い瞳は薄茶色になり驚かせたが、容貌自体が変化したわけではない。 青い瞳の人だから黒髪ももしかしたら染めているのでは?という疑惑も生まれた。 中二にもなると美少女に間違われていた容姿も、 成長により男っぽさが出て更にときめきを覚えた。 声をかわす機会に恵まれた時、 声変わりもしはじめていて驚いた。 蒼宙の声は、変わらず高いままだか青は低くなった。 男性らしさを感じられドキドキした。 中学三年になる前には決着をつけたい。そう思い、 機会をうかがって大胆な告白をした時、彼が 仕返しをしてきたことは予想外だった。 あの王子様的見た目でS気質を持っていて 実は口もかなり悪かったのは驚いたが、そんな彼にますます惹かれてしまった。 告白が功を奏し、近づけた青と付き合うようになって、浮かれて有頂天になった。 小学校6年の時、彼と一緒に帰っていた異性がひどく羨ましかったから余計に嬉しかった。 「……青、小学校の時に付き合ってた子とは何もなかったんだっけ」 「青くんには心を感じられない。怖い!とかほざいたやつ? ふたりとも同じようなこと言われたな。 最後のは3ヶ月も振り回されて頬をぶたれてさようならだったけどな」 「打(ぶ)たれたの?」 「……怒らせてたし、あまりにも思いやりがなかったんだろうなって今考えると思う」 しれっとしている彼に、内心呆れた。 (しょうがない人だな) 「さすがにやり返すつもりはなかったよ。 あの辺りから、舐めるなよという気持ちが芽生えてきたのは確かだけど」 「ぎゃー。Sに火をつけられてる!」 こつん、額を指ではじかれ涙目になった。 「告ったあの時、こいつやべぇとか思わなかったのか」 頭をくしゃくしゃにかき混ぜられる。 付き合いはじめて一年半。 高1の夏休みの藤城邸。 青の部屋ではなくリビングルームで過ごしているが、仕事の父親はいないし、 家政婦も忙しくしているため二人きりで過ごしている。 「まさかの反応が来て驚いたけど、 これもありかなって」 「やっぱりお前が俺を調子に乗らせるんだな」 「……本当に調子に乗ってたら嫌だけど、青はそこまでじゃないんだもん」 顎をつままれた。 「お褒めの言葉、どうもありがとう」 「……ん?」 耳もとでささやかれると心臓が暴れ始める。 蒼宙は163センチだが、青は180センチになっているため既に体格差が生まれていた。 それがよりドキドキを高めるのだが、彼は知らない。 「すまない。今日、翠が来るんだった。 蒼宙が来るから無理だと断ったんだが……。 疲れるし会わないうちに帰ってもいいぞ」 時折姉を呼び捨てる青を可愛いと思っていた。 「断らなくていいよ。青のお姉さんに会えるの嬉しいんだから。 逆に家族のだんらんを邪魔してたらごめんね」 「だんらんとかはない。むしろいてくれる方が嬉しいよ」 その時、リビングにセミロングの女性が姿を現した。とびきりの美人である。 (青とは顔の系統は違うけど、綺麗な人なんだよな。 結構強い感じが青のお姉さんって感じ) 「蒼宙くん、お久しぶり! 一年くらい会ってないわよね。相変わらずめちゃめちゃかわいいわ。天使!」 「……蒼宙は免疫がない。離れろ」 翠の腕の中に閉じ込められる。 頬を寄せられ熱烈なキスをされる姿に青が苦笑し、自分の腕の中に奪い返した。 「免疫ってなによ。失礼ね」 「翠さんと青って似てますよね。愛情表現が豊かなところとか。 やっぱり血筋なんですかね?」 「あら。蒼宙くんったら」 「気色が悪い。頬を染めんな」 「……なんでこうも可愛くないのかしら。 もう、すっかり男だしでっかくなっちゃったし」 「お姉様の記憶の中の俺はまだ幼児かもしれませんけど、 今年で16なので変わって当たり前です。あなたが29歳のように」 「……正論だとは思うけど、女の人を泣かせるのはだめだよ」 蒼宙は、目元を潤ませている翠を見て心配そうな顔をした。 青は何故か舌打ちしている。 「優しい蒼宙くんにお土産あげる。どうぞ! 青が7歳の時の写真よ!」 「……うわぁ、かわいい! ブルーのおめめの小さい青、凄まじい破壊力。半ズボン!」 「うふふ。蒼宙くんのこの頃の写真も見たいわぁ」 「家にあると思います。またここに持ってきましょうか?」 「良かったらぜひ。穢れがない清らかな子の姿が見たいのよ」 「この頃の青、すごく愛らしいですよ?」 「見た目と中身が違うの……」 「悪かったな。一体何しに来たんだよ。せっかくの二人きりを邪魔しやがって」 ずけずけ言い放つ青は、不機嫌を隠そうともしていない。 家族の前ではとても素直なのが、かわいいと思う蒼宙だ。 「蒼宙くんに会いたくてもここに来ないと会えないんだもの」 「あまり会えませんし、こういうサプライズも嬉しいです」 「いい子すぎてお姉さん、泣いちゃう」 蒼宙はにこにこ笑って翠の手を取った。 「そんなにいい子じゃないかもですよ?」 「ギャップもいいじゃない」 「……そういやお姉様、体調はいかがですか?」 青が、不意に真顔になった。 翠はきょとんとし、すぐにいつもの笑みを浮かべる。 「大丈夫よ。青、ありがとう」 「無理するなよ」 何だかんだこの姉と弟は絆が強い。 仲の良い姿を見ていると自分もきょうだいがほしかったと思ってしまう。 「蒼宙くん、青と仲良くしてやってね。 なんか、今の青を見てるとあなたがそばにいてくれてよかったって思うの」 青は照れているのだろうか頬が少し赤い。 蒼宙は、そんな彼の手を取り笑う。 「はい! そばにいられる限りは」 その時、翠が悲しげな顔をした気がするが微妙な表情の変化で蒼宙も青も分からなかった。 (変なこと言ったっけ?) 「初恋の人と付き合えたし同じ高校でクラスも同じ。これって奇跡の連続ですよね」 「そうね。神様がくれた奇跡よ」 翠は蒼宙と青、両方の髪を撫でて帰っていった。 はらり、テーブルの上から写真が落ちる。 気づいた青が拾い、テーブルの上に置いてくれた。 「翠が勝手に渡したが、これはやれない」 「少し残念だけど、今の青と一緒にいられるからいいの。 思い出の一ページは見せてもらうだけで」 抱き寄せられた。 甘く唇が重なる。 指を彼の唇に押し当てたら、表情ががらりと変わった。 「駄目だ。まだ足りない」 溶けるようなキス。 吐息が弾けて消えた。 「あの人も色々あるから、嘘泣きに上手く騙されてやってもいいけどな」 「青、やっぱり大人だ」 「……そうか?」 不穏な発言で悲しい顔をさせてしまった蒼宙は、内心落ち込んでいた。 「……翠お姉さん、泣かせてごめんなさい」 「そんなに気にしなくていい。 あの人はかなり強いから」 頭を引き寄せられ額にキスを落とされる。 「さてそろそろ勉強しに2階へ行くか。まだ時間は大丈夫だよな?」 「うん!」 手を引かれて螺旋階段をのぼる。 この階段のように上へと登っていきたい。 過去の思い出を振り返っていた蒼宙は、 ますます青が愛しくなっていた。

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