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第33話 桜と共に色づく想い✱✱
桜の花が見事に満開になった。
白色も濃い桃色もどれも美しく目の保養になる。
藤城青は、都立の高校一年生となり校門をくぐった。
入学式は、試験の成績でトップだったことで、挨拶を頼まれ代表として壇上に上がった。
ざわつく気配がする中、原稿を読み完璧な微笑を浮かべる。
『先生方、先輩方のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします』
挨拶文は昨日、パソコンで打ってプリントアウトしたもの。
(うっとうしい……。
本当は断りたかったのに親父も記念になるとか言ってゴリ押しするし)
声の笑顔の下は大層な毒を吐いていた。
青の恋人ー蒼宙(あおい)ーは、その勇姿を愛おしげに見つめていた。
入学式は、ばたばたして蒼宙と共に過ごせず
家に帰ってから電話で話すことになった。
青は、父の隆と共に双葉の送迎で帰り、蒼宙も両親と車で帰宅している。
「一年だけでも同じクラス、うれしい」
「この一年、忍耐が試されるな」
都立高校普通科に入学した青と蒼宙は、同じクラスになった。二年次からはコース別でクラスが振り分けられるので二人がクラスメイトになるのは、この一年のみだ。
本格的に大学進学への準備が始まるので、
比較的自由なのも一年次のみとなる。
「青、入学初日で有名人になっちゃったね。
藤城家の御曹司が入ってきたって注目の的だったし」
「……悪目立ちしたくなかったのに」
「おつかれさまだよ。中学の時も新入生代表だったし、あの時も見とれたんだよね」
「昔のことは忘れろ」
席も隣同士というのは、厄介だ。
中学から一緒だったということで、仲が良くても周りに怪しまれることはない。
二人の関係が友達の領域を越えていることなんて、誰も想像できないだろう。
男子校ではなく共学高。
男子と女子は半数ずつクラスにいる。
適当にうわべだけの関係を築ければいい。
蒼宙と交際を始めてから、
大学までの学生時代は他に友人はいらないとすら
考えていた。
恋人は友人でもあった。
(いささか親密度が高すぎるお友達だけどな)
「男女問わず仲良くなれたらって思う」
「蒼宙なら大丈夫だ。保証する」
「あ、もちろん唯一無二は青だからね」
「……はいはい」
「流さないでよ」
適当に返事をすると不満そうだ。
きっと電話の向こう側では唇を尖らせているんだろう。
「蒼宙、俺達は恋愛をしていこう」
「改まってどうしたの?」
「恋はときめきで愛はやすらぎ。恋が愛に変わって続いていくとかいうけど」
「ねぇ。もしかして愛で満たされて、
関係が深まるってことなのかな」
高校一年生にしては深い会話である。
一年間の中で、恋だけじゃ足りないのだと気づいたのだ。
お互いに息をつく。
「今日聞くのもどうかと思うんだけど、始まりの日だし聞いときたい。
お前さ俺と繋がる夢見た時、一人でしたの?」
何ヶ月も経っているし、そろそろ聞いてもいいはずだ。
「……逆にしてないとでも思ったの」
言葉につまる。
「……いや、思ってない。聞けて安心した」
「今更、聞かれるなんて思わなかったよ」
ふう、と息をついたが、そのあとケラケラ笑った。
「……俺だけ知られてたし、これでおあいこだ。許せ」
「うん。別に恥ずべきことでもないじゃん」
「お前の声聞きたい……」
「……先に進むためのステップってこと。とりあえず電話でならいいよ」
どういうことだ。
電話以外で、声を聞かせてくれるというのは……、想像しようとするとヤバかった。
「青はどんな風に触れてくれるのかなって想像するんだ。そうしたらたまらなくなる」
「とんでもない殺し文句をほざく堕天使だな」
このかわいさは破壊力抜群だ。
(そんなこと言われたら、こっちだって……)
電話越しの声は、次第に変化し吐息混じりの濡れた声になった。
その声を聞いていると自然と指が、自分の身体を慰めたくなってくる。
「っ……青」
「……あ、おい」
息が荒くなってくる。
どんな顔で電話越しの相手を感じているのか。
興味がわくほど怖くなる。
「青もしてくれるならって言おうとしたけど、
してるみたいでうれしい」
電話越しに高め合い、弾けた。
蒼宙の声はあまりにも扇情的だった。
スリーステップは、進んでしまった。
「……っ、」
「青、電話越しに抱いてくれたね。僕眠れないかも」
撃ち抜かれたハートが音を立てる。
「……おやすみ」
普段より更に掠れた声で告げて電話を切った。
「……これ、いつまで耐えられるんだ」
これからは理性を保たなければ。
今まで通りを装い、勉強と運動に励んだ。
悪目立ちする結果にはなったが、
気をそらすことに成功したのである。
「最近、健全だよね」
「それでいいんだよ」
蒼宙は、ほんの少し残念そうだったがさほど
気にしている様子もない。
クラスにも溶け込み男子女子問わず仲良くやっているようだった。
優等生的態度を作るのも面倒になってきた青は、次第に普段の口調を隠さなくなった。
それでも不思議と人を惹きつけていて、
蒼宙と青はクラスの人気を二分化する存在になっていた。
二年次からは、理系コースの青と文系コースの蒼宙はクラスが別になり
高校で会う機会も、減っていった。
中学の時よりも自由はなく、
それ故に歯がゆさがつのっていく。
デートは土曜日三回と毎週日曜日。
中学のように行き帰り共に地下鉄に乗ることもない。
二人の関係は危うかったが平穏ではあった。
クリスマスイブの日、青の部屋の浴室で
互いに見せ合い正面から抱きあった時は、
恍惚(うっとり)とした気分になり意識が飛びかけた。
触れるのだけは躊躇い、ぎりぎりでやり過ごしたのは、
17歳の二人だからできたのかもしれない。
それから一年二ヶ月。
始まりのバレンタインからは、4年が経っていた。
蒼宙に呼ばれた青は、彼の住むマンションに向かった。
切羽詰まった様子にいてもいられず運転手の双葉弥生に頼んで車を出してもらう。
青はピアノを習うのを中学卒業と同時にやめたが、
蒼宙はバイオリンのレッスンを月一で続けていた。
そして今日は、最後のレッスンの日だ。
高校まで続けていた蒼宙は、よほどバイオリンに思い入れがあるのだろう。
何度かピアノとバイオリンで合奏したことがあるけれど、
優しく穏やかながら艶を纏う音に蒼宙らしいと思ったものだ。
逸る心のまま扉のチャイムを鳴らす。連打し音を響かせても応答はなかった。
(母親は不在か……。様子がおかしい)
ドアを叩く。
「蒼宙、俺だ。青だ。蒼宙!」
返事はなかったが、ノブを回したら開いた。
「お邪魔します」
靴を脱ぎ、室内へと突入する。
廊下の奥へと進み、蒼宙の部屋を目指す。
蒼宙の声ともう一人の声が聞こえてきた。
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