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第34話 嫉妬(ジェラシー)に焼き尽くされて-1✱✱✱
蒼宙は目の前の相手に必死で懇願している。
「先生、やめてよ……! 」
「蒼宙はいつの間にか色っぼくなったね。
愛しい恋人のおかげかな?」
ドア越しに聞き耳を立てる。
「付き合ってる人がいるって前にも話したよね。
僕の気持ちを考えてくれる優しい人なんだ」
何かが軋む音。
息が荒いのは蒼宙ではない。
「15年間、私は蒼宙だけを見てきたのに」
「……っ、やめ」
激しい物音に、焦燥がかき立てられる。
ドアノブを回しても鍵がかかっていて開かない。
生まれて初めて、器物破損を試みた。
ドアを渾身の力で押し開けて中へ突入する。
「蒼宙!」
ベッドに押し倒された蒼宙と、のしかかる男の姿を見て血が沸騰した。
蒼宙のシャツは半ば肌蹴られ、汚い手が入り込んでいる。
大きな体の男相手に、小柄な蒼宙がかなうはずもなかった。
片手は縫いとめられ涙目になっている。
青は中学の頃よりもさらに11センチ身長が高くなっていたため、男よりも身体は大きい。
長い足で蹴り上げ、ベッドの下に落とす。
「てめぇ、何してやがんだよ。ショタコンの変態クズ野郎が!」
恫喝する青の希薄に、一瞬言葉を失った男。
醜く興奮した急所を蹴り上げておいた。足が汚れるくらい耐える。
「蒼宙は、男を見る目が高いんだな。こんな超絶美形……そうはいない」
言葉とは裏腹に淡々とした感想に過ぎないようだ。
唇を切ったのか血を拭い青を見る瞳は血走っている。
蒼宙の首筋から鎖骨にかけて朱色が何カ所か散っているのを確認した。
唾を飲み込む。華奢な身体に上着をかけて抱きくるんだ。
「俺は貴様を絶対に許さない。蒼宙を辱かしめようとしたこと後悔させてやるからな」
吐き捨てる。
「……別に初めてでもないくせに。
蒼宙の匂い立つような色香は君のおかげなんだろ。青?」
これ以上、蒼宙に醜いものを見せ、聞かせたくない。
「青、ごめん。僕、青のこと話してた……ちょっと前から先生が、
いきなり愛してるとか、欲しいとか言い出して恋人がいるって言うしかなくて」
自嘲する蒼宙の肩を抱く。
「こんなやつ、先生と呼ぶ必要はない」
青に対して何も話さなかったのは、青に心を預けられなかったからだ。
ぐっ、と拳を握る。
「青って、そのままの名前で男だったんだね。
私を拒絶したのは、同性だからじゃなかったんだ。意外だったよ」
「さっさと目の前から消えろ。下衆(ゲス)が」
威圧すると、元バイオリンの先生は、よろよろと立ち上がりドアの前まで歩いた。
「……蒼宙は魔性の男が好みと」
最後に呟きを残し部屋から去っていった。
ベルトを緩めていたのも気持ち悪かった。
静まり返った部屋の中、青は腕の中に蒼宙を包み込んでいた。
背が伸びた青に比べ、小柄な蒼宙とは20センチ以上の体格差がある。
守ってやりたかったのに、こんな目にあわせてしまった。
「来てくれてありがとう……」
「お前もSOSはもっと早く分かりやすく出せ」
自分のていたらくを棚に上げて、蒼宙を責めるおのれの弱さ。
「今日、本当はママもいる予定だったんだよ。
でも、急に用事ができてとてつもなく不安になった。
最近、先……あの人の様子がおかしかったから」
「伝えてくれなかったら、お前を奪われてしまっていた。
肝心な時に役立たずなのは俺だ」
自嘲する。
疲れた顔をしている蒼宙の背中を撫でた。
「青はヒーローみたいに現れて救ってくれるって信じてた」
「電話くれたおかげだ。お前をこんな目に遭わせてしまったのは変えられない」
「青ってば、自信が溢れかえってるようで繊細だし卑屈だもんね。
見た目はすっかり男性なのに、変わらないまま」
「4月から大学だろ。変わって当たり前だ」
至って生真面目に返す。
ずけずけと言われたことは、蒼宙が見てきた真実の青だ。
多分、自分でも知らないことを知られている。
認めたくなくて少々不快さもあった。
「同性でも……僕だから付き合ってくれたんでしょ。あの時言ってくれたの覚えてる」
「……それはお前もじゃないのか」
「きっとね。でももし、青が異性でも好きになってたに違いないもん」
手を繋ぐ。眩しい眼差しに焼かれそうだ。
「……そこまで言ってくれたの一生忘れない」
「大げさだなあ」
蒼宙は、泣いた跡が消えている。今、無性に泣きたくなったのは青だ。
「さっきの後始末は、つけておく。
蒼宙にバイオリンを教える最後の日に強姦未遂とはやらかしたな」
ドアの前で聞いた声と、室内に入った時の光景が脳裏にこびりついている。
蒼宙は、状況に抗おうと必死だった。
そんな彼を思うと愛おしさと、こんな時に欲も込み上げてしまう。
駄目だ……こういう時に。
蒼宙は傷つき憔悴しきっている。
何を考えてるんだ。あのクズ野郎と変わらない。
「来月で高校卒業か。ちゃんと約束は守ってきたよね」
頬に手を添える。
大きな瞳は、青に希っていた。
「何言ってんだ。さっきあんな目に遭ったのに」
苦し紛れだ。誤魔化そうと必死だった。
「こういう状況とは関係なく、青が僕に触れたいって気持ちが本物なら抱いて」
グラグラきた。
全部見透かされていた。
「見せ合いっこした時はやばかったね。あの時の理性は立派だったよ」
挑発してくる天使……いや堕天使。
悪戯の度は超えている。
「僕が、青をもらおうか。
本当の初めては僕じゃなくなるから、それもありなんじゃない」
受け身に徹するなど冗談じゃない。
きっと、蒼宙が言いたいことは分かっていた。
「調子に乗るな」
低くつぶやく。
蒼宙の身体を押し倒して組み敷く。
「青……」
「さっきどれだけ妬いたと思ってる。
かつてのお前が言ってた嫉妬めらめらなんて可愛いレベルじゃないぞ」
ベッドに手をついて蒼宙を見下ろす。
「がっかりしたらやめていいよ」
「減らず口がまだ叩けるのか」
「……っ」
噛みつくようにキスをした。
荒々しく舌で貪ったら、息が上がってくる。
「明るいの嫌……」
かわいく言われ、カーテンを閉めに行く。
夕方の日差しが少しづつ暗くなってきていた。
「俺様だけど紳士。だから好き」
わざとらしく軋む音を響かせて、ドキドキを煽る。覆いかぶさり生意気な唇を塞いだ。
「俺がするようになる前からやってたんだろ……、
俺を想像して」
「ん……あ」
耳を食む。
軽く歯を立ててみた。
「……気持ち悪いって思う?」
「思ってたら、触るかよ」
「ひゃっ……」
ぺろ。舌でなぞる。
耳朶から首筋に唇を寄せた。
青の吐息が蒼宙の肌にかかり、彼は指先を震わせた。シーツを掴んでいる。
「本能に忠実でいいじゃないか」
蒼宙のシャツのボタンを素早く外した。
薄明かりに照らされた白い肌がさらけ出される。
中学二年のバレンタインから四年の月日が流れていた。
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