42 / 70
第41話 蒼宙を守りたい-1
大学二年になりバイトを始めることにした。
大学生活との兼ね合いと、サービス業は合わないという判断で
家庭教師を選んだ。
教えることで自分の学びに繋がると思った。
大学二年の冬を迎え、慌ただしい日々が加速度を増していった。
蒼宙はコンビニで深夜バイトを始めたようで、会えないからこそやきもきした。
(変なやつに狙われてないだろうな。あのキチガイバイオリン教師のように)
高校を卒業する1ヶ月前、蒼宙はバイオリン教師に襲われて危うく貞操を奪われるところだった。
あのことがきっかけで、結ばれることにもなったのだけど。
最近の蒼宙はあの頃より大人びて、美しくなった。
可愛くあどけないが独特の色気も漂わせている。
そばにいて守ってやりたい。
月に一度会えればいい方の恋人に思いを馳せシャワーを浴びた。
相変わらずの実家暮らしではあるが、車を運転するようになり
生活は随分と変化した。
自分の部屋以外に私的空間(プライベート)が確保できるのは最高だった。
大学を出て医師になったら、少しずつ恩返しをする。
最終的には実家に再び帰りその時には、藤城総合病院の医師として働くことを願っていた。
屋敷の駐車場でキーを開け乗り込む。
「……今日は横浜の家か」
家庭教師は時給がよいため、仮面を身にまとい二時間をやり過ごすのみだ。
幸い、どこの家も青が来るのを喜んでくれ、成績が上がったと感謝もされている。
少し車を走らせ横浜の生徒の家に向かった。
「藤城先生、いらっしゃい!」
出迎えてくれた中一の少女に微笑みかける。
何だか懐かれていて家の外まで出迎えてくれた。少女に手を引かれて中へ入る。
(気のせいかもしれないが、中一にしては子供すぎないか?)
玄関で出迎えた母親に、挨拶をする。
「お邪魔します」
「すぐお茶をお持ちしますね」
にこやかに微笑みかけられ内心うろたえていた。
「毎日でも来てほしいなあ」
少女の部屋に入った途端、手を握られる。
「無理だな。大学がある」
きっぱり言うとしょんぼりとした様子を見せる。
「先生を困らせちゃ駄目よ。お母さんだって毎日来てほしいわよ……」
「ありがとうございます」
テーブルの上にお茶とお茶菓子を置き母親はその場に居座った。
(邪魔しに来たのか。そこに居られると子供が勉強できないんだが)
「先生、かっこよすぎなんだもん。芸能人よりかっこいいかも」
「そうか? そんなこと言われるとは思わなかった」
クスッと笑う。愛想良く見せるのは簡単だった。
高校の卒業の時に撮った写真は、演技で笑ったのではない。
愛する存在の側では自然と笑みがこぼれるものだ。
「将来は病院の先生になられるんですよね。藤城総合病院の」
母親がプライベートな話に触れてきたので、やんわりと静止をかける。
「お母さん、そろそろ勉強を始めますので申し訳ないですが」
退室を促すと残念そうに出ていった。こちらをちらちら見ていたのがうっとうしい。
「始めようか」
ニコッと微笑めば少女は頬を染めて教科書を開いた。
「うわ……目に浮かぶよ。女の子が目にハート浮かべてそう」
「知らん。俺は勉強を教えに行ってるだけだ。金で繋がってるだけ」
「金って、そりゃそうだけどさ」
笑い転げる蒼宙にどんなお仕置をしてやろうか考える。電話だから想像しかできない。
「でも、教えてるの中学生くらいの子ばっかりでまだよかったかな。
高校生だと歳も近いし、青だったら呼んでもらえなさそうだからさ」
「何で」
「まず保護者に心配されるよね。こんなの来ちゃったら、危なすぎだもん」
「こんなのって何だ。失礼な」
「魔性の美青年……ぶっは……っ」
「俺は人間だ! ふざけたこと言うな」
「比喩です。自覚してね」
茶目っ気たっぷりに言われ心臓が跳ねた。
咳払いする。
「ごほっ。それはともかくお前はバイト、大丈夫なんだろうな。
変な奴に絡まれてたら言えよ」
「上手くいってるよー。女子高生のバイトの子とも仲良くなったし。あ、妬いちゃった?」
「妬いてねぇよ。お前がその女に狙われないかは気になるが」
「ないない! 女の子の友達みたいなんだって」
そう言われて納得した。
「分かる気はする。俺と違って危険な方に取られなくて、羨ましいよ」
「どの口が言ってるのか分かんなくなるよね。まぁとにかく平気だからお互い頑張ろ。
次は再来週くらいに会えそうだよ」
「時間調整する。蒼宙……本当に何かあったら真っ先にこの俺に言え。
いいか、分かったな?」
念押しておく。
あいつの名前は出せなかった。
トラウマになっていないかと思った。
「この俺様に言いまーす!」
「ふざけてると泣かせるからな」
「望むところだよ」
きっと受話器越しに片目を瞑ったのだろう。
こにくらしい天使は。
わざと明るく振る舞って心配かけさせまいとしている気もした。
二週間を待たずに会いに行こう。
翌日は大学の授業と家庭教師のバイトを終えると、
蒼宙のバイト先へ向かった。
コンビニは、蒼宙の一人暮らしの部屋からも近いはずだ。まだ一回も働いている所を見た事はない。
何度角を曲がり、信号と横断歩道は……なじみの場所への道順は、
頭に入っている。車を運転する前から何度も通った道だ。
蒼宙がアルバイトをしているコンビニチェーンに、たどり着き、
店の隅に車を停めた。一応、目立つという判断だった。
コンビニの中に入ると、入店のメロディが鳴り響く。
蒼宙は、レジにはおらず既に別の店員が勤務する時間のようだった。
レジに人が並んでいないのを見計らい、店員に話しかけた。
「ここでバイトをしている篠塚蒼宙は、バイトを上がってもう帰ったんでしょうか?」
「……えっ、篠塚くんは、少し前に帰りましたが」
どういう関係かと訝しんでいるようだった。
「親友です。心配だったので迎えに来ました」
店員が、顔を赤らめていた。
「10分ほど前に店を出たと思います。
連絡を取られてみてはどうですか?」
「そうします。ありがとうございました」
仕事中に話しかけて、迷惑をかけたこともあり
適当に買い物をして出た。
腹が減っているだろうし蒼宙に渡せばいい。
車に戻り、携帯から電話をかける。
「青、どうしたの? 急に」
「お前、今どこにいる?」
「コンビニ近くの公園。星を見てたんだ」
「こんな時間に一人で危ねぇだろうが。すぐ行くから待ってろ!」
青の心配をよそに呑気な声が帰ってくる。
焦ると口調が悪くなってしまう。
車に乗りこみ運転席に座る。
煙草を取り出しかけて、やめた。
成人し、晴れて解禁されてから口寂しさに我慢できなくなっていた。
「あいつの唇のほうが甘くていいけどな」
独りつぶやき、ハンドルを切った。
ともだちにシェアしよう!