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第46話 成人式

冬休みも終わり大学とバイトの日々が戻ってきた。 引越しの準備も隙間時間に進めているため、自由時間も減ってきた。 あと少し耐えるだけと思いながら過ごしていたら、いつの間にか成人式を迎えた。 二人とも出身の区が同じため成人式は二人で行くことができた。 小学校時代の同級生にはお目にかかりたくなかったが、仕方ない。 青の目の色が変わっているのはさほど気にならないらしい。 成長した姿に、黄色い声が上がって鬱陶しく思えた。 中学、高校と同じ学校だったから、親しいのだと蒼宙のことは説明する。 蒼宙はK大に進み初めて進む道が別れた。 T大医学部の青とは学ぶ内容も異なりたまに聞く話は新鮮だった。 「青はさすがに注目されてるね。どう? 同級生で気になる子はいた?」 「……いねぇよ。お前しか見えてない」 いたずらめいた態度の蒼宙の耳元に囁く。 スーツの青に対して蒼宙は、和装を身にまとっている。 その凛々しく甘い雰囲気に視線が集まるのは無理もない。 本人は無自覚だが、寄ってくる女を牽制していたら普通に怖がられたようだ。 「篠塚くんと藤城くん、すごく仲良いのね」 二人が常に一緒にいるので、 同級生のうちの誰かが言った。 「中学から一緒だからね。他に親しい人もいないし」 さりげなく肩を抱く。 熱い友情にしか見えないはずだった。 蒼宙は、仮面をほどよく被った青の隣でにこにこと笑うのみだった。 時々肩が震えているのは笑いをこらえているのだろうか。 「蒼宙……後で楽しいおしおきタイムだ」 耳もとに注ぎ込む。 さりげなく人がいない場所に移動した。 「な、何言ってんの。式が終わったら集まるんじゃない? 飲み会に誘われてるよね」 「お友達はお前しかいないし愛想笑いも神経使うんだよな」 「……青ってば」 「クリスマスからしてないよな」 「……一人ではした」 「そんなんで足りるのか?」 蒼宙は、顔が真っ赤になっている。 「この間も時間作って荷物運ばせてもらったし、今日も家へ帰って最後の搬出をしなきゃいけない。第一、そんな集まりに参加する暇、今の俺にはないんだよ」 「よく考えたらそうだよね。帰ろっか」 「そういや、地下室はまだ行ったことないよな。あそこも家具置いててベッドもある」 「あ、行ってみたい!」 蒼宙がはしゃいだので、素早く頬に口づけた。 「適当に恩師の方々に挨拶して、とっとと帰るぞ」 区長の話も長ったらしくうんざりしていた。 「正直、つまんなかったけど蒼宙の晴れ姿を見られて胸がいっぱいときめきで満ち足りたよ」 明るい照明に照らされて蒼宙の顔が真っ赤なのがわかった。 「青のスーツ姿、決まりすぎてるよ。本当に背が高くていいな」 全部もってるんだから。 恨めしげな響きがかわいらしい。 式が終わり、ざわつく空気の中昔の恩師に声をかけて驚かれる。 「目の色は目立つのでカラーコンタクト入れました。驚かれましたか?」 「いや、それよりすごく背が伸びたことに驚いてるよ」 あの時大きく見えた先生も小さく感じられた。 「ありがたいことに遺伝で」 ふふっと笑う。 横に蒼宙がいるのを確認し、会場の外へと足を急がせる。 駐車場に停めてある愛車に二人で乗り込んだ。 車を走らせて街を通っている時、見知った人物を見かけた。 運転席の青を食い入るように見ている小学生の子供……あれは。 (砌じゃねぇかよ。一人で買い物に来たのか) 砌は花束を持っていた。 ちょうど信号が変わり停止線で車をとめる。 蒼宙も横断歩道を渡る子供に気がついたようだった。横断歩道を渡りながら車の方を見ているのは、青だと気づいたということか。 「砌だ。翠へのプレゼントかもしれない」 「あ、僕が中学生の時にお姉さんの家で会ったあの子か! 大きくなったね。やっぱり血かな。青にも少し雰囲気似てる」 車は軽やかに動き出す。 公園の横の駐車場に車を停めると蒼宙が話し出した。 「砌くん、お母さんにお花送るなんて素敵だね」 「今日は翠が、なくした二人目の子供の命日だ」 「……知らなかった」 「姉の流産は衝撃的で、俺もそういうのもあって、 将来は産婦人科医として生きていきたいと強く願うようになった」 「青に取り上げてもらえる赤ちゃん、しあわせだろうな」 「……そう思ってもらえるように頑張るよ」 「青は夢に向かって走ってるんだ。 僕も自分の生まれ持ったこととか、そういうの知りたいし、 頑張っていくよ」 「そういやお前、性別適合手術とか受けたいって思ったことあるのか?」 「ないよ。僕はこの性別と身体を変えようと思ったことない。 性自認は男で……恋愛対象も同性ってことになるのかな。青しか好きになったことないけど」 やっと疑問は溶けた。蒼宙は同性として青が好きなのだ。 「お前はそのままでいいよ」 「うん。こんな僕でも青は好きになってくれたもの」 涙声なのが気になった。 「泣くのはベッドの上だけにしとけ」 冗談ぶると蒼宙は、わらった。 「帰るぞ」 ギアを切り替えて走り出す。 屋敷に着くと部屋から残っていた荷物を運び車に詰め込んだ。 これで三回目。持っていくべき物はすべて運び出せた。 荷物を運ぶのには適していない車なので面倒はあったが。 「ありがとう」 「ううん。青が家へ来てくれるんだもの」 「とりあえず、メシでも食うか。作ってやるから」 「青の手料理、はじめてだー!」 「その後、お前を最後まで食べ尽くす」 「オチがついてたね」 リビングに案内し、牛乳を出したら驚いた顔をされた。 「中学の頃にも牛乳出してくれたよね。背伸ばせとかからかわれたっけ」 懐かしそうに語る姿を抱きしめたくなる。 「そのままでいいとも言ったろ」 牛乳を飲む蒼宙を残しダイニングに向かう。 美味しくて栄養が取れるものを作ろう。 カフェエプロンをつけ、冷蔵庫から肉を取り出す。 これは、家族のものとは別で青が用意したものだ。グリーンサラダとコンソメスープ、ビフテキをトレイに乗せリビングに向かった。 「蒼宙。できたぞ」 呼びかけてみたら、彼はソファの上で猫のように身体を丸めて寝ていた。 「疲れたんだな」 さっきも荷物を積むのを手伝ってくれた。 「ありがとう……好きだよ」 甘くささやく。 壁のクロークにかけてあったパーカーを着せかけてやる。寝言が聞こえてきた。 「こんなにも長く一緒にいられて今度は、二人で暮らすんだよ。 十分幸せじゃない。僕は何を欲張るの……」 寝言にしてははっきりしていた。 切なくて胸が詰まった。 「……っ!」 慌てて飛び起きた蒼宙は耳まで赤くしていた。 「き、聞いた?」 嘘はつけないので頷いた。 気まずそうな彼を抱きしめる。 「……俺はお前のそばにいるから」 「ありがとう」 蒼宙は涙声をごまかすように笑った。 「とりあえず飯食え」 青の頬に落とされたキスはくすぐったかった。

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