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第47話 二人暮らし、バレンタイン(**)
地下の部屋は階段をおりた先にある。
引き込もれるので青もたまに使ったりしたことがあった。年に一度くらいだが。
「いいなあ。あ、ここにもカラオケが」
「ここなら誰も来ないしいいな」
カラオケの機械やスクリーンもあり案外広さはある。
ベッドは他の部屋よりは小さめのダブルベットだが十分と言えた。
空調とミニキッチン完備で、食料を常備しておけばしばらく暮らせる。
「って、ここに来た目的……」
蒼宙がベッドから視線を逸らす。
「昨日、掃除しておいたから大丈夫だ」
ねっとりとした声と視線で促す。
蒼宙は、ふらふらとした足取りでベッドに歩いていき
何故か足をもつれさせて倒れ込んだ。
「大胆に誘う」
「な、ち、違う。転んだんだよ!」
恥ずかしそうにする姿はかわいくて虐めてやりたくなる。
「へえ?」
「や、何してんの」
蒼宙の上に覆いかぶさり耳に息を吹きかける。
もう彼は逃げられない。この部屋に入ると勝手に鍵がかかる仕様で、
青が持っている鍵で開かなければ開けられない。
「抱かれたいんだろ」
「……もう少しお部屋を堪能したいなぁ」
「俺の下であがきながら天井でも見てろ」
「……っ」
衣服に手を差し入れ耳を甘噛みする。
細い腰を撫であげて身体の線(ライン)を確かめる。
ゆっくりと官能の火を灯す。
性的に抱くのではなく、抱擁だけでもいい気がした。
両脚を絡ませて唇も絡ませる。
「ん……ふぅ」
濃厚な口づけも上手くなった。
息継ぎをするタイミングも舌を絡める速度も全部、二人で学んだ。
腕の下に閉じ込められるくらい体格差があるのは、小柄な彼からすれば怖くないだろうか?
青は、時々気になって仕方がない。
「僕、あんまり背はおっきくないけど、
青が強く抱いてくれるのを感じられるからいいんだ。
すごく安心する」
こちらの心を見透かしたのか蒼宙がぽつりつぶやいた。
「ならよかった」
心まで溶かすようなキスをたくさんして、ゆっくりと繋がった。
成人式の夜は甘く優しく
狂おしいほどだった。
たまには激しい波ではなく穏やかな波でもいい。
蒼宙の部屋に荷物を運び終え、いったん屋敷に戻ってきた。
父が成人祝いをしてくれる約束をしていたためだ。
明日から、蒼宙と同じ住みかで暮らし始める。
リビングに行くと父が待っていた。
「おかえり」
「父さん」
「二十歳、そして青の門出を祝して」
ワイングラスを合わせる。青が憧れた最高級ワインだ。
「門出……」
「このうちから出るんなら門出でしょう。本当は大学入ったら出るかと思ったんだけどね」
「一年以上遅れて半端な時期になったな」
「10年以内ってことは医師として、独り立ちする時うちの病院からってことにしたんだね」
「そういうことになると思う」
改めて言われると照れてしまう。
何年も先なのに遠い未来ではない。
その時、一人なのかそれとも……。
「蒼宙くんと仲良くね。彼は青にはもったいない人だと思う」
「そんなの承知済みだ」
蒼宙はたくさんのものを教えてくれた。青にくれた宝物は数知れない。
「もしその日が来ても、俺も蒼宙もちゃんと光を見つけるから」
初めての時挑戦的だったし今日のことでも気づいた。
蒼宙は、自分から愛せる人間なのかもしれない。
それから一ヶ月がすぎた。
青が蒼宙のマンションで暮らし始めて三週間が経った。
二人は違うところもあるが、共通している部分もあった。
まず二人ともトイレは座ってするし、お互い言わなくても便座は戻して出る。
青は屋敷や公共の場所でも個室以外使うことはないため、
一般的な男性のような使い方はしなかった。蒼宙も同じである。
「青は上品だよね」
「家族もそうだったから。こういう共通点あるとうれしいな」
料理は一緒に作ったりどちらかが作ったりする。
時間が合わず別々に食事することも多く、
休日にランチに出かけたりすることもある。
そうして、二人にとって記念日であるバレンタインがやって来た。
青が蒼宙の住処(すみか)に引っ越してきてから、同居が続いている。
身体の関係があれば同棲だなんて、二人だけにしか通じないワードだ。
青が求めなかったのには理由があった。
(俺が求めたら応じるのだけど、蒼宙から求めてくることがない。
誘ったふうな雰囲気を出してそれで始まることばかりだった。
でも直接的に、したいと言われないから本当は……とか考えてみたりする)
卑屈傾向からか、悶々としていた青だった。
二人で暮らし始めてから蒼宙がひとり遊びをすることもなく健全な日々ではある。
バレンタインも大学とバイトを終え、夜になってマンションの部屋で再会した。
「青、お疲れさまー」
「お疲れ」
夕食を終え食後に飲むことになった。
青は白ワイン、蒼宙はグレープ100パーセントジュースだ。
それぞれワイングラスに注ぎグラスを合わせた。
「5回目のバレンタインだね」
にこにこ笑う蒼宙は普段と変わらない。
「そうだな。クリスマスより重要な日だ」
「手作りじゃなくてごめん。チョコレートケーキ買ってきたよ」
蒼宙は、椅子に置いたバッグから大事そうに箱を取りだした。
ショートケーキではなく二人用サイズのホールケーキ。
苺とチョコホイップが飾られていてとても美味しそうだ。
「蒼宙が用意してくれて、それが嬉しいから。俺だって買ったものしか贈ってないだろ」
「青がくれるのはもったいなくてしまってる。
僕は中々同じようにはできないから手作りだったんだけど」
「俺への気持ちがこもってるなら一緒だ」
蒼宙の座る椅子に近づき腰をかがめる。後ろから肩を抱きしめた。
「最初の時みたいに積極的になれよ。
丸ごと受け入れるから」
「もしかしたら青に嫌われるかもよ。僕の方が本当はやばいからね」
かわいらしい容姿の蒼宙から言われるとそそられるだけだった。
「ありえないから、来い。俺はお前の男だろ」
「……うん。青にとって最初で最後の男だね」
クスッとわらった蒼宙は、青の手を取って向かい合うのを望んだ。
首筋に抱きつき首や耳もと、鎖骨にまでキスを落としていく。
「チョコの匂いがするかなあ」
「チョコよりお前が俺にとっての媚薬だ」
腰を抱くと彼が背を浮かせる。
不安定に浮いた状態で激しく唇をむさぼった。
蒼宙の方から、誘惑のリズムをかなでている。
(本当に愛しい)
少し低い位置にある頭を優しく撫でた。
サラサラと柔らかい栗色の髪。青の薄茶色の髪
(光の加減で黄金色に近く見えるらしく、素の瞳はさらせるはずがない)
ともまた違ってキラキラ輝く天使の髪だ。
何度も指ですいて、されるがままだったキスを返す。
彼から来てほしくて啄むだけにとどめた。
「青……、」
切なげに名前を呼んで、
舌を絡めてくる。
拙いキスには無限の愛が込められていた。
蒼宙の腰を抱えて担ぐ。間近で見る瞳はあまりも鮮烈で綺麗だった。
同性にこう感じるのも彼だけだ。
くしゃくしゃに髪をかき混ぜて、キスの吐息にむせる。
唾液の橋は繋がっては切れ、繋がった。
「蒼宙、今日はお預け。今度はもっと俺を誘惑してみせろよ」
「とびっきりの誘惑してあげる」
可愛くて仕方なくて上唇に噛みついた。
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