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番外編「薔薇色の日々」(1)

一緒に暮らし始めて3ヶ月。 鬱陶しい梅雨はまだ終わらない。 湿気で跳ねる蒼宙の髪はかわいらしく、 毎朝、時間をかけてセットする姿を見るのも楽しい。 「……そういや青、気づいてないみたいなんだけど」 意味深に言葉を切った蒼宙の視線は青の髪と瞳に向けられていた。 「大学になってから髪染めをやめたでしょ。カラーコンタクトはそのままで」 上目遣いが、あざとくて気になって仕方がない。 「ブルーほどじゃなくても髪色と同じ目の色も……目立つよね」 「……え」 「だってさ、光の加減では金にも見えるよ。 結構珍しいと思うけど」 「……栗色の瞳のカラコンをつけようかな」 「もう今更でしょ。いちいち面倒くさくない?」 「確かにな」 「諦めなよ。王子様として生まれたんだから」 ぐいっ、と顔を近づけられる。 「お前だけの王子ならなってやってもいい」 「……独占欲高めのプリンス誕生」 「……お望み通り今夜は俺色に染め上げてやる」 「夜まで待てるの?」 きらきらと目を輝かせる蒼宙はいたずらで、今すぐ食らいついてしまいたくなる。 「待つさ。どうせ同じ所で暮らしてるし、 どこにも行かないだろ」 「うわ。喉を鳴らして悪魔っぽい」 騒がしい天使に噛みつくキスをする。 ちょっと物足りない刺激は、 じれったさを加速させるだろう。 雨でも大きな傘ひとつだけをさして、二人で入る。 車なら天候も気にしなくていいのだが、 しとどに降る雨の中を歩くのも中々風流だ。 「もっとこっちに来い」 青と蒼宙は身長差が20センチはある。 身体が小さな方が濡れてしまうので、 青が傘を持ち蒼宙の身体が外に出ないように気を遣う。 車での移動は楽だが、一緒に歩くのが好きな蒼宙のためにこうして傘をさして歩いている。 一通りもまばらな道を寄り添い合って歩く二人は、どう見えているのか。 (兄と弟にも見えるか? 別に誰にどう思われようとかまうものか。 蒼宙を独占しているのはこの俺だから) 「青が喋らない時って、心の中で考えてる時だよね」 「誰しもそうじゃないのか」 「口元歪めながらはいないって」 けらけら笑う蒼宙を小突く。 「お前を独り占めしてるのは俺っていう優越感にひたってた。正直だろ」 「……そんなの僕の方がだよ。 青は自分の興味あること以外、スルースキル高いけど無自覚すぎなの」 むっ、と頬をふくらませる。 今すぐにでもキスがしたくなったけれど、鉄壁の理性でこらえた。 「着いたな」 目的地のケーキ屋に着くと蒼宙は喜色満面の様子だった。 「ここのケーキ、食べたかったんだぁ。雑誌に載ってたランキング一位のガトーショコラ」 「結構並んでるが……」 「帰りたそうにしない。並んだら買えるんだから」 「予約しておけばよかったか……」 「並んで買って手に入れた喜びに勝るものはないよ」 二人して列に並ぶ。 視線を感じたが無視をすることにする。 蒼宙はアイドル級のかわいさだから、目立って困る。 (ジャニーズにもいないか……ここまでのは。蒼宙の母に感謝するしかない) とうにか手に入れたガトーショコラ二つは、店内ではなくもちろんテイクアウトにした。 甘い香りのする箱を大事に握りしめて、愛しい恋人は雨上がりの道を歩く。 蒼宙が望むので畳んだ傘を青が持ちケーキの箱は蒼宙が持つことになった。 「バレンタインやホワイトデーは関係なく、チョコいいよね」 「ああ」 嬉しそうな顔を見て手の握る力を強くする。 見あげてくる蒼宙に笑みを返した。 「青の微笑みって、静かだよね。これで愛想よかったら、もう恐ろしいことになるけど」 「笑うのはそんなに得意じゃない。 お前といるおかげで安らげてはいるから、仏頂面(ぶっちょうづら)とは思うなよ」 釘をさしておいた。 ちゃんと笑ったつもりでも彼からしたらまだまだなのだろう。 「いいの。青は変わんないで」 胸を揺さぶる言葉だ。 路地に腕を引っ張って連れて行く。 「ん……っ!」 肩を抱くと吐息を奪うキスをした。 「……スリリング」 「逆に燃えるだろ」 「……恥ずかしいでしょ」 次は耳たぶをかじってやった。 お返しにきたキスは、甘くてくらりときた。 部屋に戻るとお茶の準備をした。 エアコンはドライで運転し湿った空気を入れ替える。 それぞれの皿に盛ったケーキとダージリンティーを部屋に運んだ。 「帰ってきた途端、眠くなっちゃった」 「ん? 眠れなくしてやろうか」 蒼宙はさっ、と顔を赤らめた。 「いただきます!」 蒼宙は青を待たず食べ始めた。 下品にかぶりついたりしないが、結構勢いはすごい。 青は目の前の光景を眺めて吹き出した。 「……冗談だ」 「目が本気なんだもん。目の色を変えても表情は隠せないからね。 不器用な人って意外に分かりやすい」 今度は蒼宙が笑っていた。 「蒼宙が、かわいくて綺麗で俺を夢中にさせるからだよ。羽のない天使だな」 「ケーキが喉につまりそう」 「紅茶、飲めよ。猫舌のお前のために温度は調節してある」 「……ありがとう」 「礼は後でいい。今日は同棲の日だな。週に2度の」 「三回目でしょ。えろえろドS王子」 「そんなのに色仕掛けで告ったの誰だっけ」 「僕だよ。背伸びして頑張った」 不埒な会話をしながらケーキを口に運ぶ。 雨が上がった空には虹がかかっていてカーテンに映っていた。 立ち上がってカーテンを開けると、蒼宙が感嘆の声を上げる。 その腰を抱いて窓から空を見上げた。 「ドッキドキ」 「昔、聞いたな」 「あのころの無邪気さは、まだ残ってるのかな。 ほら、僕らもうどっぷり浸かっちゃって」 「結ばれて二年経ったしな」 「新しいこと覚える? 僕、もっと感じたい」 大胆なセリフも難なく吐いて、瞳を閉じる。 (キス待ちの顔はどれだけそそられるか分かってるのか) 腰をかがめて、そっと唇を重ねる。チョコレートの味がした。 座り直すと蒼宙が口を開く。 「一緒に暮らし始めてからキスばっかしてる。 えっちしない時もキスはかかさないじゃん」 「嫌ならやめようか」 クスッと笑う。 「青とのキス、大好きだよ」 首を上にかたむけてキスしてくる。 わざとらしく欲を煽るキスだ。 ねっとりと絡んできた舌に舌を絡ませる。 「歯磨きしてないけど」 「寝る前にすればいい。どうせすぐに寝ないし」 「晩御飯食べてからにしよ。その前に勉強」 科が違うので勉強の内容は違う。 共通点は、蒼宙も理数系ということだった。

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