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第48話 ビタースウィートラプソディー -1(**)
あの日、蒼宙は全身にキスマークを残し青自身を手と唇で慰めた。
それでも最後の結界は破らず青に身を任せることを選ぶ。
蠱惑的で今までで一番酔いしれたセックスだった。
一つに溶けてしまえたら、もう何も気にしなくて済むのだと
思ったほどに心も全部繋がった気がした。
あの日から二年が流れた。
共に暮らして少しずつ何かが変わり始めていた。
(ここまで保ったのが奇跡だったのではないか)
当初の約束だった同居はなりを潜め、すれ違う時間を
補うように身体を求め合った。
蒼宙が上になることもあったし、後ろから行為に及ぶこともあった。
それでも決して、無理矢理に関係を結んだことは一度もない。
そろそろ、期限切れという文字が脳裏に引っかかっている。
「先生、どうしたの?」
家庭教師のバイトも今日で終わりだ。
三月十四日でちょうど区切りもいい。
四月からは、医学部五年生。臨床実習が始まり病院で過ごす時間も増える。
今までのようにはいかなかった。
私生活も何もかもが。
一緒に過ごす時間がいくらか持てていたのは共に暮らして一年目までだった。
世話になっている蒼宙に常に感謝でいっぱいだ。
「今日で家庭教師をさせてもらうのも終わりなんだ。
今までありがとう」
殊勝な態度で礼を言う青に少女は、頬を染めて微笑む。
「藤城先生に会えなくなるの寂しいよ。高校になっても勉強を
教えてほしかったのに」
媚びる視線の気もしたが、そんな態度を取られてもどうしようもない。
「高校になって学校以外で勉強がしたかったら
塾でも通わせてもらえばいい。紹介するから」
淡々と返す。
おろおろと泣く少女が心配で母親を呼ぶ。
「二年間もありがとうございました。素敵なお医者様になられてくださいね。
病院の藤城先生になられる日もそう遠くないですね」
「……はい。ありがとうございます」
母親と少女に別れを告げ、家庭教師をしていた家をあとにした。
医学とはまったく関係ないバイトは、息抜きにもなった。
蒼宙と暮らす住みかへ戻ると、ホワイトデー仕様のディナーが用意されていた。
青のシャンパンと、蒼宙用のシャンメリー。
パスタ、スープ、サラダ、蒼宙の笑顔。
青は心づくしに喜んだ。
(蒼宙も多忙なのに……俺との時間のために)
ホテルで食べる食事より豪勢に思えた。
「チョコレート、今年はトリュフにした。
一粒が小さいし食べやすいはずだ」
青はバッグから取り出した箱を蒼宙に渡した。
「ありがとう。バレンタインは僕で青が返してくれるの定番だけど
それでもお返しはとっても嬉しいんだよ」
チョコの箱を見つめながら微笑む。
端麗な笑顔は人形のように美しい。
「その後、お前を抱くしな」
「もー。青ったら」
ちょっとからかうだけでもかわいく返してくれるのは相変わらずだ。
(蒼宙、俺の全部を欲しがらないけどお前も差し出さないんだな。
でも俺は悲しい終わりなんてくそくらえだ)
熱く見つめるとほんの少しうろたえる。
料理とチョコを食べ終わり深い話をすることにした。
「蒼宙、最近は二人とも大変だな」
「最近は一緒にいられる時間も減っちゃって
寂しいけどそれはお互いの夢、将来にたどり着くためだから」
「お前はすっかり大人になったな。俺もそうなれたかな」
「うん。大人だよ。22歳だから当たり前だね」
「蒼宙、お前に確かめたいことがあったんだ。
俺達が初めての時、俺をもらうとか言ったよな。
あれは、俺を抱きたいってことだったのか?」
愚問ではあるけど、これは未来を確かめるための一歩だ。
蒼宙は、一瞬考える顔をし、クスクスと笑う。
「そうだよ。僕が君を抱いたら青は実質的に童貞のままってことになる。
無理だと思ったけど……言ってみたんだ」
強い言葉に気圧されそうになる。
「……それじゃ俺以外にも性欲はわくのか」
「どうだろう。青以外の同性を知らないし興味もないからね」
口の端をゆがめて笑う。青に似た微笑みを浮かべていた。
「その理屈なら蒼宙は童貞のままってことだな」
「受け身なんだからそうだよ」
蒼宙は、口を大きく開き手で押さえた。
「あくまで恋愛の延長線上のこととして聞け。
お前は俺以外なら抱けるんじゃないか……」
「え……、な、何言って」
蒼宙の顔は照明の下で、熟れたりんごのように真っ赤になっていた。
明らかに動揺し始めている。
目を泳がせながらも青から視線を外さない。
「青以外の男の人に興味がないって言ってるでしょうっ」
駄目だ。泣かせてしまった。
シリアスに迫りすぎたか。
あの頃のような幼さが戻ってくればいいのに。
「意地悪なことを言って悪い。ただ……聞いてほしいんだ」
抱きしめながら、ささやく。
「俺の父親は、想像以上に蒼宙のことを気に入っていて
愛情もあるみたいだ。家族ぐるみの付き合いだから離れてしまうのが寂しいとも言った。
だから、予言をくれた。
この先、終わりが来るのだとしても蒼宙くんとは
縁が切れないと思うよ……だってさ」
蒼宙は腕の中で慟哭を堪えているようだった。
「おじ様には感謝しなくちゃいけない。
無理に別れさせたりはしなかったし二人のことを
静かに見守ってくれた。藤城家の人達、僕も大好き」
青の手をぎゅっ、と掴む。
見上げてくる瞳に射貫かれた。
「4月から僕は大学院に進んで青は医学部の五年生。
順調に歩んできて、夢をつかみ取ろうとしてる。
二人にしか分からない恋愛をしながらここまで来たね」
甘くてほろ苦く狂い想う曲を奏でた。
「大学を卒業して学士号をとって、院に行くお前は本当にすごいよ。昔から優秀でそういう所も尊敬していたんだ。一緒に勉強したの楽しかったしな」
「いやいや。僕も頑張ったけどさ……青だって医学部じゃない。親が医師だからってそう簡単になれるもんじゃないからさ」
照れたあと青を褒めたたえてきた。
「お前がいたから頑張れた部分も大きいよ。7年……いや8年だな。支えあったパートナーだぞ」
「うん。手を取り歩いてたけど、ここからまた新しい道へいくんだね」
「俺が住む部屋はもう見つけた。
ここより広めで贅沢仕様だから遊びに来るといい」
バイトは徐々に減らしていたから空いた時間に、
不動産屋に行ったりしていた。
「出ていっても、遊びに来いとか……」
吹き出す蒼宙。
「一応、二人暮らしはピリオドってことだね。今月いっぱいで」
「……、ああ」
身勝手でずるいから、頬に涙が落ちてくるのを止められない。
蒼宙はいつものまっすぐな笑顔で青の腰に抱きついた。
「青、まだ僕に反応する?」
「……するに決まってるだろ」
蒼宙が大切なものに触れるように青自身を指先で愛でる。
しびれて、それだけで変になりかけた。
火をつけるのが上手くてこにくらしい。
この部屋で過ごすのはあとわずかなのだから、もう少し加減をしろよ。
「蒼宙……俺を思う存分受け取れ。
お前しか知らない俺を教えてやる」
耳元を舌でなぞり誘う。
心臓の音が高く鳴り響いていた。
「……うん。僕に青をちょうだい」
ふわり、横抱きにする。
「っ……ふあっ」
乱暴なキスを繰り返しながら、ベッドまで連れて行った。
反応するどころか、とっくに限界だった。
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