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第51話 追憶……母との会話
藤城邸に父が蒼宙を呼んだ日から、二ヶ月。
今日はお盆で青は実家に帰っていた。
日々の流れは、流れ落ちる砂のようとはよく言ったものだ。
「最近さ、またむっつり具合増したよね。昔の青、カムバック」
「……元々こういう顔なんだよ」
「もしや……溜まって」
「今日はお姉様も帰られるんでしょう。
しばらく会ってなかったから微妙に会いづらい」
父がからかってこようとするから交わす。
夏休みは長いが、医学部の五年目は中々ハードで
休めるときはしっかり休みたい。
今の青には癒やしがなくてストレスは山盛りだったかもしれない。
「帰ってくるよ。でも青は一人でお墓参りしてきたいんでしょう。
私と一緒でもいいなら車出すけど」
「……仏前で一緒に拝ませてもらいます。
お墓は一人で行かせてください。ちょっと報告もしたいので」
「デリケートだな。口に出すわけじゃないのに一人で行くのかい」
すたすたと部屋に戻る。
実家を出て二年数ヶ月、自室はそのままにしてもらっていた。
適度に掃除をしてくれている家政婦に感謝しつつピアノの椅子に座る。
想い出は綺麗なままよみがえってくる。
青のピアノをはしゃいで喜んだのは、初めてここに連れてきた時
だっただろうか。
あの時は、8年にも及ぶ関係になるとは思いもしなかった。
ずっと一緒だったのだから考えてしまうのは仕方がない。
鍵盤を弾く。
時々、調律もしてもらっているから何の支障もなく音は鳴った。
愛の挨拶をねだられて弾いた時、きっと彼の手の内に落ちていたのだろう。
不健全な誘惑で青を追いつめた篠塚蒼宙。
可愛らしい見た目で騙されがちだがかなり頭は切れた。
同い年で同性の元パートナー。
もし今後交際する相手ができたとしても彼氏・彼女という言い方は
今後もせず恋人と呼ぶのだろう。
想い出の曲を弾き終え、スラックスのポケットから煙草を取り出す。
ベーゼンドルファーの上に灰皿を置くだなんて、
亡き母が知ったら呆れるだろう。
彼女は、芯が強く言葉もはっきりした人だった。
蒼宙も言いたいことを遠慮なく言う性質(たち)で
そこが魅力的でもあった。
一曲弾いたら落ち着いたので階段を降りリビングへ行く。
用意していた花を操子から受け取り玄関を出た。
腕をかざし夏の日差しを受けてみる。
(この夏もまだ終わりそうにないな)
車に乗り込んで運転準備をする。
しばらくしたら新しく自分の車を持とう。
(トヨ〇のハチロ〇買っても貯金は残る)
その前に卒業旅行には行きたい。
独りは誰かに気持ちを煩わせることもなく、静かだ。
孤独さえ飼い慣らせるなら。
藤城邸から車で30分ほど行った先にある墓地には、
母である藤城紫(とうじょうゆかり)の墓がある。
18年前に逝去した彼女は急性骨髄性白血病だった。
墓には父が供えた花が既にある。
墓石も掃除がされ綺麗に保たれている。
(……今年は命日には来られなくてごめん。
もう18年も経って僕は……とっくに大人になったよ。
あなたと同じ瞳の色は生きていくために隠して、
髪の色だけは元に戻した。
気に入ってくれた人もいてその存在には
時々、真実の姿を見せていたんだ。
同じ性別の相手と恋愛していたなんて言ったら
あなたは驚くかな。お姉様と同じで偏見も持たず
ありのままを受け入れてくれたんだろうなと思うよ。
僕は、彼とずっと一緒にいたかった。
守ってあげたかったのに守られていたのはこっちだったんだよ。
あの家じゃなければと何度か考えたのは親不孝ものだ。
でも彼といることしか考えられなかったんだ。七年……いや八年近くも側にいた。
成長した僕はあなたに似ているかな。
幼い頃はよくママに似ているって言われていたね。
今までもこれからも愛してる……大好きなママ)
心の中で呼びかけるのを見透かされるはずもないのに、一人で来たかった。
幼い頃と同じ呼び方をしているなんて、誰にも秘密だ。
何故か墓前にくると素直な子供の自分に戻れる。
(普段は大分すり切れて、多分よくない方向には進んでいる)
合わせていた手を解き、瞳を開く。
今でも青と同じ薄茶の髪色と青い色の瞳をした彼女の姿が脳裏に思い出される。
「おかえりー。最近見てないうちに哀愁漂わせちゃって」
軽口を叩く姉に、苦笑する。
リビングには姉と甥がいた。
「せい兄、久しぶり」
「ああ……」
中一になった砌は相変わらず可愛らしい雰囲気だった。
大きくはなっているのだろうが頭は撫でやすい位置にある。
「撫でんなよ。子供扱いされているみたいで嫌な気分になるし」
「子供だろ。先月13歳になったんだっけ」
「うん。せい兄は中一で彼女とかいたんでしょ」
「決めつけるな。それと、恋人と呼べ」
「どっちにしても同じでしょ」
叔父の私生活なんてどうでもよく単なる興味本位に違いない。
純情そうに見えてさすが、藤城の血筋。ませガキだ。
「砌、恋人って言い方の方がいいわ」
姉の翠は息子の言い方をさりげなく正した。
「せい兄の目の色、本当はブルーなんだね……
驚いた。でもその髪の色なら似合うね」
(このクソガキ……)
「お姉様、どういうことか教えてもらっていいだろうか」
「ちょっと昔のアルバムを見せただけよう。
私も懐かしくなっちゃって久々に青い瞳の青(せい)に会いたかったの」
リビングのテーブルの上にはアルバムが開かれていた。
幼い頃の自分の写真が何枚か写っている。
母親と一緒に写っているため捨てるのも忍びなく残しておいたものだ。
「……好きにしてくれ。どうせガキの頃の写真だ」
「案外、反応が薄いわね」
面白くなさそうに言われたが、どんな反応がほしかったんだか。
「最近は誰にも見せてないのね。本当にもったいない」
「見世物じゃない。それと姉貴は泊まるかもしれないが、
俺は泊まらず帰るから。どうか元気で。砌もちゃんと勉強しろよ」
リビングを出たら、姉が追いかけてきた。
砌はテレビゲームに夢中なのでもうこっちはどうでもいいらしい。
「蒼宙くんと別れたんでしょ。いつ頃のこと?」
父から聞いたのだろうか。わざわざ聞かれるとは思わなかった。
「……いちいち言うことでもない」
「私ももっと力になってあげたかった。ごめんね。
あんないい子、他にいなかったわ。
結婚は無理だとしても……何を言っても青を傷つけるだけね」
「嬉しかった。姉さんも自然と応援してくれただろう。
心強かったんだ。
周りに反対されてたら七年以上ももってない」
「頑張ったわね。えらい」
姉が上に手を伸ばしてきた。
今度は青が頭を撫でられる。
十三歳も離れていたら仕方なくもあった。
「お父様も気に入ってたもんね。
最近、会ってなかったけどものすごい美青年になってるでしょ。
青とは別で清らかな感じの」
「蒼宙はずっと変わらない。綺麗なままだ」
「……青と蒼宙くん、二人共に幸せになってほしいのは
私も同じなのよ。報われなくて結ばれなくても、
これまでの日々には意味があったの。分かってるでしょ」
「うん。ありがとう。お母様に手を合わせて帰るよ」
姉の気持ちが嬉しくてありがたかった。
(そういえば、姉の翠は母が亡くなった年齢と同じ歳になったんだな)
彼女は母の役割もしてくれたなと、素直になれた青だった。
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