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第53話 キッスインザダーク(***)
青は、かつて知ったる蒼宙の部屋の扉を開けた。
(心臓が響くのはこれが不実な愛だからか?)
抱きかかえた彼は首筋に腕を絡めている。
媚びるようだが付き合っていた時のように自然だった。
あの時と変わらないセミダブルベッドに蒼宙を横たえる。
「ん……ふっ」
ベッドの縁に肘を突く。荒々しく唇を貪る。
闇の中、息遣いと喘ぎ声が響いた。
緩慢な仕草でネクタイを外し、ワイシャツのボタンをゆるめた。
「抵抗すればこれ以上進めない」
冷静に問いかけてみる。
「……ここまで来て生殺しってやだな。
責任取ってよ」
噛みつくようにキスを返される。
「責任?」
「でも、セフレじゃないから勘違いしないで。
この部屋に来るのは最後にして」
顔を逸らす蒼宙の顎を掴む。
どうせならサービスをしてやろうと思った。
茶色の瞳を作るカラーコンタクトをベッドのサイドボードに置く。
ついでにライトもつけた。
「なっ……付き合っていた時もそんなに見せてくれなかったのに」
心臓の音は蒼宙からの方がうるさかった。
「遊びでこういうことができるわけじゃないって教えたかったのかな?」
くすっ。
小さく笑えば、照明の下で蒼宙が頬を染めた。
「……特別な相手にしか見せないってことでいいの?」
「そうだ」
髪を撫でてやる。
キスの距離まで近づいていて頬を触れ合わせる。
「……よりを戻すわけじゃないのに」
「会って抱き合うだけの関係しかなくても、
会えるなら……」
「……青の馬鹿。罪な男過ぎる」
青い瞳に彼を映す機会はそう多くなかった。
皮肉なことに離れてからこの瞳に映したくなるなんて。
「責任取ってやる。罪なら同罪だ」
尖らせた唇を塞ぐ。
甘い声が聞こえてくるだけで身体が熱くなった。
蒼宙だけは受け入れられる。
何度となく抱いた彼だけが、青の本能を目覚めさせる。
「っ……でも僕も青以外、駄目になったらどうするの。
同性としか恋愛できないはずなのに」
「俺もお前も思い込みかもしれないな?」
「……上手いからさ。
相当の手練れじゃないと僕は落とせないと思うんだよね」
「それじゃ俺からテクを盗めばいいだろ」
「あっ……や、だめっ」
乳首を指で弾き、スラックスの上を触る。
息を荒げる姿に、やられる。
「テクを盗んで、青じゃない男性に使うの?
今度は攻める側になって」
「……男とも限らないだろ」
頬や首筋にキスを落とす。
どうにか痕は鎖骨から下に散らばらせた。
赤く浮かび上がる印に笑みが浮かぶ。
乳首を口に含んで舌先で転がす。
うめくような声が聞こえる。
片方は指でこね回した。
「……わかんない」
濡れた声に混じる媚び。
欲しがる蒼宙の焦熱が爆発寸前なのは気づいていた。
もっと欲しがってほしい。
「いずれ分かるようになるらしい。
今は抱かれとけばいい」
「……っん」
耳朶を甘噛みすると背筋まで震わせた。
感じる場所を責め立てると屈服した蒼宙がシーツの上に腕を投げ出す。
急く心のままシャツを払い落とす。
引き出しを確認し中身を取り出す。
(あの時のまま残っている。いや買い足したのか?)
スラックスを脱ぎ捨てていきりたった自身にゴムを着ける。
ついばむキスをして、合図を送った。
ゆっくりと陰を重ね、腰を落とす。
繋がる瞬間、心地よいしびれが起きた。
初めてを共にした相手だからだろうか。
こんなにも心が沸き立つのは。
「ううっん……」
腰を振る。視界が揺れる。
汗が蒼宙の肌に落ちる。
繋がりを深めると、声は一層大きくなった。
下腹部からは、しどどに滴が流れて太ももに落ちていく。
「あっ……そこ……やっ」
「いいくせに? 教えてくれたのはお前だろ」
従順で素直な身体は青を一身に受け止める。
泣きそうになるくらい、気持ちよかった。
「反則なくらい色っぽいね。青い目って神秘的」
酔いしれる蒼宙。
この時間を終わらせないためには、
長く繋がっていればいい。
青が動きを止めると、蒼宙が起き上がり腰を振り始めた。
彼の腰にまたがる姿はなまめかしい。
青の真似をして一生懸命に動いている。
力強さに目眩がしてそれを気取られるのも嫌で
さらに強く突き上げた。
ばち、ばちと脳内に火花が散る。
「はっ……ああ、ん。僕に主導権握らせてくれないね」
「いずれはお前が握ればいいだろ」
「あっん……」
内壁を擦る。
倒れ込んできた背中に腕を回し唇を交わす。
水音は唇と下半身から聞こえる。
息が途切れ途切れになったので、軽いキスをして
一度目は終わりにした。
目を覚ました蒼宙を浴室へと誘う。
どうせ彼しか見てないしと思いゴムはすでにつけている。
手を繋ぎ入った密室。
浴室の壁に押しつけて両脚を絡ませる。
互いの焦熱が触れると火傷しそうだ。
蒼宙の頭を抱え髪を撫ですかす。
「っ、うそ、こんなことしたことないんだけど」
状況にうろたえる様さえいいスパイスだった。
「お前は小柄だから、楽に抱えられる」
「えっ、あ……きゃっ」
腰を持ち上げて身体を支える。
かわいらしい悲鳴を上げる蒼宙に笑いかけ、貫いた。
最初から勢いを強くし動きは緩めなかった。
「……こ、こんなのできないよ……僕じゃ」
「やり方は色々あるけどな」
例えば、腰を突き出す格好にさせるとか。
「っ……変態の教え、覚えとくね」
吐息に混ぜた言葉の意味を理解したようだった。
懸命に背中にしがみつく。
華奢な背中を痛いほどきつく抱きしめる。
奥を穿つスピードは緩急つけながら。
涙声ですがりつく腕。
愛の言葉などなく淫らに絡み合った。
「不純な始まりの俺らだから、できるんじゃないか」
なんて嘯く。
今日、煙草は吸っていないのに唇が苦かった。
吐き出した瞬間に達した彼の中へ、もう一度熱を注いだ。
「ああ……、もう爛(ただ)れちゃった」
「いいだろ。誰に知られるわけじゃなし」
煙草の代わりに唇を求めた。
キスはしないほうが、二人のため。
いや、それじゃただ欲を散らしたかっただけだ。
葛藤をかき消した結果、あの頃と同じ熱度のキスをする。
ぷつり、途切れた唾液の糸が再び繋がる。
それを繰り返し弾む息。
「僕も僕なんだけど……。
青は優しすぎたね。
もっと適当に始めて終わらせればいいのに。
ほら、昔のバンドの歌でインスタントラブってあったし」
(よく知っているな)
「こんな状況でもかわいいな。どっちが罪だか」
「……うるさいっ」
いきなり抱きついて背筋に爪を立てる。
抱きしめ合っているだけ。
繋がってはいない。
「適当に抱けるわけないだろ。
どれだけ焦がれてお前がほしかったか。
許されるなら、ずっと側にいたかったのに!」
感情をぶつけた。意味がない。
「そんなだから、青を愛することをやめられなかったんだ。
僕が落としたつもりが、君にどっぷり浸かっちゃったから」
唇に指を押し当てる。
「……来月のハロウィン、どうする。
来ないならそれでいい」
話を変えて微笑んでみせる。
蒼宙にも青い瞳が映っているだろう。
「……とっても邪悪な王子様。
君が招くなら特別な意味があるんだろうね」
顔を近づけて耳元でささやかれた。
「行ってあげてもいいよ。だから……」
その先を聞く前に極上のキスを捧げた。
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