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第54話 僕の罪、恋じゃなくなる日

合コン以来、以前よりも医学部の人間と話すようになった。 交流というほどでもない。 あと一年と少し、卒業まで同じメンバーで過ごすのだ。 愛想よく振る舞うのに超したことはなかった。 大学からは長年、染めていた髪を元の色に戻したが、やはり目立つような気もした。 今更、漆黒に戻すつもりもないのだが。 この上、ブルーの瞳に戻したら稀有の視線が突き刺さるに違いない。 物珍しいのは間違いなかった。 六分の一といっても青自身は東京生まれ東京育ちのれっきとした日本人だ。 英語は、習得したし卒業後はどこかへ海外旅行には行く予定だが。 現地で青い瞳でいたら、日本人に見られるかどうかは、興味あった。 自分のアイデンティティーに関わる部分をなんとなく振り返ってみながら、 腕時計で時間を確認する。まだ時間は早いようだ。 今日は12月24日。いわゆるクリスマスイブだった。 クリスマス前夜の街はイルミネーションが、きらきら輝いている。 商業施設でな趣向を凝らしたクリスマスツリーが飾られている。 青の実家である藤城家でも毎年飾られていた。 ハロウィンパーティーはしたが今年はクリスマスはしないようだ。 父親も仕事だから普段と変わらない日常を過ごしていると思われた。 医学部6年になる来年はともかく今年の年末は帰ってみようかと考えた。 どうせ一人で冬休みを過ごすのなら親孝行として顔を見せよう。 目の前に現れた姿に、くらりと眩暈(めまい)を覚える。 いっそ、幻であったならよかった。 みじめで弱いからもう少し、一緒いる選択も選べず瞳の影を濃くさせた。 大人びた姿にはあどけない雰囲気も残り更に危うげで独特の色香を発していた。 同性に対し、綺麗という表現を使ったのは、篠塚蒼宙が初めてだった。 ハロウィンの夜以外、二ヶ月ぶりの再会。 最近はこんな再会が続いている。 「あお、久しぶり」 手を上げる。 彼は、小柄だがスラリとしているため足は意外に長く見えた。 (本人は気づいていないが) 「背が伸びたか?」 「もしかしたら伸びたかもね。 最近、すごく健全で真面目な生活送ってるし栄養もとってるから」 別離してからの方が、きっばりものを言うようになった。 だが、こんな彼も魅力的にうつる。 手を繋ぎたくて、迷っていたら向こうから手を差し出してきた。 大きな手で包み込んだら、妖艶な笑みを浮かべる。 「……でも見下ろせる」 「マウント取ってるの?」 「見上げる視線が、たまらなくて」 「もう。そういうのは新しくできた恋人に言いなよ。まだ誰もいないの?」 「……俺は自分が好きにならないと付き合わない」 「そうだよね。でも付き合ってるうちに好きになってくもんじゃない?」 手を繋いで街を歩く。 誰も自分たちの世界なので、他のことなど気にしないだろう。 思えば、以前はこんな風に公衆の面前で手をつないだことはなかった。 「毎回、同じ話をしなくてもいいだろ」 「よく考えなくてもいたら、会わないよね。二股、お互い無理だし」 少し距離がある関係は、面倒くさいことも取っ払ってしまえるから、楽だった。 「あ、雪」 小柄な蒼宙の方が先に気づく。 青は空を見上げた。繋いでいない方の手には、雪が落ちては消える。 ひやりとした感触を感じるから繋いだ手のあたたかさをより意識した。 歩幅が違うのに相手を気遣わず腕を引いて歩く。 「……青(せい)って呼べよ」 「青」 ようやく心が満たされた。 たどり着いた駐車場で助手席の扉を開け有無を言わさず乗せた。 右側の運転席に乗り込む。 「後ろでいいんだけど……」 「この車にお前を乗せるのも最後になるだろうから」 「……新しい自分の車、買うんだね」 「……そうだな。だから最高の想い出を作ろう」  クリスマスマーケットの賑わいを横目に街を駆け抜ける。  積もらないぼたん雪は、今日の気分に似合っていた。 「この車にも何回乗せてもらったかなあ。  でも車よりも二人で歩いたりする方が好きだったんだ」  蒼宙がそう話すのを運転しながら聞く。  冬の浜辺を散歩しようと思った。  車がインターに入ると蒼宙は無口になり窓から流れる景色を見ているようだった。  目的の出口から降りる。  何度か訪れたベイブリッジが見えてきた。  神戸は結局一度しか訪れていなくて、横浜が主だった。  一度だけ鎌倉にも行った。  想い出は手のひらからこぼれ落ちず汚したりはしない。  車を停めた。蒼宙は青が扉を開けるのを待っていた。  外から扉を開けると彼は小さく笑った。  差し伸べた手を掴むのをじっと見ていた。  蒼宙の腰を抱いて歩く。  彼はされるがままに任せていた。  こんな季節に海に来るだなんて、どうかしている。  行き先も言わなかったのに聞かなかったのは、青を信じているからだ。  腰を抱くのをやめ、手を握りしめる。痛いくらい強く。 「っ……青」 「寒いか」 「寒くないでしょ。手を繋いでるんだもの」  握り返す手は、ほんのり温かった。  同性同士、似た温度のはずが彼は温かい。  砂の上、波にさらわれる足跡が残る。  足のサイズも違った。身長差があるから当然だった。 「一応確認しておくね。僕たち、そういうお友達にはなってないよね。  だって、いつも甘いキスをたくさんくれて  情熱的に愛してくれたもの」 「欲だけなら会いたいと思うか」 「……よかった」  急に手が離された。  蒼宙は砂に手を触れては離す。  夜の黒い海は、荒れることなく静かに波打つだけ。 「今日までのことを言うならもうすぐ9年ってことになるけど……、  どっちでもいいかなあ」 「……うん」  しゃがんでいた蒼宙が立ち上がる。  正面から抱きついてきたから、腕の中に閉じ込めた。  髪に触れ背中を撫でる。  ぽんぽん、と軽く叩いてぎゅっ、と抱擁した。  長い腕と高い背、大きな身体は便利だと初めて思った。 「あったかい……」 「俺もお前のぬくもりに癒やされてる」 「えへへ」  あの頃見せた無邪気さのままに笑う。  澄んだ声が、優しい想い出をたくさん連れてくる。 「想い出に浸ってるでしょ?  僕を手放したくないのは君の方じゃないの」  胸に鋭く落ちてくる言葉は、わざと試していた。 「お前を俺以外の奴には渡したくはない。  髪も手もすべて触れさせたくない」 「……僕だってそうだもの。  同じくらい……それ以上に君を」  コートについたのはどちらの涙だっただろう。  雪はとっくにやんでいる。  手を繋いで車に戻ってゆく。  ふう、と息をついてハンドルに顔を埋める。 (好きだ……愛している。  言えるはずもないから、身体で心を繋ぐにとどめた。  もてあそんだつもりはない。忘れられない傷を負ったとしても)  助手席の蒼宙は、青の動向を見守っていた。

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