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第55話 漆黒の闇の中踊る二人(***)

どれくらいの時間、そうしていただろうか。 ほんのわずかの時間だった気がする。 ギアに置いた手にちいさな手が重ねられ、顔を上げた。 雪がやんだ空には月が浮かんでいて、月光の中顔が見える。 「本当にひどい男ならこんな姿見せないもんね」 内心、呆れたように言われた。 どこまでも愛をくれる蒼宙に、愛してよかったと心の底から想う。 「青が、忘れられないくらい愛してくれたら、  僕も君のために引導を渡すよ」  きりっ、唇を噛む。少し、血が滲んだ。  相手にはこの姿がどう映っただろう。 「振ってあげる。君が振るんじゃなくて僕が」  とてつもない衝撃を受けた。  甘やかしすぎだ。  でも……これが蒼宙の選択なら尊重しよう。 「ああ。覚悟しておけよ。  腰が立たなくなるかもしれないからな」 「……ふふっ」  背中を抱いた。  折れそうな細い身に内なるしたたかさを秘めて、蒼宙は笑う。  決別して、二人がこの先をきっちりと歩いて行けるように。 「愛してるよ……青」 「ああ……俺も。蒼宙」  唇をついばんでわずかな火をともす。  ほんのり温まった身体を放置し、二人はそれぞれの席に戻った。  ハンドルを切り、アクセルを踏む。  東京へ戻り、すぐにホテルへ向かった。  予約はしてないが藤城家の権限で取れる場所がいくつもある。  フロントでカードキーを受け取ると、後ろにいる彼の腰を抱いた。  エレベーターに乗る。  最上階へ向かう途中、唇が腫れるくらいキスをした。  今日で、けりをつける二人とはとても思えない。 「んっ……青」 「蒼宙……」  蒼宙の顔を両手で手挟み口づけを繰り返す。  エレベーターが目的の最上階についた時には、息が上がっていた。  カードキーで扉を開ける。  二人が室内に入ると鍵がかかった。  倒れ込む。もつれ合いベッドに沈む。  こんな闇夜にしか確かなものはない。 「こんないい部屋とってもらって……クリスマスプレゼント?」  腕の下で蒼宙が微笑む。 「ああ……適当な部屋でお前と過ごすのは嫌なんだ」  スイートルームではないもののそこそこの値段はする。  ラグジュアリーホテルを選んだのは、  大切にしてきた存在だから。  キングサイズのベッドは、大人二人を難なく受け止めてくれる。 「いきていく上でそれなりの枷もあるし、こういう時くらい  自由に家の力を使わせてもらうさ」 「……今日はキスが苦くないね。煙草の匂いを忘れちゃっただけかな」 「今日はまだ吸ってない……。お前を抱くって決めてたから」  上唇と下唇を交互に食み、舌で吸う。 「んっ……」  淫らに舌を入れたらおずおずと絡めてくる。  何年も付き合う中で彼はキスも上手くなった。 (俺もお前のおかげで……)  両脚を絡める。  とっくに蒼宙を求める熱は、解放を求めている。  ギリギリまで楽しみたい。 「もうしたいんだろ?」  蒼宙の焦熱にスラックスの上から触れてやる。  青に劣らず張り詰めた状態だ。  撫でて擦ったら、すすりなく声がした。 「ゆっくり愛してくれるんでしょう」  苦し紛れの声を唇で封じる。 「もちろん」  これは性別に関わらず同じ反応だ。  感じる場所が勃つし濡れる。  感じてくれている証拠なのが、うれしい。  蒼宙は青の髪に手を差し入れて撫でている。 「青の髪も好き。漆黒の髪もよかったし、  今の本当の色も好き。月の明かりの下でまばゆいくらいだよね」 「ありがとう。お前の栗色の髪も綺麗だ」  蒼宙は自ら衣服の袖を腕から外し衣脱がせるのを手伝った。  闇の中、真白の素肌が浮かぶ。  スラックスのベルトに手をかけて、すべて払い落とす。  青も自分の服を脱ぎ捨て床に放った。  シーツに肘をついて、影を重ねる。  唇が、近づいて触れ合った。  今でもしびれが起きる。  初めてのキスから変わらない現象。 (やっぱり運命には間違いなかった) 「……言ったら傷つけるのに伝えずにいられないよ。  どうして青とのキスはびりびりしちゃうの。  他の人とのキスは知らないけど、こんなの特別じゃないの」  相手も同じしびれを感じていた。  たまらない気持ちになった。 「……大丈夫。俺も同じだから」  蒼宙の瞳から落ちる涙を拭う。  もう余計なことを忘れさせるため、荒ぶるキスを繰り返した。  性急な指先は肌を行き交い、なめらかな肌を堪能する。 「ここ、摘ままれたり吸われるの好きだろ」 「やっ……言わないで」 「そういうのも、いつかお前が相手に言えばいいんだよ」 「……勉強になるなあ」  冗談ぶって乳首に噛みつく。  少し痛いくらいに噛んで吸った。  ちゅ、ちゅとついばめば肌が濡れる。  細い腰のラインは青を欲情させるものだ。 「……本当に綺麗だ」 「うっとりした感じで言うんだね。もう」  舌先で転がして彼の顔を窺う。  快楽に酔う姿は、ずっと自分だけのものにしておきたくなる。  唇に拳を当てて声を我慢しているから、無理矢理剥がした。 「聞かせろ。シーツを握っとけ」  ぐ、と腕をシーツに押しつける。  耳朶に舌を這わせなぞる。  耳の内側まで濡れた音がし出した時、じだばたと両脚が動く。  青はそれを大きな身体で押さえこんで蒼宙を侵略した。 「意地悪……大好き……馬鹿っ」 「どれだよ……くっ」  背筋に指を滑らせたら、蒼宙はくったりとベッドに身を沈めた。 「こんなので落ちるのか?」  蒼宙は薄瞼を開けている。 「僕は女の子になりたいと思ったことはなかった。  でも……青と結ばれて何回も抱き殺されて、  この中に残してほしいと思ったりもした。  馬鹿みたいだね」 「……今日は、なしで抱く。しっかり受け止めろよ」 「うん。こんなこというの変だけど、  次は青の子供を産んでくれる人を愛してね。  その人だけにして」  蒼宙の願い事を確かに受け止める。  多分、その一人だけに愛を捧げるのだろう。  同性は彼しか求められないように。  蒼宙が、抱きついて唇を重ねてくる。  淡いそれはしょっぱくて泣けてきた。  ぐ、と腰を押しつけて中に入る。  高らかな声を上げたその瞬間の美しさ。  背中に腕が絡む。  一番、奥で動きを止め抱きしめた。 「やさしいよ……」 「それはお前の方だ」  ずっとこのままの状態でいたいくらいだった。  それでも腰を揺らしてしまうのだけど。  ずん、と奥を穿ち弾む息を聞く。  腰を前後させる。  蒼宙も腰を振って懸命にこたえる。 「んんっ……ふあ」 「けなげなことを言われたら、たまらないだろ」  ぐ、と押しつけて引く。  膝をついて貫いたら、背筋を反らせてのぼりつめた。  こっちに戻ってきた蒼宙が、物言いたげに見ていた。 「煙草、持ってたら吸っていいよ。目に焼きつけときたい」 「……お前」  ぐっ、と胸が詰まる。  頭を撫でた。床に放ってある  スラックスのポケットを探る。  煙草の箱を取り出し、用意されていたパジャマを素肌に纏う。 「そこで見てろ。煙がお前にあたるのはよくないから」 「気にしないよ」 「……駄目だ」  煙草に火をつける。  何故だろう。苦くて仕方がない。  すぐに灰皿に吸い殻を押しつけて火を消した。 「……うん。色っぽくて最高」 「言ってろよ」  うつぶせでこちらを見る彼に覆いかぶさった。

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