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番外編「薔薇色の日々」(3***)

「……繋がってもないのに刺激がすごい」  どうやら距離を詰めすぎたようだ。  腹部にあたるモノ同士が触れ合っていた。 「いれてないのにねぇ」 「な、何するの!?」  先端を触れさせたら、過剰な反応をした。 「……そんな見た目で中身はドエロ。  皆知らないもんね……ふふ」 「知れてよかったな」  立ち上がる。  蒼宙が食い入るように見ているのも気にせず浴室に隠してあった  ソレをつかみ取り身につけた。  後ろから腰を抱いて、一気に貫いた。 「あっ……あ」  蒼宙は浴槽の縁に手をついて快感に身を委ねる。  腰を振る度、湯が波打つ。  襲いかかっている風にしか見えないのは、  相手が青よりだいぶん小柄のせいだ。 「っ、あ……ふっ」 「顔が見えないけど後ろからの刺激の方が、  快感の度合いは強いんだろ」 「っ……気持ちよすぎて怖いんだよ」  波音は出入りしているということ。  欲するままに相手を食らい尽くす。 「交わるって、リアルだよな。生々しくていい」  苦しいほど満たされて、解きたくない。  それでも壊したいわけではなかった。  また繋がりたいこそ果てを目指すスピードを速める。 「青の顔を見ながらキスがしたい」  かわいらしくねだられたら、応じないわけにはいかなくて。  身体を反転させ向かい合う。  つれ合わせる。ちゅく、ちゅくと舌を吸う。  浴室の照明の下で、互いの顔が瞳に映っている。  どちらも欲情に濡れ、似たような顔だろう。 「愛してるの……」  さっきの『好きだ』に対する返答がくすぐったい。  キスを深めて、鋭く一点を突き上げる。 「あ、……」  肩に頬を預けた蒼宙が、くったりとした様子で目を閉じた。  淡い快感でも何度も達した身体は既に、限界を超えていた。  どく、と熱い情熱を吐き出して息をつく。  腕の中に抱きしめて、瞳を閉じた。  しばらく繋がったままいたかった。  夜が明けて少しひんやりとした朝が来る。  まだ噎ぶほどの湿度はない。  熱帯夜が来たら身体を求めるのも嫌になる……はずもないか。  青は苦笑いし、猫のように身体を丸める愛しい存在を見つめた。  髪をすいて頬に指を滑らせる。  頬に口づけたら、大きな瞳が開かれていく。  まばたきをしている。染まった頬が朝日に照らされている。 「朝から誘惑するな」 「してない」 「かわいすぎて困るんだよ」 「青もかわいいんだけどな……」 「それ、俺の有様を知っても言えるのか」  蒼宙がきょとんと首をかしげいたずらに手を伸ばしてくる。 「……変態っ。朝からどうなってんの。僕はそうでもないよ」 「クリスマスの時にもお前の腰を抱いただけで  勃ったしな。好きな存在といると、抑制が聞かなくなる」 「クリスマスの時は思い出すとおかしかったけど」  おかしかったと言われたら責任を取らせるしかない。 「そういや触りたいんだよな。じゃあ何とかしてくれ」 「……も、もー」 「二人で愛撫し合えばいいだろ」 「火がついちゃうから」  ちいさな抵抗など意味を持たず。  蒼宙は青の上に乗り彼の顔に局部を向けた。  青は鋭い肉欲を愛しい唇が含むのに任せる。  そうして、高めあった後繋がった。  若いから体力があるのか、それから三時間ほどで起きて身支度をした。 「ちょっとあれはヤリすぎだったと思う」 「身体に異変でも起きたのか」 「しばらく火照りが収まらないし  困ったんだから」  二ヶ月前の出来事を回想している蒼宙の頬をつねった。 「むぐ……なにするの」 「俺がますます欲しくなったってことか」 「いっつもあげてるでしょ。もらってるし」  夏休みが来て車で藤城邸に向かっていた。  約束のピアノを聞かせるためだ。 「それから一ヶ月は我慢しただろ」 「……僕もすっかり染まっちゃった」  かわいげがないことを言う蒼宙はとんでもなくかわいくて  さっさと押し倒したくなったけれど  とりあえず家に帰るまで耐えるしかない。 「俺を浮かべてヤッてたくせに」 「……もうしてないもん!」  交差点で信号に引っかかった。  これもチャンスに変える。 「っ……」  素早くキスをして運転席に戻る。  珍しく前後に車がいないのも確認したからできたことでもあった。  潤んだ目が青をにらむ。  まったく怖くはないし逆だった。  アクセルを踏み込む。  藤城邸につくと、先に降りて助手席のドアを開ける。  このエスコートに蒼宙も慣れているため  手を差し伸べられるまで、待っているのだ。 「お姫様気分になれるからうれしいんだ」 「お前以外にはしないぞ」  くすっ、と笑う恋人の手を引いて車外へ連れ出す。  玄関のチャイムを鳴らすと家政婦が出てきた。 「青さま、おかえりなさいませ。  蒼宙さま、いらっしゃいませ」  メイド服を華麗に着こなし、スカートをつまんで礼をする。 (綺麗なのに可愛らしい女性だ。四十代後半の女性特有の艶もある)  今は同年代や年下の女性に、目がいかない青だが、  年上の女性の美しさはちゃんと理解していた。 「お茶はお部屋にお持ちすればよろしいですか?」 「はい。お願いします」  蒼宙は目礼し家政婦に微笑みを向ける。 「蒼宙さま、御髪(おぐし)が……」  蒼宙はまばたきする。  青は気づいてすかさず蒼宙の乱れた髪を整えた。  天使の輪は夏の日差しの下で眩しく輝いている。  家政婦はにこにこと微笑み、屋敷の中へと二人を案内した。 「は、はずかしい。操子さんの前でいちゃついちゃった」 「母親くらいの年代の女性だ。気にするな」  蒼宙の手を握りしめ青は、しれっと笑う。 「だから恥ずかしいんだけど……御曹司さんは平然としてるんだから」  鋭く目を光らせた。 「禁句だった?」 「別に?」  青の部屋に行きしばらくすると家政婦が、お茶のセットを持ってきた。  大きめのチョコチップクッキー二枚、レモンティーだ。  甘党の蒼宙用にはミルクも添えられている。 「ありがたいなあ」 「お前と一緒に戻るって伝えてあったからな。  操子さんも覚えててくれたんだ」  丁寧にいただきますを言ってお茶とクッキーを口に運ぶ。 「おぐしって初めて言われた」  頬を染めている蒼宙は、一口一口、噛みしめてクッキーを食べている。  もごもごと頬をふくらませる様はリスのようだ。 「21歳の誕生日は何が欲しいんだ。  あと一ヶ月だし決めとけ」 「オレサマ御曹司かな」 「ぶは……っ。そんなのいつだってやってるだろ」  紅茶を吹き出しシャツのポケットに入れてあったハンカチで拭く。 「なんで今更、そんな動揺するの。  この人どこでスイッチ入るか分かんないなあ」 「ドライブデートして夕焼けを見て、朝日も見たいかな」 「了解。鎌倉をぶらついた後、ホテルに泊まればいいな」 「ぐ、具体的に決まっちゃった……って鎌倉?」 「鎌倉には贔屓にしているホテルがあるんだよ。  東京から離れてるし動きやすいかもしれない」 「……うれしい。ひとときの逃避行をするみたい」  青も思ったことだった。  横浜よりも離れた場所で、ふたりきりの甘い時間を過ごせたらと  常日頃から考えていた。  観光地だから、人が多いのは懸念事項ではある。 「……そうだな。一泊二日で行けるようにしようか」  がばっ、と抱きつかれた。  家政婦は既に近くにいないので蒼宙もリラックスしている。 「バイトは休むことにする。帰ったら行くけどな」 「僕も今からシフトのこと相談する」 「……それがいい」  紅茶を口に含む。  外は真夏の日差しが照りつけているが、冷房の効いた室内は  とても涼しい。 「家庭教師でよかったよね。本当にホストしてたら、  本業にスカウトされちゃいそう」 「……俺は営業で媚びは売れない」  真面目に答える。 「そうだよね。そこが青のいいところ」 常に紅茶の冷めない距離でいたい。 「何かリクエストは?」 立ち上がると、蒼宙もついてくる。ベーゼンドルファーの蓋を開けた。 「愛の挨拶、革命のエチュード、月光……別れの曲」 「……わかった」 胸に重いものが響いた。ショパンの曲名に過ぎない。 意識するのがどうかしている。 始まりの曲を一曲目にリクエストされたので気になっただけだ。

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