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番外編「21歳のバースディー」(蒼宙視点)
梅雨の最中、青の実家で彼のピアノを聞いた。
いつも通り激しく切ないメロディーは、どこまでも胸を震わせて
狂おしい気分にさせた。
別れの曲をリクエストしたことには特に意味もなかったのだが、
青は一瞬、表情を変えた気がした。
(気にしすぎなんだってば……)
9月の誕生日、コンビニバイトの休みをもらった蒼宙は
ちいさな旅へ心を躍らせていた。
「……ふわあっ」
「どうした。眠いなら寝ていいぞ」
「誰のせいだと思ってるの……」
車の中、あくびをしたら横からくすっと笑われた。
無尽蔵の体力は、体格差のためか。
青のような体力は持ち合わせておらず少し疲れていた。
抱き尽くされて寝たのは朝方だった。
(今日、鎌倉に行くって約束してたのに……、
そういうのおかまいなしなんだから)
ふてくされた気分と、愛されている実感。
両方があって不機嫌を表には出せない。
ちょっとだけ拗ねてみるけれど彼は平然としているのだ。
「蒼宙がかわいいから我慢できないんだよ」
「っ……嬉しいけど」
会話をしながらもしっかり運転には集中している。
ルームミラーに映る真剣な眼差しには、ドキッとさせられ
くやしくてたまらない。
(ため息が漏れるくらいかっこいいんだもん。
でも威張るわけじゃないしオレサマなのは、僕のそばだけだし)
青は恋人で自分だけを見つめてくれ欲しがっている。
独占欲はお互いに満たしあっている。
青もすさまじい独占欲を見せてくる。
先に好きになった蒼宙は、この美しい男が
自分の側にいるというちいさな優越にも浸っていた。
半年近く一緒に暮らして青のことを知って、
分からない部分も出てきた。
そういうの含めて恋愛なのだと感じた。
彼が特別優しいのは蒼宙にだけで興味がないものには
素っ気なさ過ぎた。冷たいと思えるほどに。
(……もうね。はまっちゃって抜け出せないよ。
終わったら泣くのかな……いや泣くのはあっちか。
絶対、振ったりできなさそう)
悶々と考えていたら気づけば眠りに落ちていた。
「いたっ……」
額を長い指が弾く。
涙目でにらんだら彼は笑った。
「なかなか起きないから次は、本能を揺さぶるいたずらでもしようかなって」
「冗談に聞こえないんですけど」
「本気だから」
どうやら少し眠っていたらしくドSの恋人が意地悪に起こしてきた。
時々口が悪い彼は、行動も乱暴な時がある。
(ベッドの中ではしっかり優しい。
絶対、つけるしね。これで同性だからって
やりたい放題する人なら、嫌になってたはず。
任せっぱなしはよくないから、密かに通販で買ったりもしてみた)
「キスしたら止まらなくなるからデコを弾いておいた。
かわいいおでこ。時々つむじを曲げるししわが寄るおでこ」
「……何かすごく甘く聞こえる」
「うん? もちろん愛情表現だけど」
「また眠くなってきた」
「……起きろ。ホテルに着いたから荷物を置いて遊びに行くぞ」
「っ、それ、早く言ってってば!」
青はどうやらからかって遊んでいたようだ。
助手席の鍵を開けてくれると、自分も運転席を出た。
(慣れたけど、左ハンドルなんだよね)
東京から高速道路で一時間少しの距離を
運転してくれた青は、助手席で寝ていた蒼宙より疲れているはずだ。
「俺しか見えてなくて景色には目がいかなかったのか」
車を降りると、目の前にいる長身が不敵に笑った。
「だって、車を停めたのに中々降りようとしないんだもの」
むくれた唇は、繋がれた手にほだされてしまう。
「青の手、おっきくて好き。
僕にはうらやましいものいっぱい持ってるんだよ」
整っている造作は無表情だと怖いくらいだ。
「……蒼宙が褒めてくれるのが一番うれしい」
感情表現が苦手な彼だったが照れた風に頬を染めたのもすぐ分かるようになった。
手を繋いで歩いてホテルに入る。
フロントでチェックインを済ませエレベーターで部屋に向かった。
二人はしっかり手を繋ぎ合っている。
昨日の夜から喫煙をしていないから煙草の臭いはしない。
「……青といるとお姫様気分になれる」
「お前にだけしかこんな風にはできない」
(僕がそんな青を最初に知ったってことは、
とてつもなくハッピーなことだ)
「えへへ」
にんまり笑ったらいきなりキスをされた。
その瞬間、エレベーターの扉が開いて外に連れ出される。
繋いでいない方の手で火照った頬を押さえる。
「部屋、入ろう」
蒼宙のドキドキなんておかまいなしに、青は涼しげな顔で部屋の扉を開けた。
「温泉がついてるんだね! うわあ」
部屋はガラス張りの扉を開けたら露天風呂へと繋がっていた。
個室ではなく大浴場の方へ行くと思っていたから驚いた。
「人目があったらふたりっきりをゆっくり楽しめないだろ」
「……お兄さん、昼間っからふらちだよ」
「愛しい恋人とはいつだって繋がりたいからな」
いけしゃあしゃあとのたもうた青は、クローゼットに二人分の荷物をしまってくれた。
当たり前になっているが荷物はいつも持ってくれる。
「……中学の時のかわいい青はもういないんだ。
結ばれてから、男全開」
ボソッ、と言うと聞きとがめた彼が顔を近づける。
「男になった俺は嫌いか? 俺は蒼宙が前よりもっと好きになったよ」
「好きに決まってるでしょ……」
蒼宙も昔よりもっと好きになっていた。
結ばれる前より今のほうがずっといい。
「出かけるぞ。街ブラすんだろ」
差し出された手を掴む。
かわいい青がいないだなんて、憎まれ口叩いたが、
彼のかわいさは、消えることなく残っていると思っている。
蒼宙や、近しい存在である彼の家族はよく知っていることだろう。
「……神社行きたい」
「ああ。駅にも神社にも近いホテルにしたから、少し歩けば行けるな」
「うん!」
ホテルを出て徒歩10分圏内にある神社は、有名な場所で
参拝客も多く訪れるところだ。
初詣や厄除け大祭にはより大勢の人で賑わう。
高い背を見上げて歩く。
「手は繋がなくていいから後ろ歩きたい」
「……お前がしたいようにしろ」
青は歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれた。
その背中を見つめて歩き鳥居をくぐる。
広大な境内には様々な施設があり全部巡ると
さすがに足が疲れた。
見つけたカフェでお茶を飲むことした。
「お守りは返納しなくちゃいけないし、今日はやめとく。
学業成就の所に参列して帰ろうよ」
「源頼朝公、実朝公が祭られている神社だな」
頷く。
15分ほど休憩した後神社に向かった。
二人で参拝をする瞬間、ぴりぴりとした緊張に包まれた。
(僕たちがこのまま順調にそれぞれの道に進めますよう
見守っていてください。そして、これはここでは
言うべきではないのかな。
青がこの先の未来で、僕じゃなくて違う性別の
人と結ばれて、確かな絆がこの世界に残せるといいなと願います。
僕ももちろん独りになるつもりないので見守っていてください。
欲張ってごめんなさい)
恋愛成就とかそういう所に参拝せずここで言うのは、
心のどこかでくやしい思いが消せないからだ。
(お別れの時には言ってあげるかなあ。
将来、青の子供を見たいんだって……それとなく。
同性でのパートナー契約をして養子を迎えるとか
そういうのは一切違うんだよね。
人それぞれだけど、誰かに代わってもらうのも嫉妬で狂うから無理に決まってて。
いや、青も無理だろうな。それなら必要ないっていいそう。
とにかく二人目の運命の人と青の血を継いだ次世代の子が見たいんだ)
「青は、どんな誓いを立てたの?」
「二人がそれぞれの道を違(たが)わず歩けますように。あとは……秘密」
「それは僕と同じ。二つ目が秘密なのも」
神社を出てホテルに戻った蒼宙は、部屋のソファーに座り
青の身体にもたれてうっとりと瞳を閉じた。
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