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番外編「21歳のバースディー」(2/蒼宙視点。***)

「最高の誕生日になったよ。めっちゃ嬉しいな」  感慨に浸っていると青がまだだと小さく呟いた。  部屋をノックする音がして応対に出た青は、  花束を持って戻ってきた。  青と花束を見比べる。  大輪の花は、明るい色合いが蒼宙の好みだった。 「ダリアだよね……」 「移り気以外の花言葉は、お前に合ってる。  優雅で気品があってどこか威厳があるし……  一番は感謝だな」  ぶわっ、と涙が溢れる。 「ここに連れてきてもらってたくさんのものを  見せてくれて普段からも十分すぎる愛を  与えられてることに感謝しているのは僕なんだよ」  花束ごと抱きしめられて胸の中に閉じ込められる。 「ありがとう……青」  自分の涙で青の服を濡らしてしまうのに、  ためらい離れようとしたが彼の腕はそれを許さなかった。 「しょうもないこと気にするな」  きつく抱きしめられて、恍惚の吐息が漏れる。 「……帰るまで傷まないようにしなくちゃ」  ぐすん。涙で濡れた頬を指先が拭う。  キザ(気障)ったらしい仕草も全部蒼宙しか知らない。 「バーに飲みにでも行くか。お前はノンアルだったな」 「……行く!」  腕を組んで歩く。  エレベーターで降りたバーカウンターで二人並んで座った。  青は蒼宙が、オレンジジュースやコーラを飲む間に、  スクリュードライバー、ジンライム、ソルティドッグと  三杯も飲んでいた。  酔う様子はないものの普段の倍以上の色香でこちらが  酔いそうになってきた。妖艶な眼差しがやばすぎる。 (危険だな……この人。軽いことしないから大丈夫なんだけど……  本人はこの悩殺級の艶に気づいてないんだもんな) 「何だかクラクラしてきたんですけど……」 「お前、ジュースでも酔うのか。特異体質だな」  頬に指を沿わせてくる男はたちが悪すぎた。 「ドライ・マティーニをお願いします」 「ま、まだ飲むの! うちじゃそんなに飲まないよね?」 「お前とバーにいるなんて夢みたいでつい」 「将来はバーで待ち合わせて一緒に飲もうよ。  僕は飲めないからノンアルだけどさ」 「約束だぞ」  青はそう言いながらドライ・マティー二を飲んだ。  見ている分には綺麗で飲みたくもなるが、  蒼宙はアルコールに弱いので観賞用だ。 「ジュースで酔うわけないでしょ。全部君のせいだから」  おつまみのお菓子を口に入れながらもごもごと呟く。 「酔うのはまだ早いんじゃないかな」  特上に酔わせる台詞を吐いて、彼は蒼宙の腰を抱いた。 「人前だよ?」 「誰も見ていない」  腰から肩に腕は回され、次は手を繋いできた。 「部屋に戻ろ」  うつむき加減でささやけば手を握る力は強くなる。  結局、彼の思うがままに動いてしまった。  蒼宙も望んでいたから拒絶する気持ちは浮かぶはずがないのだけど。  最初に結ばれてから何回抱かれただろう。  一緒に暮らしだしてからは、週に何度も  求め合って彼の愛を享受している。  苦しくなるくらい、好きで愛しているから  毎回のように思う。  抱かれたまま繋がった状態で時が止まればいいのに。 「あっ……んっ」  青の腰にまたがって繋がる。  この体勢は繋がりも深く、彼をより強く感じられた。  腰だって本能のままに揺らして高め合う。  後ろからの方が感じるのは確かだけど、  この繋がり方も好きだった。 (青の美しく淫らな顔もたくさん見られる)  蒼宙を抱いている時彼はとても  サディスティックでぞくぞくさせられた。  優しさは置き去りにしてないし  無理矢理な行為は一度もない。 「蒼宙……、かわいい……好きだ」 「僕もだよ」  揺れながら、愛を伝え合う。  身体を傾がせて顔を近づける。  舌を絡ませるキスをするとまた強く突き上げられる。  青以外知らないけど彼はとても上手だと感じる。  じっくり気分を高めてくれて最後は全部持っていく。  気持ちいいとか、そういうのだけじゃなくて  心ごと抱きしめられていると思えた。 「っ……い、イク」  倒れかかると小さくキスをされて一番感じる場所を擦られた。  内部に吐き出されるのは薄越しの熱。  断続的に吐き出されるそれは、青の想いの強さみたいで  独占欲が、どうしようもなく満たされた。少し怖い。  青は蒼宙の中に異性を求めているわけじゃなくて、  同性として愛してくれているのだと分かっている。 (そんなの最初からそうだった。  僕以外誰も見つめたりしない。  同じくらい……それ以上にひたむきだから愛おしい。  青は浮気も二股も不可能だから安心できる。ただ一人に愛を注ぐ人)  ベッドを出た後は露天風呂に向かった。  自然な流れでキスをしたら繋がりたくなるのも必然だった。  お湯の中ですら安全を守るのはさすがだと思う。  背後から貫かれながら、一筋涙を落とす。 「あっ……やぁ……」 「蒼宙……!」  最初からクライマックスかと思う速度で追いやろうとする。  一度、達した身体はあっけなく崩れ落ちてしまった。  戻ってくるのも早くて、すぐ愛に応えられるのは同性ゆえだろうか。  青の膝の上で繋がりを深めて。 「足りなくて知らないくらいがちょうどいいのかな」  揺れながら、独りごちる。 「……肝心な部分までは分からなくていいのかも」  なんて、青も言うから嬉しくなった。  やっぱり少し恥ずかしさもあったけど、  懸命に腰を揺らした。  上手にできたかなと不安に思っていた蒼宙は腕を引かれて  頭を撫でられた。  極上の甘いキスは慈しみに満ちていた。 「心臓がまだバクバクしてる。  ドキドキしすぎたせいかな」  夜明け前、目覚めた蒼宙は髪をもてあそぶ青に気づいた。  朝の光に照らされた薄茶の髪は綺麗でずっと眺めていたい。 「僕の髪、好きなの?」 「お前の全部が愛しい」  こつん、と胸板にもたれて頬を寄せる。 「おうちでもここでも同じ香りだね。  誰も知らないから気にしなくていいんだ」  同じシャンプー、ボディーソープ、  それは一緒に暮らしたからこそ分け合えたこと。 「そういや昔の歌で神田川ってあっただろ。  身体が冷えるまで恋人が待ってたのを  知ってたくせに……あの台詞を吐くなら  早く温めてやればよかったんじゃないかって思ったりもした」 「歌にツッコミ入れないでよ。  風情も楽しむ歌詞なんだから」 「……それもそうだが。  俺なら一緒に温まりたいなって」 「うん」  手を握られて、胸がぎゅっとなる。  青の手は骨張っていて男らしい。  大きくて包み込んでくれる。 「神田川じゃなくて隅田川の花火大会は  高校の時から毎年行ってるよね。  今年のも素敵だったなあ」 「花火の音で盛り上がるんだろ」 「何でもそっちに結びつけないの」  ただの冗談だけどしゃれにならない。  蒼宙の髪を指に絡め口づける恋人と  先月のことを反芻し、顔を赤らめる。 「……花火は最後まで見たけど家に帰るまで  待たなかったよね」  呆れながらも求められるのは望むところだった。 「人が多くて疲れたから早くふたりきりになりたかった。  ちょっと盛(さか)ったのは認める」 「僕もノってるから青のこと言えないけどね……っ」  いきなり舌を絡められ、視界が潤む。  おずおずと返したら更にキスは深くなった。 「キスだけにしてね。もう朝なんだから」 「ケチくさいな」  性欲にまみれた彼は、ぼそっと文句を言い放った。 (……腰に触れる焦熱には気づかないことにした)  マンションに帰り着くと青から贈られたダリアをテーブルに飾った。  ダイニングキッチンのテーブルの上で華やかな光を放つ花は、  しばらく目を癒やしてくれるだろう。 「ダリアみたいに綺麗でいたいな」 「お前は綺麗だよ」  難なく言葉で殺して、罪深い恋人は微笑む。  少しだけ黒く染まっても、この人を憎むことは永遠にないのだろう。 「青ったら」  抱きしめられた腕の中で、胸元をぽかすか叩いて上目遣いで見上げる。 「愛しているよ。僕の初恋の君」  心が命じるままに言葉にする。  背中を撫でて頭を引き寄せてくれる。  力強い腕の中で密かに笑みを浮かべる。 「……蒼宙」  額にキスをされてくすぐったくなった。 「来月は僕がプレゼントを渡す番だね。  気持ちはたっぷり込めるから受け取ってね」 「……それが一番うれしいよ」  青が淹れてくれた紅茶を飲んで一息つく。  他の誰かなんて用意してないからあの歌とは  違うけど、吐息は混ぜ合ったよね。 (薔薇色の日々は指からこぼれ落ちる……なんて、  考えるだけ無粋かも)  まだ夏の日差しを残す秋の日、  大切な人との思い出がひとつ増えた。

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