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外伝「この恋はスターダスト」

星屑みたいに夜空を流れ落ちて、消える恋。 気づいた時から、さみしさが胸を支配するようになった。 より求めてしまう自分を恐れて、遠ざけたくもなった。 (今だけは抱き寄せてくれる腕や広い背中も僕だけのもの) 今年で二人は22歳を迎えた。 一緒に暮らし始めて二度目のクリスマス。 天気予報は、曇り。 雪が降る可能性は、低くロマンティックな夜の演出は期待できなかった。 ただ隣に愛おしい君がいる。 それだけで十分だと言い聞かせている。 待ち合わせは、T大前駅。 彼が、通う大学の最寄り駅で待ち合わせて 一緒に帰る予定だ。 規則正しい生活のおかげか、成人してからも身長が伸びた。 それでも身長差があり、背伸びしないとキスはできない。 駅の外で当の彼を待ち、10分ほどで現れた。 隙のない彼が珍しく息を切らしている様子に、 一瞬、目を見はったが顔には出さない。 ゆっくり近づいて顔をあげる。 金髪(ブロンド)ほど派手でなないが、地毛にしては明るい色。 ヘアカラーの色で言うと、ライトブラウンだ。 同色の瞳は、目立たぬよう偽りの瞳だが、逆に目立っている。 何もかも美しい男だった。 さらけ出す欲望さえ人間的でうつくしい。 「青(せい)……」 「待たせた。すまない」 「10分くらいだよ。 僕、待つの好きだし気にしないで」 トレンチコートが決まりまくっていて、 やっぱりドキドキしてしまう。 「ケーキ、買ってあるよ。 二人サイズのホールケーキ」 箱を見せると瞬きする様子を見せた。   口元を緩め頭を撫でてくれる。 「ありがとう。楽しみだな」 ケーキの箱なんて重くなくても彼は、 持っていた箱をさりげなく奪った。 行き交う人々はそれぞれの世界にいてこちらなど気にすることは無いだろう。 同性同士が寄り添っていても いちいち気にする人間などいない。 (クリスマスはこれがいい) 「今日もおつかれさま」 「ありがとう。お前の顔を見ると 疲れなんて吹っ飛ぶよ」 彼がさらっと甘いことを口にするのもとっくに慣れていた。 (中学二年のバレンタインから、 ずっとそばにいる) 駅の構内に入る。 交通系ICカードをかざして改札を抜けたら、 次の電車が来るまで話す時間ができる。 「……今年は雪が降らなかったね」 「降る方が奇跡に近いのかもな。 どうせすぐ降り止むし」 ゲートが開く。 やってきた電車に手を繋いで乗った。 三つほど駅を過ぎたところで降りる。 ここが二人暮らしの最寄り駅。 徒歩10分の距離もふたりで過ごす時間を 伸ばしてくれると思えば、面倒どころか好都合だった。 「蒼宙(あおい)、今日は元気がないな。 大学でなにかあったのか?」 彼はT大でこちらはK大。別の分野を学んでいるが、共通しているのは 大学院に進学する蒼宙もまだ学生生活を続けるということだった。 二人とも勉強することが苦ではなく、恋愛に偏りすぎないことが 続いている理由なのだと思っている。 (共依存になりたくないから、僕は一歩引いている。 寂しがり屋の彼は飢え渇き愛を求めている。 人間の本質というのは年齢を重ねても変えられない…… 根っこのアイデンティティーがあるから) 聡い彼でも心と頭の中で考えていること全部は、知り得るはずもない。 こっちにだって彼は、分からない。 何年経っても。 「何にもないよ。僕だっていつもハイテンションに笑ってるわけじゃないんだ」 「……そうは思ってない。 お互い、成長して昔より背負うものが重くなったってことだ。 夢や目指す道がしっかりしているから」 「まぁ、そうだね。 愛に溺れているだけなら今日まで続いてないよ」 見上げると雲が退いて夜空に星が浮かんでいる。 一筋の星がまたたき、流れ落ちて消えた。 何故か胸が痛くなって押さえた。 かろうじて涙は出ていない。 「ねぇ。キスして」 少し背伸びをする。 踵を浮かせたら腰を抱いてくれて 上からキスが落ちてきた。 余韻を残すささやかな口づけ。 「これじゃ足りないだろ? 早くあたためあおう?」 なんて言うから、やっぱり嬉しい。 (刺激が足りないキスは、求めすぎないため……。かわいい) マンションの鍵を開けて中に入る。 二人には狭く、けれどぴったりだ。 独りに戻る日は想像したくないくらい、 気に入っている。 二人ともコートを玄関のコート掛けに 掛けてから移動する。 キッチンのテーブルにケーキの箱を置いた。 洗面室で順番に手を洗いキッチンに戻る。 彼がチルドのビザクラフト生地を冷蔵庫から出す。 「ボウルもお願い。唐揚げの準備したんだ」 「忙しいのにすごいよ」 「クリスマスだからね。たまには惣菜や冷凍でもいいけど、手作りがいいじゃん」 「うん。明日のバイトの活力にする」 「青が家庭教師(かてきょー)してる姿見てみたいよ」 「……あと三ヶ月で辞めるけどな。 四月からはもっと忙しくなるから」 胸がチクってした。 このざわめきを早くかき消してほしい。 (欠けた月で胸を刺さないで。それよりも) 「……ごはんの前に疲れを癒したい。 寂しくてたまらなかったんだ」 さすがに最近は多くて月に三度の頻度になっている。 (がっつきすぎはよくないと二人共が思っている……多分。 いや、少なくはないか。寸止めもあるし) 「落ち着いた雰囲気で誘われると、クルな」 熱くて甘い腕(かいな)に閉じ込められる。 握られた手からほんのりと熱が伝わってきて、背筋が震えた。 背中を撫でる大きな手。 「寒かったんじゃないのか。すごく熱い」 「僕が、君に熱を分けてあげるよ……青」 広い背中に腕を回す。 筋肉質ではないものの細すぎることもなく、 身を任せたくなる身体を持っていた。 握られた手に力がこもる。 指先が、絡められたので絡める。 クリスマスのディナーを作るのなんて、 後でいい。この人と愛を重ねたい。 狭い密室は、シャワーの湿気より二人の生み出す熱でむせ返る。 鍵をかけるとここに閉じ込められている錯覚に陥った。 「あ、あ……青」 服を着たままシャワーに打たれる。 シャツが濡れそぼり肌に張りついていく。 夢中で交わすキスは、この先を煽るというより、 繋がりを意識させるものだった。 差し入れられて絡める。 絡めてもつれ合わせて、吐息を乱す。 背中にしがみつかず手は震えている。 「蒼宙……」 キスの合間、焦がれるように名前を呼ぶ。 普段のささやき声が更にかすれ、 鼓膜に伝わってくる。 (……こんな風に呼ぶのがどれだけ、僕を追いつめてるか分かってない。 全部は欲しがらない。 こっちも渡してなんかやらないって、 いつか決めてたんだから……) ひとり遊びを覚えた七年前、とてつもない罪悪感を覚えた。 醜い欲望で健全な彼を汚すのではないかと恐れて隠していた。 そのうち彼も同じことを覚えたのを知り、安堵した。 わななく唇で名前を呼ぶ。 読みを変えればよく似ている名前を持つ彼。 「青」 そっとしがみついて、首筋に小さなキス。 「……君だって熱いよ」 「……痕を残したってかまわない」 「どっちにされたのかなんて、人からはわかんないしね。虫除けになるかな?」 彼のシャツのボタンを全部外した。 (そんなことを許すから大胆になる) 鎖骨を吸い上げた。 微かな息が漏れる。 手のひらに指先を立てられた。 きっちりと切りそろえ整えられた爪だから、 食い込むことはない。 (爪のあとくらい残ってもいいんだけど、 ちゃんとしてるもんなぁ) 髪をかき撫でる指。 よくこっちにもされるいただきは、 軽めに噛んでおいた。 「ここ、君も感じるの……?」 「……分かってるくせに」 耳元に降ってくる声。 大きな手がベルトに指をかけて外す。 脱がされ、床に落ちた。

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