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番外編「奇跡みたいな恋」

23歳のクリスマスが青と過ごした最後の時間になった。 横浜で海を見て東京に戻ったら、ラグジュアリーホテルに泊まった。 青が遊びで抱いたりできないのはとっくに分かっていた。 あまり会わなくなった時間も恋人だったのだと思う。 身体を求め合う時間が主だっただけ。 青の新しい部屋は、中までは入らず外から建物を見た。 あそこで抱かれたら、よくない気がした。 それは青のためであり蒼宙のためでもあった。 (長い夢を見ていたのかな……いや、夢じゃなかった。 夢にしたらもう親友としてさえ会ってはくれない。 最後で最高の運命に出会えるというのは、予感でありおまじない。 同時に僕自身も未来へ向かうために伝えたんだ。 本当に大嫌いになれていたら、もっとすっきりしたのだろうか。 言わせるように仕向けたのを責めるつもりはない。 優しすぎる彼に言わせたくなかった。強いフリをしてみせた) むくりと起き上がる。 日毎に胸の傷がいたんで、面影が追いかけてくる。 あれから一週間、実家で年末年始を過ごしていた。 蒼宙は朝の光で目を覚まし瞼をこすろうとしてやめた。 目に傷がつくと青にとめられたのを思い出した。 「……青も一回くらい思い出してくれたかな。未練タラタラなのは僕だけじゃないでしょ?」 小さく微笑む。 抱かれた翌朝、送り届けてもらってすぐ彼を思って、一人の行為にふけった。 浅ましくて情けなくて、 バカみたいと自分をなじったけれどどうにもならなかった。 あの時は浴室でシャワーを浴びながら思い出の中の青に抱かれた。 あのマンションで暮らすのは3月で終わりにしよう。 契約更新の時期は逃したが、これ以上は無理だ。 青と離れて一年近く彼と過ごしたあの部屋に一人でいられたのは、 彼がほとんど部屋に来ていなかったからだ。 代わりを求めようとしたけれど、無理だと思い直した。 伸びをしてゆっくり起き上がる。 涙が貼りついた頬がばれないように急いで、洗面所に向かった。 虚しくなるからあの日だけで一人の行為に及ぶのはやめた。 その代わり眠りが浅い日が続いている。 二、三ヶ月に一度、身体の関係を持つだけになっていても完全な別離とは違った。 顔を洗うと前にも増して子供っぽい顔が見えて、嘲笑った。 (どう見ても23歳に見えない……青もよく相手してくれたよ。 身体目的じゃなく心ごとだったから、離れられなかった。 そこには愛しかなかったから) 緩慢な動作で顔を拭う。そういえば今日は今年最後の日だった。 タオルは使い慣れたものを持って帰って来たがこれも青と一緒に揃えたものだった。 (古びてきたし捨てよう) 「おはよう」 リビングに行くと両親が揃っていた。 「蒼宙、今日は初詣にいく?」 「……行く。その前に話したいことがあるんだ」 母は静かに微笑んだ。 朝食を用意してくれていて、それを食べてから話すことになった。 (うん。コーヒーは飲めないから甘いカフェオレであってるよ) 「やっぱ家で食べるご飯が一番美味しいや」 「泊まりでは三年近く帰ってなかったのよね」 「……うん」 懐かしくて仕方がなかった。 実家に帰り着いたのは、26日だったが 今日まであまり顔を合わさずにいた。 食事の時の会話もなかった。 気をつかっているのか、割とおしゃべりな母も静かだった。 「ごめんなさい……勝手に帰ってきて引きこもっちゃって」 「いいのよ。わけがあるの分かってるから」 父も目を細めてこちらを見るが何も言わない。 お見通しなのだろうか。 「なんにも話してなかったんだけどさ、3月からは独り暮らしだったんだよ。 二年間、一緒だった彼が出ていってから」 「……もうお別れしてそんなに経つの?」 「違うよ。出ていったけどたまに会ってたから、別れてたわけじゃない。 全部片づけたのはこの間のクリスマス。僕から振ってあげた」 (……本当は彼が言うこともできたのだろうけど、 悪者くらいにはなってやろうと思った。 それしかできないから) 「……蒼宙、えらいわね。彼には言わせたくなかったのね」 泣きそうな顔で母が笑っている。 「……さすがママだ。僕のこと分かってる」 俯いた。 「青、泣いてたんだよね。それを見たら彼に言わせられないと思った。 きっと今も苦しんでいるよ」 唇を噛みしめていた顔も綺麗だった。 ハンドルの上に顔を伏せて涙をこらえていた。 癒えない孤独を抱えているからこそ、優しくてずっと守ってくれた。 「どうか青のことを悪く思ったりしないでね。無神経に人を傷つける人じゃないんだ」 最近、あまり声を出していなかったからか喉がヒリついている。 必死で言葉を絞り出した。 「……分かってるわ。実は藤城さんからお電話をいただいて……」 「えっ」 「蒼宙の言った通りだった。青くんもご実家に帰ってから憔悴状態になってたみたい。 ぼうっとして我をなくしてたらしくてね。 実家にいる間は静かに過ごしてほしいって言ってたわ。今、彼も大事な時期ですもんね」 「……青も親にバラされてかわいそう」 「蒼宙くんは、今までもこれからも変わらず大事な存在です。 孤独な青の傍にいてくれたことに感謝していますと、仰られていたわ」 涙が止まらなくなった。 「おじ様も優しいなあ。青のこと、傷つけたのに……」 「二人にとって必要な時間だったんだろうって、それはお母さんも同じ意見よ。 一緒にいたことを後悔しないでほしい」 「……当たり前じゃない」 「藤城さんは謝られてたけど、やめてくださいとお伝えしたの。 二人の輝いた時間をなかったことにしないでって」 「……しないしそんなことにならないよ。二人は運命に引き寄せられて恋をしたんだから」 父がタオルを差し出してくれた。案外、気が利く。 「これ言ったら驚かれるし笑われると思うけど聞いてくれる?」 蒼宙はタオルから顔をあげた。 「……彼の子供が見たくなったんだ。そこまで愛してたってことだよね」 母が抱きしめてくれた。 「この世界では無理なことだから、 遠くない未来で青と彼が愛した人との子供を見られたらいいな。 親友になったら縁は切れないし」 「……蒼宙」 「それとなく言ってみたら、同性の僕じゃ何にもならないのに……うん」 「蒼宙も愛されてるわね」 父が咳払いした。詳しく言わなくても悟られてそうだ。 「別に彼のことばっかり心配してないからね。 僕だって、今度は離れない永遠の運命を見つけるんだ」 「……そうね。蒼宙はとっても素敵なんだもの」 「青よりいい男は滅多にいないから、そこは置いといて」 「……」 「僕、男の人は青だけしかだめなんだよね。 身を持ってわかった。つまりはそういうことじゃない」 「ナイス! それじゃ将来的に青くんの子供と蒼宙の子が……」 「ママは妄想たくましいな……ぶふっ。でもそうか。そういうのもありなのか」 「縁は切れないって感じてるのよ。 藤城さんも蒼宙が落ち着いたらいつでも遊びに来てほしいって。 青くんがいない時でも大歓迎らしいわ」 「うわ……家族ぐるみどころか家族じゃん」 「いいんじゃない? 私もあの彼がお医者さんになった姿、楽しみなの」 「影を背負わないでほしいな。そこが心配」 「……余計な色気も出ちゃうわね」 笑いあっていると涙も引っ込んだ。 「ママもパパも定期的な検診を藤城総合病院で受けてるし、大きい病院って便利よね」 まったく知らなかった。 蒼宙は顔を上げてまっすぐ両親を見た。 涙のあとの晴れやかな笑顔だった。 「……初詣いこ! 恋愛成就、家内安全……あと僕の学業と」 「私たちがいつも参っている所でいいわよね?」 「もちろん」 父親が運転する車の後部座席に乗った。 (どれだけ心を支配するんだ。 藤城青め! これからちゃんと前を向いて歩けよな。 いつまでも未練引きずるの情けないだろ?) 蒼宙は、家族と共に初詣に出かけた。 来年は、大学院も二年目だ。早く吹っ切って新しい恋愛もしたい。 青とは過ごしていた期間の長さもあって、愛着もある。 でもいつまでも忘れられないことはないと言い切れる。 今度は受け身ではなく主導権を握り相手も夢中にさせてやろう。 (絶対、先を越す自信はある) 助手席から振り向いた母が訝しむ。 「あ、蒼宙……その顔、何だか」 「どうかした?」 「……青くんに似てるような? 最近、顔を見てないけど高校の頃の姿を思い出したら」 「に、似てるはずないでしょ!」 つい声を荒らげてしまった。 (奇跡みたいな恋だったよ……史上最強のオレサマ王子) 彼との恋は精神面に多大な影響をもたらしていた。 再会まで一年三ヶ月。

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