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特別番外編1yeard Three month after

あれから、一年三ヶ月が過ぎた。 卒業後は中東方面へ旅行に行き様々な景色に触れた。 画面や書籍で見るのと実際、訪れて見るのとは違うものだと知った。 この機会を逃せば次はいつ行けるか分からないから褒美的なものだった。 空港を出たあとはカラコンを外し、元の目の色で街を歩いた。 久しぶりに昼間に元の瞳で過ごすのは新鮮だった。 誰かに声をかけられた気もするが、英語圏ではないので言葉は分からなかった。 (むしろ分からなくてよかったのかもしれない) 帰国後、二週間ほど実家に戻ることにした。 その最中、思わぬ再会を果たす。 恋愛に関しては願い通り青より先に新しい恋を 見つけて、未来へ向かっているのは知っていたため、 少々くやしい思いもあったけれど。 相手を変貌したというなら、自分もそうだった。 別れて一年少しの間でだいぶん変わった。 独りになって、異性の友人とも関わるようになった。 それは医学部の同期だったが、どれだけ相手の容貌に 魅力があったとしても友人以上の興味をそそられることはなかった。 (とっくに吹っ切っているが……、恋愛に興味がなくなった。 人を愛したら骨まで愛し尽くすのは自覚していたから、 失う恐怖に怯えるくらいなら友人のみでいいとすら思っている) 屋敷に戻ってから毎日、部屋で弾いているピアノは、 気を落ちつかせているのに適していた。 相変わらずグランドピアノの上に灰皿を置いて 煙草を吸いながらではあるが。 (一本吸うと次が欲しくなるので一日、10本までと制限はした。 車の中に匂いや汚れを残したくないので、車では喫煙をしない。 寝煙草もしないが朝、目覚めの一服はたまらない) 空気の入れ換えのために空調を回したついでに窓から外を眺めた。 丸みを帯びた可愛らしい車が、敷地内に停まっている。 やがて、そこから見慣れた人影が降りてきた。 (なるほど……、車の免許を取ってたんだな)  海外旅行の土産の入った袋を持って部屋の扉へと向かう。 「青さま、お客様です」  家政婦は、きっちりと青を呼びに来た。 「懐かしい方がお見えになりました」 少し、涙混じりに言う家政婦は、よほど思い入れがあるのだろう。 「分かった。ありがとう操子さん」 「お元気そうでよかった」  感慨深そうな女性に、苦笑し階下へと降りる。  10日ほど前、再会した蒼宙が目の前に立っていた。 「来てくれてうれしいよ」 「本当にそう思ってる? 操子さんなんて涙ぐんでたよ」  会って早々、少しかわいげがない。 「ううん。招待してくれてありがとね。青」 「ああ」  たわいもない会話をしてリビングへ向かう。  ソファに座っていると、紅茶とお茶菓子を持った家政婦ー操子ーが現れた。 「ありがとうございます。こちらにまた伺えてよかった」 「青さまもですが、蒼宙さまもすっかり立派になられましたね」 「子供の頃に戻りたいとは思わないんですよ。  色々ありましたが、やっぱり今が一番いいって思います」  操子は小さく微笑み、その場を後にする。  青はティーカップを傾ける。 「車の免許はいつ取ったんだ?」 「君が僕の部屋を出ていった時だから取って二年かなあ。  クリスマスの時だって車も免許もあったんだよ」 「……そっか」 「まだ初心者マークが取れてないのに  人を乗せたくないって、僕も思ったし。  君の運転で出かけるのが楽しみではあったから」  すらすらと言葉を紡ぐ彼に感心した。  あの頃よりずっと饒舌になった蒼宙は、  まっすぐ前だけを見つめている。 (あんなにも長く一緒にいたのに知らなかっただけか) 「あの車、かわいいな。似合ってる」 「でしょ。長く乗りたいなって思うよ。  青は、自分の車を買ったんだっけ」 「貯金があったからそれで買った。去年の四月」 「自分名義の車を買うまでは練習期間だったんだね」  こんな話をする日が来るなんて思わなかった。 「蒼宙、海外旅行の土産だ。いらないなら捨てていい」  持っていた袋をようやく差し出す。 「ありがと。開けていい?」 「どうぞ」  青が持つ袋の存在に気づいていても何も言わなかった。  当然と言えば当然だが、彼は自然と大人の振る舞いをしている。 「上手くいってるんだろ」 「ああ。もちろんだよ。そのうち新しい報告もできるかもしれないし」  意味深に笑う蒼宙には、愛しい存在の姿が浮かんでいるのだろう。 「……それは楽しみだ」  茶菓子を口に運び、紅茶を流し込む。 「君のことは聞かないし余計なことは言わないことにする。  仕事の方が順調なのはいいことだし」  笑う蒼宙は、過去に愛した彼だった。  想い出に浸るようなもので、それ以上ではなくて。 「……俺は自分がよく分からないかな。  異性の友人はできたけどそれだけだ。  かといって同性も同じことだ」 「だから、僕が唯一愛した男でしょ。  振り向いてくれた時感激してどうにかなりそうだったけど  今を思い返してみれば……理由が分かっちゃった」  蒼宙は、真剣な眼差しで見つめてくる。 「異性でも同性でもその性を強く感じさせない相手が、  いいんじゃない。  小柄で雰囲気も中性的と言われたりして  少しだけ、嫌なときもあったんだけどさ……。  青に好かれたんだからよかったんだ」 「……そこまで考えていなかったが、きっとそうなんだろう」 「そうだよ。間違いなく。  雰囲気の問題もあるから難しいけど」  困惑し頭を抱える。 「その異性の友人ってどんな感じ?」 「……女の匂いがぷんぷんしてると思う。  かといって幼児の頃をのぞいて、姉や家政婦の操子さん、  めったに会わない従姉妹くらいしか、異性とは個人的に関わっていなかったが……。  お前と付き合っていた時はお前だけだったし」 :「……ふむふむ。じゃあ次は最初から  君の手で染めて好みに仕立て上げちゃえばいいよ」 「……何だそれ」 「まだ何も知らない清らかな存在をその手に落とす。  いいと思うよ。ちゃんとその先に責任を持てばね」  蒼宙の瞳が妖しく光った気がする。 「経験談かよ」 「何もかも知り尽くしたからできたのかな。  青、ありがとう」 すがすがしいほどの笑顔に呆れる。 「は?」 「まだ遙か先かも知れないけど、出会ったらその人だけにしなよ。  僕より長く一緒に過ごしていける人になるから」 「……お前から余裕を感じて嫌なんだが」 「余裕じゃないよ。いつだって必死なんだから。  必死になって命がけで、愛せばいいんだ。  あの頃の僕たちのようにね」  軽やかに笑う蒼宙は膝に抱いた袋を開けた。 「……かわいくて大変感謝だけど、  これ見られたら怪しまれるに決まってるんですけど!」  急に慌てだした蒼宙に、何事かと思う。  白いテディーベアは胸元に赤いリボンが巻かれている。  サイズもでかめなのでそこそこ値段は張る。 「別の異性にでももらったって思われるか?」  クスクスと笑うと涙目になる大親友。 「……男友達にもらったって正直に言っても  逆に怪しまれるよね。いや青のこと知ってるし大丈夫か」 「単純に蒼宙が持つのにふさわしいと思って」 「適当な嘘ついちゃって……帰国してから買ったでしょ。バレバレ」 「細かいこと気にするな。いらないなら返せ」 「いや、もらう。とりあえず帰るまでは助手席に置いて  帰ったら速攻でクローゼットにしまう。  青と暮らしてた時よりいい部屋に住んでるよ。  好きな人がいつも遊びに来やすいって喜んでくれるんだ」 「ノロケんな」 「くやしかったらノロケて見せろ」  憎たらしさに磨きがかかっている。 「……その内、巡り会えたら教えてやる。多分」  思いっきりスルーされた。 「あ、髪は結局、このままにするつもり?  地毛だって説明したとしても……悪目立ちだ。  そのうちどこかのホストに間違われるね」  さっき笑われた仕返しか今度は鼻で笑われている。 「黒い髪にしてもいいけど、染めるのも髪が傷む。とにかくケアが面倒なんだ。だからこのままだ。特に直せと言われないだろうし、あとは知らん」  大学時代に黒色から地毛の薄茶色(ライトブラウン)に戻してから、六年。  もう慣れてしまい、変えるのも面倒くさくなった。 「いいじゃん。君は君らしく生きていくんでしょ……色男さん」 「うるせぇよ。用が済んだらとっとと帰れ……かわいい親友」 「あはは……その内大学病院に会いに行くよ。  病院内のカフェでお茶でもごちそうしてね」  T店か、D店どちらにしようか。 「わかった……蒼宙」  栗色の髪、大きな目。  どこか性別を感じさせない雰囲気。  いつか、夢見た二人の運命。  そういうのも全部、遠い記憶の彼方。 「こないだも思ったけど、懐かしくて仕方がない。会えてよかった」  どちらともなく近づいて友情の抱擁(ハグ)をする。 「影じゃなくて闇を背負わないようにね」  よくわからないことを言われ首をかしげる。 「最高で最後の運命にたどり着けるまで」 「肝に銘じておくよ」  大親友はテディーベアを助手席に乗せて帰って行った。      

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