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第5話
「おい、そんなシケたツラしてんなら帰れ、場が重くなるだろ」
あれから半月ほど経ち、いつものように『А』にいた真洋は、隣にいる晶に睨まれた。
「晶……晶はさぁ、どうしていつもその格好なんだ?」
「何だよ突然。もしかして寝てんのか?」
「寝てねーよ。きっかけが気になっただけだ」
実は今日1日で、迷惑メールフォルダと着信拒否の件数が一気に増えた。
相手は誰か分かってるから、見もしないで消去してるのだが、件数が多くてうんざりする。
「俺に興味持った?」
その言葉に晶を見ると、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていた。
「やっぱりいい。聞かなかった事にしてくれ」
真洋は両手を振って止めるが、晶は距離を詰めて話してくる。
「俺って、昔から何でもできたんだよね」
止めてくれと言うのに、構わず話す晶の表情が、思ったより真剣だったので、真洋は仕方なく聞くことにした。
「オマケにこの容姿だろ? 父親がアメリカ人で、母親が日本人のハーフで。母親が俺が大きくなるにつれて、色々期待されて束縛も激しかったわけ」
少々自信過剰な発言には目をつむるとして、実際晶は黙っていれば女の子のように可愛い。
頭も良くて容姿端麗とくれば、母親の期待が過熱するのも無理はない。
「将来は国家公務員か政治家か、それがダメなら医者になれって言われ続けてて、ある日俺の中で何かが切れて、女装してみた」
真洋からしてみれば、そこで何で女装になるのか不思議なところだ。
理由を聞くと、晶は首を傾げた。
「多分、自分じゃない誰かになりたかったんだろーな。そしたらすげーしっくりきてハマった」
しかし、そんな晶を見た母親は卒倒する。
そんなの、晶ちゃんじゃない、と好きだった音楽のCDや、女装用の服、友達の連絡先まで捨てさせられた。
「本当は音大行きたかったけど、あのままババアに従ってたら、今頃何してるか分かんねーな」
結果的に、晶は母親の反対を押し切って音大に進学し、今の演奏家生活に繋がっている。
「そのお母さんは、どうしてるんだ?」
晶は肩を竦めた。
「知らね。親父と揉めて家を出ていったけど、まだ法的繋がりがあるのかも知らんしどーでもいい」
「親父さんは、何て?」
「親父はババアが俺にキレた時から、俺の好きなようにさせてくれてる。元々俺の教育方針も、ズレがあったみたいだし」
俺もその時に、女がダメなのはこのババアのせいだなって思った。そして、親父が救世主に見えた、と晶は遠い目をして語る。
自分のセクシャリティについて、家族と揉めるのはよくある話だ。
それでも本人は、存在価値を疑うほど自分を責めたり、自分を認められずに人間関係を壊してしまったりーーみんな、一筋縄ではいかない人生を送っている。
「晶は、強いな」
真洋は晶の頭をグリグリと撫でた。
リボンが取れる! と怒られたが、真洋は晶の強さを心底羨ましいと思った。
「で? 俺に聞いたからには、お前も話すんだよな?」
「……えーっと」
しまった、そこまで考えてなかった、と真洋は思った。
晶の言うことはもっともだし、かといって冷静に語れるほど、真洋は強くない。
「……」
なかなか話し出さない真洋に痺れを切らしたのか、晶は「じゃあ、俺から質問するわ」と手を挙げた。
「お前、男の趣味悪そうだし、それでトラブったから、特定の相手とは付き合わないって感じか?」
「……」
真洋はうなだれた。ぐうの音も出ないほど当たっている。
かろうじて頷くと、晶はため息をついた。
趣味の悪い男と付き合うからだ、とか言われるのだろうか。
「……それはしんどかったな」
思いがけない言葉に、真洋は晶を見る。
「何だよ?」
「いや、晶もそんなこと言うんだって」
そう言うと、晶は怒ったようにそっぽを向いた。
「本気で傷付いた奴に、塩を塗り込むような事はしねーよ」
口調からして、少し照れているらしい。
普段からそれだけ素直にすればいいのに、と思うが口には出さない。
少々露悪的な晶だけど、根本は良い奴だ。
そして、それ以上聞かれなかった事にも心の中で感謝した。
すると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
確認すると、また迷惑メールにメールが入っている。
しつこいな、と思いつつもいつものように消去しようとすると、知らない相手から着信がくる。
「誰?」
「さぁ?」
晶が画面を覗き込んでくるが、その間も着信は切れる様子はない。
「貸せ」
「ちょっと!」
晶は素早く真洋の手からスマホを奪うと、勝手に通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「晶、返せって!」
追いかける真洋から逃げる晶は、電話の相手と話しているようだ。
しかし眉間に皺を寄せて「俺は真洋の友達だけど?」と何やら喧嘩腰に喋っている。
「は? お前そんな見え透いた嘘でだまされると思ってんのか?」
「ちょ、誰と話してんだよ!?」
真洋が晶からスマホを取り戻すと、晶は不機嫌な声で言った。
「芥川 光 とか言うアイドルの名前を騙る怪しいヤツ」
その名前を聞いて、真洋はどっと嫌な汗が出る。
それはもしかしなくても、ずっと真洋に着信やメールをよこしてきた人物だ。
真洋はスマホの通話を切り、電源を落とした。
「無視だ、無視」
「ああ、無視で良いそんな奴」
晶は珍しく怒っているようだ。飲んでいたお酒を一気に飲み干す。
「何か言われたのか?」
「別に! 真洋に友達なんかいるはずないとか言ってたけど、それ以前に俺の勘が『ムカつく奴』判定したから」
「何だそれ」
ムスッとしている晶に、真洋は不覚にも笑ってしまった。
どうやら友達云々の言葉に怒っているらしい。思った以上に、真洋は晶に気に入られているようだ。
真洋は密かに息を吐く。緊張していた身体から力が抜けると、早くなっていた心臓の鼓動も落ち着いてくる。
「あんな失礼な奴、本当に知り合いなのか?」
「知らない。イタズラ電話だろ」
真洋はそう言うと、席を立つ。
「どこ行くんだよ?」
「ん? 明日朝イチでスマホ解約するから、バックアップするわ」
思えばあの時から電話番号を変えていないから、連絡が来るのは当然だった。
迷惑メールフォルダを見て嫌な気分になるくらいなら、さっさとこうすれば良いと、何故気付かなかったのだろう?
仕事で使っていたのもあるし、番号はなるべく変えたくなかったが、仕方がない。
「……そっか。新しい番号、分かったら教えろよな」
「了解。またな」
真洋は店を出ると、賑やかな繁華街を歩き出した。
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