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第17話

真洋の住む家は、セキュリティがしっかりしているマンションだ。来客は住民が通さないと建物には入れないし、管理人が出入口にいるので、そうそう待ち伏せなどもできないだろう、と思っていた。 しかし、建物の前に見覚えのある車が停めてあるのを見て、足を止める。 「真洋」 車から降りてきたのは和将だ。 「ストーカーかよ、趣味悪い。仕事じゃなかったのか?」 「この程度ならつきまといにはならないよ。仕事、思ったより早く終わったし、心配だったから」 そう言われて、家の場所を教えた事を後悔した。 誰にも会いたくないと思っていたのにこれだ。 「そりゃどーも。この通り元気なのでさようなら」 真洋は和将の横を通り過ぎようとすると、手首を掴まれる。 なんのつもりだ、と和将を睨んだ。 「このままここで話、する? 目立つよ?」 真洋はマンションの入口を見ると、管理人がこちらをうかがっているのが見える。それも折り込み済みでここで待っていたのかと思うと、いい性格してるなと思う。 「……車は来客用に停めろ。ここで待ってる」 やはり腹黒いヤツだ、と真洋は折れた。和将はすぐに手首を離し、車に乗り込む。 「ちょっとやつれてない?」 仕方なく部屋に和将を招くと、玄関で顔を上げさせられた。 真洋はその手を払う。 「やめろ。早く上がれよ」 靴を脱いでさっさとリビングに向かうと、和将もついてくる。 「へぇ、すごくシンプルっていうか、殺風景というか」 「で、要件は何だ?」 リビングで立ったまま、真洋は訊ねると和将は苦笑する。 「何だか警戒されてる?」 「当たり前だ。セフレが何で俺の心配するんだよ」 「そりゃあ、真洋の事が好きだから。それに金曜日だし」 「あいにくだが俺は家ではヤらない主義なんで」 「つれないなぁ」 和将はそう言いながら、座らせてもらうね、とソファーに座る。 真洋は荷物を定位置に置くと、床に座った。 こっちに座りなよ、とどっちが家主か分からない発言に、真洋は拒否する。 「何かあったの?」 「あんたに話す理由はないね」 取り付く島なしか、と和将はため息をつく。 特定の相手は作らないという条件を、のんだからこそセフレになっているのに、どうしてそこから本命になろうなどと思うのか、真洋には検討がつかない。 「真洋の攻略は難しいね。どうしたらなびいてくれる?」 和将は立ち上がり、真洋の側に来た。 「知るかよ。とっとと諦めろ」 「それは難しいなぁ」 今日の和将はやたらとしつこい。何でなんだと閉口していると、和将はいつものように勝手に語り出す。 「私はね、真洋。割とドライな人間だったんだ。仕事では浮気や離婚の相談をされる事が多いんだけど、何でもっと理性的に要領よくできないのだろう、って思ってた」 和将が自分の事を語るのは、真洋に知って欲しいからだ、と以前言っていた。ドライな人間なら、最初からセフレと割り切り、こんなに語ったりしない。 仕事も定時以降はしないし、休みの日は仕事の電話なんて出る事もしなかった和将は、ふと、このまま機械のように毎日を過ごして、1人で死んでいくんだろうな、と思ったら、それは嫌だと思って、パートナーを探し始めた。 しかし和将はゲイだ。仕事柄バレるのはよろしくない。 そこで仕事場から2時間程かけて、比較的緩いハッテン場に行くことにした。 そこにいたのが、酒を飲んでいた真洋だ。 「一部の客が真洋に対して何か企んでいるようだったから、真洋もよくない酔い方しているし、と声をかけたんだ」 「……あんた馬鹿だろ、俺に会うのに2時間かけて来てたのか?」 真洋は体育座りをして顔を伏せる。和将がそんな手間を掛けて来ていたなんて、少し嬉しく感じてしまった。 和将の軽く笑う声がする。 「そうだよ。ドライだったはずの私が、一瞬で真洋に落ちた。そうしたら、仕事も熱が入るようになったんだ。お陰で真洋に会える時間が減ってしまったけど」 思えば和将はずっと真洋と向き合おうとしている。しかし真洋はどうだろう。 初めはそんな和将を鬱陶(うっとう)しいとさえ思っていた。ずっと逃げていたのに、ここに来て少しほだされかけている自分がいる。 「何で俺なんだよ……」 顔を伏せたまま、真洋はため息と一緒に呟いた。 「好きになるのに理由がいる? 返事はいつまでも待つから、考えておいて」 和将はポンポン、と真洋の頭を撫でると、それ以外何もせずに帰っていった。 どこまでも真洋の事を尊重してくれている和将に、真洋は少し申し訳なさを感じたのだった。

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