18 / 25

第18話

それから1ヶ月、真洋は和将と全く会えなくなってしまった。 (会えなくなった、なんて言ったら、俺が会いたいみたいじゃないか) 真洋は決してそんな考えで来た訳じゃない、とソワソワした気持ちを何とか落ち着かせる。 真洋がいるのは和将の仕事場がある街だ。 (欲求不満になる一方だし、あいつも仕事が忙しいなら、たまには俺が来ても良いだろ) そんな言い訳を頭の中で一生懸命しながら、和将の事務所の近くに来る。相手には知らせてないから、さぞかし驚くだろう。 (ってか、晶も諦めたのか連絡来なくなったしな) それも相まって寂しくなったとは言えず、事務所の大通りを挟んだ向かい側で待つことにした。 すると、小一時間経ったところで見覚えのある人物が出てくる。 横断歩道はすぐそこだ、すぐに道路を渡ってあちらに行けば間に合う。そう思って駆け出そうとしたその時、後ろに続いて事務所から出てきた人物に、思わず足が止まる。 「……晶」 どうして晶がここにいるのだろう? いや、その前にあの二人は知り合いだったのか? とパニックになる頭で考えた。 しかも2人は楽しそうに話しては笑い、手を振って別れている。 (どういう事だ? え、ちょっと、意味が分からん) 事務所から2人が出てきたという事は、仕事の話だったはずだ。そうすると、晶が和将に何か仕事の依頼をしたのか。 「おい」 しばらくその場に立ちつくしていると、不意に声を掛けられた。 真洋は、振り向いて見えた人物に一瞬呼吸が止まる。 「どうして……」 その人物は眼鏡にマスクと、帽子をかぶっていたが声だけで誰かは分かった。 「なんだお前、随分芋臭くなったなぁ」 名前を呼びそうになって、やめる。この人は現役の芸能人だ、バレて騒ぎを起こす訳にはいかない。 「そうそう。大人しく俺の話を聞いてな」 「なんだよ、話って」 お前さぁ、とわざとらしく光は肩をすくめた。 「せっかく俺の結婚式に招待してやろうってのに、その態度は何だよ」 どこまでも上から目線の光に、真洋はハッキリと嫌悪感を示す。 「俺の事嫌いなんじゃなかったのか? 俺に出席してもらっても、嬉しくないだろ」 真洋が睨むと、光はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。 「ほら、元相方を誘わないと、仲悪かったって思われるだろ? 俺の仕事はイメージが大事だし?」 わざとらしく俺の仕事の部分を強調する光。今の真洋とは比較にならないとでも言いたげだ。 「これ招待状。式は明日だから、スピーチ頼むわ。盛大にお祝いしてくれよ?」 光は二本指でハガキを飛ばすと、それは真洋の胸に当たって落ちた。 「そのためにわざわざ俺を探し出したのか。お前も案外暇なんだな」 不意打ちでビックリしたが、本物に会ってみると全然心が揺れなかった。テレビでは多くの女性を魅了する光だが、実際は化けの皮が剥がれるのを恐れている、虚勢を張ったネズミだ。 「あ?」 光の不機嫌な声がする。その声も、何故か怖くない。 「俺がはいそうですかと聞くと思ったか? 俺が行かなきゃお前が恥をかくなら、喜んで欠席させてもらう」 「な……っ」 「光、俺はホントにお前の事好きだったよ。利用されてたって分かった今でもそれは変わらない。でも、今のお前は俺が好きだった頃よりも、小せぇ男になってる。そんなお前に何か言われても怖くねぇわ、じゃあな」 真洋はハガキを拾いもせず、光に背を向けた。光も、騒ぐと目立つので(わめ)かないし追ってこない。 (結局俺も、未練タラタラだったって事か。会って冷めるとか薄情だな) そう思って真洋は自虐的に笑う。ここまで来ないと、自分の心が分からない事にも呆れた。 「あっけないなぁ」 光にあんなに心を折られたのに。二度と人前に出ない、二度と人を好きになるまいと決めたのに。 『お前は人前に出て輝くタイプだ』 晶の言葉が思い出される。 光の存在を、勝手に大きくしてそれに怯えてたのは真洋自身だ。彼が怖くないと分かった瞬間、この切り替えの速さには自分でもビックリしたが、それが真洋の専売特許だ。 「……仕切り直して、ゼロからやるか」 やることは沢山ある。もうあんな虚像に騙されたり、怯えたりしない。 真洋はしっかりとした足取りで、足を進めた。

ともだちにシェアしよう!