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第19話

「真洋……っ」 店に入るなり晶は真洋に抱きついた。 師走に入って大晦日まであと少しの頃、真洋はそれまで、自身の心の整理や仕事の調整をしていた。一段落着いたので晶に連絡したら、二つ返事で会う事に同意してくれて、ずっと連絡を待っていてくれていた事に感謝する。 「ごめんな晶」 「いや、俺の方こそ悪かった。でも真洋、眼鏡やめたのか?」 真洋の顔を見上げる晶。大きな瞳でこちらを見る彼は、やはり女の子のように可愛い。 真洋は気恥ずかしくて視線を逸らした。 「ああ、元々コンタクトだったし」 晶はようやく真洋から離れると、周りを見渡す。 「で? 開店前の『А』を借りてまで、する話ってなんだ?」 ああ、と真洋はピアノを指差す。 「晶、弾いてくれ」 「良いけど、何を?」 真洋は曲名を伝える。譜面が無いし、細かい所は間違えても許せ、とピアノの椅子に座ると、軽くコード進行を確認した。 晶は前奏を弾き始める。 真洋はピアノの側に立ち、大きく深呼吸した。 『今日は色んなことがあったね、こっちへおいで』 真洋はピアノの旋律に合わせて歌い出す。True Lightsのデビュー曲、『そのままの君でいて』だ。 一日を乗り切った大切な人をねぎらい、肩肘張らないで、と慰めるバラードだ。 歌詞のマジックで、『私』と『大切な人』が誰になるのか、人によって解釈が変わるのが、幅広く愛された理由だと真洋は思っている。 思えば、もうこの時には光は自分を偽っていたはずだ。辛かっただろうな、と同情さえしてしまう。 『胸元で眠るあなたを見て思う そのままの君でいて おやすみ』 最後まで歌いきると、しんとした空気が店内を流れた。 「……サンキュ、晶。やっぱりしばらくブランクあるから、当時のようにはいかないな」 「真洋」 もう少し歌えると思った、と真洋が頭をかいていると、晶は思ったより真剣な顔で真洋を呼んだ。 「お前、やっぱり俺と組め。ブランクなんて、こっちはほぼ感じてねーぞ」 「そうか? まぁ、俺もそのつもりで晶を呼んだんだ。願ったり叶ったりだよ」 「はあ? なんだよずっと拒んでたくせに、その心境の変化は」 やはりプンスカと怒り出した晶に、真洋は苦笑する。 「悪かった。話せば長くなるけど、聞いてくれるか?」 真洋は誰もいない店内の椅子に座った。晶も近くの椅子に座る。 「まず、今まで黙ってて悪かった。これから話すけど、色々あって人前に出たくなくなってたんだ。俺の引退について、晶はどう聞いてた?」 晶は、それは何となく、と呟いた。強引に人前に出した事は、反省しているらしい。 「確か重大な契約違反って……何が違反なのかは憶測ばっかで、あてにならなかったな」 真洋はなるほど、とうなずいた。晶は報道以外の情報は知らないらしい。 真洋は少しずつ話し出す。 相方の光が好きだった事。光も好きでいてくれて、付き合っていた事。段々乱暴な態度になっていった光を、仕事のストレスのせいだと思って自らはけ口にされていた事。 晶の眉間にシワが寄る。 「お前バカだろ」 真洋は否定せず苦笑した。 「そうでもしないと、光は離れていくって思ってた。けど、光の言動は全部嘘だった」 事務所で社長も交えた話し合いの事を話す。 一方的に真洋が光にセクハラをしていると訴えられ、光に今後一切近付かない、という誓約書を書かされた上に、解雇処分された、と。 「何故か俺だけ不利な証拠ばかりで、ホモがいると週刊誌に書かれたら、責任取れるのか? って聞かれて折れた」 それが全部光が仕組んだ事だったと言うと、晶は声を上げる。 「ちょっと待て、何でそこまで真洋を追い出そうとしてたんだ?」 「ずっと俺が嫌いだったらしい。俺がいると、1番になれないんだと」 当時は光が好きだったから、光の言う通りにした。 けど、その後もしつこく連絡を取ろうとしてきた光。 元相方が結婚式にいないのはおかしいだろ、と今までやってきた事を思えば、むちゃくちゃな自論をかざす光は、とても小さな存在に見えた。 「結局、ケツの穴の小さい男だったって訳か。良かったな、そんな男と別れて」 「ああ。そう言えば光に会った時、和将の事務所近くにいたんだ。晶を見かけたんだけど、何か相談してたのか?」 晶は和将の事をあまり好きじゃないように見えた。しかしあの時は仲が良さそうに話していたので、問いただそうとしていたのだ。光の登場ですっかり忘れていたが、それもしっかり確認しておきたい。 「あー、いや、やむを得ずって感じだな」 晶は視線をそらす。分かりやすく何か隠してる様子で、真洋は「晶」と口調を強くした。 晶は両手を挙げて、降参と話し始める。 「実は、事業拡大するんで、顧問弁護士になってくれないかって話」 「じぎょ……、は?」 晶から似つかわしくない単語が出てきて、理解するのに数秒かかる。 「お前、社長やってんのかっ?」 真洋が声を上げると、晶は悪いかよ、と睨む。 「お前もフリーランスで社長みたいなもんだろ。ちょうどどっかの誰かさんが、俺の会社にちょっかいかけてるみたいだし」 「ああ……」 どうやら光は、晶の事も調べていたらしい。こうなったらますます、見過ごす訳にはいかない。 「俺の算段はこうだ。お前と組んでCDを作って、アイツのシングル発売日とかぶせて発売。この話、乗るよな?」 晶は楽しそうにニヤニヤしながら語っている。真洋はタダじゃ起き上がらない晶の性格を、初めて頼もしいと思った。

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