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暗雲②
縁日の賑わいを避けるように、薄暗い雑木林の中を全力で駆け抜けるといつの間にか、古ぼけた神社の前に来ていた。
境内の外れには誰も使っていない小さな社があり、数メートル先には煌々とした灯りがついて人々の笑い声が響いているのにこの場所だけ世間から忘れ去られたように静寂に包まれている。
雪哉は荒くなっていた呼吸を整えるように、立ち止まり、膝に手をついて何度か深く深呼吸を繰り返した。
身体中が熱を帯びていて、不快感に顔を顰める。さっきの光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。
拓海と加治の寄り添っていた姿が瞼に焼き付いて離れず、ズキズキと胸が痛んで苦しい。
雪哉はその境内に腰を下ろすと唇をぎりっと音がするほど噛みしめた。
なんであの二人を見付けた時について行ってしまったんだろう。こうなることは容易に想像が付いたはずなのに。別にあの二人は恋人同士なのだから二人きりで何をしようが自分には関係はない。
加治はわかっていた。自分が未だに思いを引きずっていることを。だからってあんな風に煽らなくてもいいじゃないか。
「ハハッ、流石に引く……」
乾いた笑いは静かな空間に思ったよりも大きく響いて益々自分を惨めな思いにさせる。
目頭がじわりと熱くなって、鼻の奥がツンと痛んだ。こみ上げる思いは涙となって、今にも溢れだしそうだった。必死に堪えて、それでも堪えきれなさそうで、拳で目を押さえつけた。
唇を噛みしめ耐えていると、不意に目元を覆っていた腕を、強い力で掴まれた。乱暴に引かれて、腕が外れる。
「おい、何やってんだ」
目の前に、息を切らせた橘が立っていた。
「先輩……何でここに?」
呆然とする雪哉の腕を掴んだまま、橘は顔をしかめた。
「たく、いきなりフラッといなくなりやがって……心配しただろうがこのタコ!」
そのまま腕の中に抱き込まれる。反射的に逃れようとする身体を逃がすまいと強い力で抱きしめられ、橘のぬくもりと共に浴衣の綿の香りに混じって橘がよく使う制汗剤の香りがする。
言動は相変わらずだが抱きしめられた指先が僅かに震えているのがわかった。せっかく着た浴衣が着崩れてしまうほどに必死になって自分を探していたのかと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
「すみません、先輩。もう、大丈夫ですから離して下さい」
「何が大丈夫だ。んな面して……」
「……っ」
「辛いんだろ? 全部吐き出しちまえよ」
大丈夫。今は俺しかいないから。そう言いながらそっと背中を撫でられて、優しい声に視界が歪んだ。
人前で泣くつもりなんて無かったのに、今優しくされたら止められなくなってしまう。
感情のコントロールが効かなくなって大粒の涙がぽろぽろと溢れだした。こんな惨めな姿誰にも見られたくなかったのに――。
身体を離そうとしても逞しい腕によって引き戻され懐深く抱き込まれる。優しい感触にとうとう我慢できず溜め込んでいた感情が一気に溢れだした。
堰を切ったように次から次に込み上げてくる思いをどうすることも出来ず、嗚咽を洩らしながら縋り付いて泣く雪哉を、橘は何も言わず、ただ黙ったままゆっくりと背中を撫で続けた。
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