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暗雲①

自分が拓海を見間違うわけがない。視線を向けるとやはりそこには拓海の姿があって……。  その瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。    だが、その隣に加治の姿を認めて声を掛けようと動きかけた足が止まる。  両サイドに広がる屋台を見ながら笑い合う姿にずきりと胸が痛んだ。目で追わなければいいのに、つい二人の姿を追ってしまう自分が嫌になる。  しかもほんの一瞬だが、加治と目が合ってしまった。  まさかこんな所で遭遇するとは向こうも思っていなかったのだろう。大きく目を見開きハッとした表情を浮かべた後、意味深な勝ち誇ったような目をしたのを雪哉は見逃さなかった。  背の低い拓海は此方に気付いていないのか、肩を抱かれたまま人気のない方へと消えていく。  止せばいいのに、自然と足は勝手にそちらへと向かって歩き出していた。 「――おい、萩原。どこ行くんだ」 「ちょっと、トイレに行ってきます」 背後から掛けられた橘の声にそう答えると、雪哉は人混みを掻き分け、胸のざわめきを感じながら二人の後を追った。 二人が消えた場所はちょうど祭りの会場から外れた場所にあり、人通りも少なく、周りは木々に囲まれている。 この辺りは確か立ち入り禁止区域になっていたはずだ。 祭りの喧騒が随分と遠くなったように感じる。 少し離れた場所にある屋台の明かりがぼんやりと足元を照らしていた。拓海と加治はこんな人気のない場所に来て一体何をするつもりなのだろうか?  なんだか嫌な予感がする。 心臓が早鐘のように脈打ち、呼吸も乱れてくる。 今すぐ引き返した方がいい。見てはいけないと頭の隅で警笛が鳴るものの、どうしても足を止めることができなかった。 少し進むたびに、二人の姿がはっきりと見えるようになる。拓海の顔は見えないが、加治の腕の中にしっかりと抱き留められたまま、大人しくしている。  頬を撫で、愛の言葉を囁きながら熱いキスを交わし加治の背中にゆっくりと腕を回す拓海の姿を見て、顔が強張り、変な汗が出てきた。鈍器で殴られたような衝撃を受け、足が凍り付いたように固まって動けなくなってしまう。  そんな雪哉を嘲笑うかのようにちらり、と加治がこちらを見た。見せ付けられているのだと確信し、ぐ、と唇を噛みしめる。  此処で出会ったのは偶然だったとしても、こんな人気のない場所へと移動したのは雪哉にまだ未練が残っているのを見透かしていたからだろう。  自分の所有物だと雪哉にわからせる為に、わざと拓海には見えない角度でねっとりとした長い口づけを繰り返す。 加治の胸に添えられていた拓海の手がゆっくりと下に滑り落ちていき、腰のあたりで止まった。 これ以上見ていたくないのに、何故か目が離せない。 拓海が自分以外の人間と触れ合っているのを見るだけで嫉妬で気が狂いそうになる。 頭の中では冷静に、今すぐ引き返せと警報が鳴り響いているのに、足が縫い付けられたように動かない。 目の前が真っ暗になり、心臓の音がやけに大きく聞こえる。ドクンドクンと血が逆流するような感覚に眩む。 息が苦しくなり、吐き気がこみ上げてきた。 どれくらいそうしていただろうか。 暫くすると、ようやく拓海から顔を離した加治は雪哉の方を見ると、ニヤリと笑った。まるで見せ付けるような行動にカッと頭に血が上る。 加治は拓海を抱きしめたまま、何か耳元で囁き、拓海もそれに答えるようにコクコクと小さく何度も首を縦に振っている。 拓海が自分に向ける笑顔とは全然違う、甘く蕩ける様な表情に目の前が赤く染まった。 何を話してるんだろう? 自分にはあんな顔一度だって見せた事がないのに。 どうしてそんな風に笑うんだ? 僕だって、僕だって……拓海の事を――っ! そこまで考えてハッと我に返り、唇を噛んだ。手の色が変わってしまう位に思いっきり握った拳がぶるぶると震えている。 もうこの場には居られない。そう思って踵を返した時、背中越しに嘲笑うような声が聞こえた気がして唇を更に強く噛みしめた。

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