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お祭りに行こう③
屋台が立ち並ぶ通りには大勢の人が溢れていて、辺り一面美味しそうな匂いに包まれている。
焼きそば、たこ焼き、クレープ、かき氷、フランクフルト、じゃがバター、ベビーカステラ、リンゴ飴……どれを食べようか迷ってしまう。
そんな雪哉の横では和樹と橘が射的の出店の前で何やら盛り上がっているようだが……何を話してるのだろうか?
そんなことを考えていた時、突然背後から誰かに肩を強く叩かれた。驚いて振り向くとそこには浴衣姿の明峰女子生徒が2人立っていた。
名前は憶えていないが確か同じ学年の子だったような気がする。
「やっぱり、萩原君だ。ねぇ、一人なの?」
「良かったら私らとまわらない?」
「え、いや……」
グイッと腕を引かれ柔らかい感触が身体に当たる。
胸を押し付けられているのは認識できたが、どうしたらいいのかわからず固まっていると、近くに居た橘が間に割って入ってきた。
「悪いな。今日はコイツ俺とデートなんだよ」
言いながら抱きしめるように肩を引き寄せられ身体が密着する。
「え、ちょ……ッ」
まさに寝耳に水な発言に驚きの声を上げると、橘はニヤリと笑ってするりと耳元に唇を寄せて来た。
「いいから話を合わせろよ」
自分にしか聞こえない声で橘が囁く。確かに今更否定するのもおかしいし、ここは素直に言うことを聞いておいた方がいいかもしれない。
それにしても、なんて嘘をつくんだ。
雪哉自身背は高い方だし、橘に至っては190オーバーの長身である。こんなデカイ男二人がカップルに見えるはずないだろう。
だが、そんな雪哉の心配とは裏腹に二人はあっさりと納得してくれたようで、顔を赤らめながら「頑張ってね!」などと訳の分からない言葉を残しそそくさとその場を離れていった。
というか、頑張れってなにを? 何か大きな誤解をされた気がしてならないが、とりあえず助かったのは事実だ。
「あの、先輩ありがとうございます。僕、ああいうの苦手で……」
ホッと安堵の溜息を吐きつつ礼を言うと、何故かじっと見つめ返されて戸惑ってしまう。
その視線が妙に熱を帯びているように感じて落ち着かない。
「お前さ、顔はいいのに中身は初心かよウケる」
「ほっといてください!」
初心というより、女性をどう扱っていいのかわからないだけだ。
特にさっきのようにグイグイ来られると困ってしまう。
「難攻不落の雪哉君が、男とデートしてたって、夏休み明けたら噂になってるかもな」
「それな、ウケるし」
いつの間にか隣に来ていた和樹が橘の言葉に同意して意地の悪い笑顔を浮かべて笑う。
「何それ、全然笑えないよ」
雪哉はげんなりとした表情で呟いた。
「まぁ、いいんじゃね? 適当に言わせとけば。ほら、行こうぜ。大久保たちが待ってる」
橘に促され歩き出したものの、なんだか複雑な気分で雪哉はひっそりと嘆息した。
屋台通りを抜け神社の境内まで来る頃にはすっかり日が落ち、空には満天の星空が広がっていた。周囲は屋台通りほど人は多くないものの、それでもまだかなりの人で賑わっている。そんな中、雪哉達は5人で色々な店を周り、食べ物系は全て制覇したと言っても過言ではないくらい食べまくった。
金魚すくいや輪投げなどのゲームもやり尽くしたし、射的で景品を落として大騒ぎしたり、綿菓子の屋台の前ではしゃぐ橘や和樹達を眺めては、まるで子供みたいだと笑い合った。
「悪いな、付き合わせて」
買って来たたこ焼きをはふはふ言いながら食べていると、隣にやって来た大久保が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「アイツ、かなり強引だったろ? お前らにも予定とかあったんじゃないのか?」
心配そうに尋ねられてフルフルと首を振る。大久保はいかつい顔をしているが、根は凄く優しい。加えて気配り上手だから、橘にどやされていつも委縮してしまっている後輩たちのフォロー役を買って出てくれている。
「気遣いありがとうございます。けど、結構僕たちも楽しんでますよ」
「そうか……。そう言ってもらえると助かる。というか、あれだ。アイツの事嫌いにならないでやってくれ。橘のヤツ、あれでもお前に憧れてるんだよ」
「……え?」
意外な言葉に雪哉はぽかんと口を開ける。憧れている? 誰が?
橘が? 誰に? 雪哉が理解できないと言った様子で首を傾げると、大久保は苦笑しつつ、提灯の灯りを眺めながら言葉を続けた。
「萩原って、全中出てただろ? ウチにお前が来るってわかった時、橘のヤツ凄くはしゃいでてさ……いてっ」
話しているといきなり、ゴゴゴ……と地響きでも起きそうなどす黒いオーラを滲ませながら笑顔を張り付かせた橘がゆらりと近づいてきて、大久保の腹にグーパンチを食らわせた。
たいして力が入っているようには見えなかったが、大久保が蹲った所を見ると結構な強さだったのだろう。 改めて橘の力が強いのだとわかる。
「余計な事言ってんじゃねぇよ」
顔は笑顔だが、言葉にはドスが利いている。だが、耳がほんのり赤く染まっているような気もする。 もしかして照れているのだろうか?
怖くてとてもそんなことは言えないけれど。照れていると言うことは大久保の話したことはおそらく、事実なのだろう。
去年入部した時も今も、橘からそんな雰囲気は全然感じないけれども。
パチッと目が合って、雪哉はびく、と身体を強張らせた。ゆっくり近づいてくる相手に自分も殴られるのかとつい、身構えてしまう。
だが、予想に反して目の前までやってきた相手は何も言わずにじっとこちらの顔を覗き込んできた。
「あ……あの?」
「それ、一個くれ」
「え?」
それ、というのは今、自分が持っているたこ焼きの事だろうか?
しかも、自分の目の前で橘が少し屈みながら口をあけて待っている。
これは、もしやあーん。しろと言う事???
「あ、あ~ん……」
戸惑いつつも言われた通りたこ焼きを一つ摘んで橘の方へ差し出す。
すると橘はパクっと雪哉の手からたこ焼きを食べ、そのまま指先をぺろりと舐められた。
「ひぁ……ッ」
「ごちそーさん」
突然のことに驚いて変な声が出てしまい、慌てて手を引っ込める。
橘の舌が触れた部分がじんわりと熱い。
「……っ」
そのままじっと見つめられているうちに段々と恥ずかしさがこみ上げてきて、頬に熱が集まっていく。きっと顔も赤くなっているに違いない。
そんな雪哉を見て橘はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「意外と敏感なんだな」
「な……ッ! ち、違いますっ! 今のは、ちょっとびっくりしただけで……」
「ふぅん?」
必死に否定する雪哉を面白がるように見ながら、橘は意地の悪そうな笑みを浮かべている。
居心地の悪さを感じ、ウロウロと視線を彷徨わせていると視界の端に良く見知ったこげ茶色でふわふわとした猫っ毛が通った気がした。
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