54 / 152

秘密

「あっつ……うわ、最悪、窓閉め切ってる」  入口の扉を開けて入った途端、雪哉の口からはうんざりした声があがる。  部室の窓が全て閉じられていて熱気がこもっていたからだ。西日の強烈な日差しが差し込まない分マシではあるが、これでは中に入った瞬間から汗が噴き出してきそうだ。 いくら暑さのピークが過ぎたと言ってもまだまだ残暑が厳しいこの季節に、クーラーもなく扇風機一つ。どうせ取られるものなんて何もないのだから、せめて窓くらい開けておいて欲しかった。 ……さっさと着替えて帰ろう。 一刻も早く楽になりたくて、汗で湿ったシャツを脱いでベンチに置いた。汗を吸ってしっとりとしたシャツは重く、自分がどれだけ汗をかいていたのかを嫌でも思い知らされる。 こんなに汗をかいていた状態で、一澄さんと会っていたのかと思うと、それはそれで申し訳なかったという気分にさせられる。 そんな事を考えながら鞄の中からタオルを取り出そうとしたその時、ベンチの隅に雑誌のようなものが落ちている事に気が付いた。 何だろう、と思い手に取ってそのタイトルに思わず絶句。『10倍気持ちいい!男のための絶頂SEX完全マニュアル …… 』  いかにもなタイトルと、裸の男が絡み合っているイラストが描かれている表紙に目が行ってカッと頬が熱くなった。 「――……っ」 一体誰が、何故こんな所に……。そう思ったが、何となく持ち主の察しはついた。 男同士の行為について興味を持っていたし、普段からセクハラまがいの言動をしているから、こういったモノを見ていても不思議ではない。 (たく、和樹のヤツ……こんな所に落とすなよ) 「……なにやってんの、お前。着替えねぇの?」 「……っ!」 背後から突然声を掛けられて、驚いて咄嗟に自分のカバンに雑誌を突っ込んでしまった。 恐る恐る振り返ると、そこには体育館のカギを返しに行って戻って来たばかりの橘の姿があった。 「え、や……着替えますっ」  今のところ、バレてはいないようだがどうしよう。コレ……。  自分のモノでは決してないがこの場で取り出すわけにもいかずにぎこちない動きでカバンに手を突っ込み着替えを探る。  雑誌がカバンから飛び出さないようにするのに精いっぱいで背後の橘がジッとこちらを見ていたことまでは気が回らなかった。 「……萩原ってさ……綺麗な背中してるよな」 「ぅ、ひゃっ!?」  ひた、と冷たい感触が腰に触れ、すっかり油断していた体がびくりと大きく跳ねた。    思わず変な声を上げてしまって、恥ずかしくて頬が熱くなる。 「相変わらず感度良好ってか? 可愛い反応するんだな……感じちゃった?」  ニヤニヤと笑いながら橘が近づいてくる。 「ち、ちがッ! 驚いただけですっ」 「ふぅん? ほんとかよ……」  舐めるような視線と共に、ハーフパンツの際を指でツツと撫でられ慌ててその手を掴んで止めた。 「なに、やってるんですか」 「何って……ん? なに、それ」 「え、わ……っ」  片方の手で雪哉の腰に触れたまま、身を乗り出すような形でカバンに腕を伸ばしてくる。  暑い室内で密着するような形になり余計に暑苦しさが増した。  そんな事よりも――! 「へぇ、お前こういうの興味あるんだ」 「ち、違いますっ! それは僕のじゃ――!」 「わ、あぶねっ」  雪哉が隠すより橘が雑誌を掴む方が数秒早かった。慌てて取り返そうとして振り向き勢い余ってつんのめった。  やばい、と思った時には既に遅かった。ぐらりと視界が大きく揺れてバランスが崩れる。 「痛ってぇ……」  ハッと気付いた時、雪哉は橘の上に覆いかぶさるようにして乗っていた。橘の顔の両脇についた手が床に押し付けているようで、まるで押し倒してしまったかのような体勢に血の気が引いていく。 目の前には橘の整った顔があって、鼻先が触れそうな程に近い。 こんな状況だというのについ、橘の唇が目に入ってしまって慌てて顔を背けた。すると、橘の胸元が露になって、鍛えられた腹筋が目に入ってくる。 ごく、と無意識のうちに喉が上下する。汗で濡れた肌に、僅かに隆起した筋肉。その艶めかしさに思わず見入ってしまう。 駄目だ、これ以上は。 そう思って、立ち上がろうとした瞬間、腕を引かれて再び橘の上へと倒れ込んだ。 熱い体に包み込まれるように抱きしめられる。ドクンドクンと、鼓動の音が聞こえてきそうだった。 橘の吐息が耳にかかる。その息遣いに、ぞくりと背筋が震えた。 視線が絡み、熱を孕んだ橘の黒い双眸に見つめられ動けなくなる。 橘の指先が雪哉の顎にかかり、ゆっくりと持ち上げた。そのまま、橘の瞳に映った自分の姿が見えた瞬間、心臓がドクンと大きな音をたてた。 「――――」 引き合うように2人同時に唇を寄せ合い、そして――。

ともだちにシェアしよう!