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不穏な気配⑤
何がそんなに可笑しいのか、目に涙を浮かべるほどの大爆笑だ。
「あはは、そー来るか」
「まぁ、確かに……いい匂いはしたし、可愛いなぁとは思ったんですが……」
それに、先ほど触れてしまった乳房の感覚は大きなマシュマロを触っているような柔らかさだった。
思い出すと自然と頬に熱が集まってくる。けれどそれだけだ。
多少はドキドキするけれど、ムラムラしたりすることはない。
「今までも何人か居たんですよね。告白してきて襲い掛かってくる子。けど、僕が反応しないってわかったら皆、怒ってどっか行っちゃうので」
ぶっちゃけ、男としてはどうなんだろう? と思うが、それが現実だから仕方がない。
「ふはっ、あーやべ、それ知ってるんだったらもう少し待てばよかったかな……ショック受ける一澄の顔、見てみたかったわ……ププッ」
「ちょっと! 笑いすぎですってば」
一体どれだけツボにはまったというのだろうか。こんな風に笑う橘は初めて見た。
ようやく落ち着いたかと思うと、今度は肩を震わせて静かになる。
まだ笑い足りないのだろうかと半ば呆れていると、橘は雪哉の身体を引き寄せぎゅっと強く抱きしめてきた。
「ちょっと、先輩っ!」
慌てて抵抗するも、力の差は歴然でびくともしない。
耳元に彼の吐息がかかる。ぞくりとした感覚が背筋を駆け抜けていった。
橘はゆっくりと唇を開くと、甘い声で囁いてくる。
「俺とシた時はガン勃ちさせてたのにな……イケメンの無駄遣いって奴だろ」
「……っやかましいです!」
そう言われても、事実なのだから反論の余地はない。雪哉は耳まで真っ赤に染めると、橘の身体を押し返した。
橘はまた愉快そうに口元を緩めながら、雪哉を開放する。
その顔はなんだかさっぱりしていて、先ほどまでの不機嫌さはどこかへ消えてしまったようだ。
「けど、ま……肝心な話はちゃんとアイツから聞いたんだろ?」
「えっ? あ……あぁ、はい」
「じゃ、いいや。もし、なんかあったら絶対に言えよ?」
橘はそう言うと、ニッと笑って踵を返す。
橘は、一澄が話す内容を知っていたのだ。おそらく一澄から相談を受けていたのだろう。
それで、橘が説明するより一澄が直接言う方が伝わりやすいと判断して、今日、わざわざ雪哉に会いに来た。そういうことなのだろう。
「あの、ありがとうございます」
雪哉が感謝を告げると、彼はヒラリと手を振って答えた。
「……別に。お前の為じゃねぇよ。一澄がお前に会わせろって五月蠅かったし、アイツが勝手について来ただけだから。ほら、帰んぞ! っと、ん? なんだ、これ……?」
橘は不意に足を止めると、しゃがんで床に落ちたものを拾い上げた。
「あぁ、それ……化粧水か何かじゃないですか? ほら、乳液って書いてある。きっと、一澄さんが落として行ったんですね」
携帯用の小さなボトルをよくよく見てみると、うるおいたっぷり成分配合としっかり書かれている。
「たく、んなもん落とすなよ……」
仕方がない奴だと呟いて、橘はそれをポケットにしまうと橘はさっさと教室を出て行く。
「お前も早く来いよ」と急かされて、雪哉は慌てて橘の後を追った。
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