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勝利の余韻

「え、入った……っ」  試合終了のブザー音を聞いた瞬間、駆け寄って来た仲間たちに取り囲まれて、ばかすか叩かれる。頭をぐしゃぐしゃにされながら雪哉が佐倉の様子を窺うと、スコアボードを見つめていた彼ががっくりと肩を落とすのが見えた。  本当に、勝った……? 無我夢中で飛びついたから息苦しくて思考が上手く働かないし、いまいち実感が湧かない。  勝利に沸く明峰とは対照的に藤澤の面々は沈痛な面持ちだった。  皆、一回戦敗退と言う現実が受け止められないようで選手の約半数が放心している。 「58-57で明峰の勝利。互いに、礼!」 「「「ありがとうございました!!」」」  整列をして挨拶を済ませ、控室へと足を向ける。体育館を後にする直前、もう一度スコアボ ードを確認し、そこでようやく自分たちが勝利したのだと理解できた。 「本当に、勝てたんだ……」 「何言ってんだよ、雪哉が決勝点入れたんだろ!」  もっと喜べよと言いながら和樹が全然痛くないヘッドロックをかましてくる。 「お前、ダンクとか凄すぎだろあれ、まじなんなの!?」 「あ、はは……まぁ、あの時はイケると思ったので飛んだんです。大久保さんが高く上げてくれてたしみんな上向いてて完全にフリーだったから」 「きっと、萩原なら何とかしてくれると信じていたからな」  なんて言われると、やはりちょっと気恥ずかしい。ダンクは目立つからあまり好きではなかったけれど、飛んで良かった。 「って、あれ? 橘先輩、さっきから静かだと思ったら泣いてるんっすか?」 橘の異変に気付いた和樹が、にやりと笑いながら橘の顔を覗き込む。 「うっせ! これは汗だっ! 汗が目に入って痛いんだよっ!」 「あー、橘はずっと、萩原のダンク見たがってたからな」 「そうそう、いやぁ、でもアレは痺れるわ」 そう言う先輩達も目にはうっすらと涙が浮かんでいる。  まぁそれも仕方のないことかもしれない。なんたって現時点でベスト4だ。  次の決勝リーグで最低1勝出来れば憧れの全国への切符もいよいよ夢ではなくなる。  雪哉はとても気分が良かった。バスケの試合で勝ってこんなに気分が高揚したのはいつぶりだろう?  中学上がって直ぐ、初めての公式戦で勝利したあの日が最後じゃないだろうか。  そんな事を考えながら廊下に出ると、そこには先ほど負かしたばかりの佐倉がユニフォームと同じ黒地に赤いラインの入ったジャージを着て待っていた。 「――萩原、ちょっといいかな?」 「んだよ、ウチのエースになんか用?」  佐倉の姿を認めた途端、橘の眉がきつく寄せられ一気に不機嫌モードへと変貌していく。 「アンタには関係ないっすよ。橘センパイ。俺は萩原と話がしたいだけだから」 「なっ……てめぇ……」  佐倉の言い方にカチンときた橘が食って掛かろうとするのを雪哉が手で制して佐倉と対峙する。目を見るに喧嘩を売りに来たわけではなさそうだ。  言い方に難はあるものの、別に喧嘩をしに来たわけでは無いだろう。佐倉は昔からこういう奴だ。 「馬鹿、煽んなよ。わかった着替えるからちょっと待ってて」  そう言って、ロッカールームへと向かう。 「アイツ、シメていい?」 「ダメに決まってるでしょう。何他校と揉め事起こそうとしてるんですか」 「そういう訳じゃねぇけどアイツムカつくんだよ」 「佐倉は昔から、ああやって他人の神経逆なでするヤツなんです。本人は無自覚だから余計にタチが悪い」  試合の内容や、さっきの言動を見るに中学のころとあまり変わっていないようにも見えた。技術的なもの云々は向上しているが主に人間性の部分においては全く成長していない。  そう言えば、積もる話もあるしと試合前にも言っていた気がする。自分は特に話すことは無いが取り合えず聞いてみようか。 「先輩たち、申し訳ないんですが、先に戻っててください」  チームの仲間にそれだけ告げて、手早く着替えを終えると佐倉のあとを追いかける。橘は納得していないような表情を浮かべていたがそれは敢えて気付かないふりをした。

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