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勝利の余韻 ②
会場を出て少し歩くと海沿いに広がる美しい公園に辿り着いた。丁度夕暮れ時と重なってしまったようで何組かのカップルが備え付けの柵に身体を預けて夕闇に沈む太陽を眺めながら仲睦まじそうに話をしている。あと1,2週間もすればイルミネーションの点火が始まり、この場所はきっとカップルや若い人たちでごった返すことになるのだろう。
流石にイチャイチャしているカップルたちの中に男二人で入っていくのは気が引けて、二人して苦笑いしながら落ち着いて話せるような場所を探した。
「ちょっと、降りてみようぜ」
幸い、すぐにそこは見つかった。公園から直接海に出られる階段を発見し、佐倉の後をついて歩く。
どうやら海岸の方には人気がなさそうだ。
「まさか、野郎と二人でこんな景色を見る羽目になるとはね……」
「ファミレスは金がないから嫌だって言ったの佐倉じゃないか」
オレンジ色に染まっていく地平線を眺めながらぼやく佐倉に正論で返すと、
「しょうがないだろ。バイトしてないんだから」
と言う不満げな声が返って来る。その拗ねたような口調は試合前のような棘のある言い方ではなく、中学の頃の彼そのもので、懐かしさに雪哉は目を細めた。
「しっかしまぁ……アリウープでとどめ刺されるとはね」
壁に凭れながら、佐倉はどこか遠い目をして嘆息するとゆっくりと天を仰いだ。隣に並んだ雪哉も同じように視線を空に移す。
秋の陽はつるべ落としとはよく言ったものでつい先ほどまで地平線を照らしていた太陽はすでに無く、濃紺から淡い黄色、そして透き通るほどに白い光のコントラストがとても美しく見えた。あと、数分もしないうちに辺りは闇に染まってしまうのだろう。
「萩原ってさ、変わったよな」
「え? そう、かな?」
「うん、変わった。最後の3P、絶対行くと思ってたもん俺。昔のお前なら例え視界に仲間が見えてたとしても、絶対打ってた。だから、お前の中にパスって選択肢は無いって自信あったから飛んだのに……」
悔しいなぁ。そう呟いて佐倉は何度か地面の砂地を蹴った。
確かに佐倉の言うとうり、中学までの雪哉は同じような場面で強引に行くことの方が多かった気がする。
監督から何回も、パスを出せ、自分一人でバスケをするなと散々怒られてきた記憶が蘇って来る。
「まぁ、橘先輩なら何とかしてくれるって思ったし、まだ、負けたくなかったからね」
「へぇ、萩原にもまともな感覚があったんだ」
意外だと言わんばかりに呟かれ、雪哉は思わず眉をひそめた。
「酷くない? それ」
「事実じゃん。全中最後の試合、かなりの接戦だった時も涼しい顔してたくせに」
負けたくない。確かにそう口にしたのは初めてだ。言われてみれば、あと2試合勝てば日本一になれる。そんな試合のさなかでさえ中学時代の自分はどこか冷めていた。
手を抜いたつもりはなかった。だけどあの最後の試合で負けた原因は恐らく気持ちの差だったのではないか。
そんなこと、中学時代は考えてもみなかったけれど、今ならそうだと断言できる。
「俺さ、昔っからお前の事嫌いだった」
砂地を蹴飛ばし、地面に視線を落としながら抑揚のない声で佐倉が言った。
「……辛らつだね。相変わらず」
「だってお前、バスケ好きじゃなかったろ。練習だって適当に流してる感じだったし。いっつも上の空でさ、やる気ないのバレバレなのに、俺らが努力してやっと手に入れたレギュラーの座もあっさり奪っちまうし。足だって速くて、その顔立ちだから当然女子にはモテるし。……正直言って俺は……お前のその才能が羨ましかった」
「佐倉……」
真っすぐに視線を戻して見つめられ、言葉に詰まる。元チームメイトのこんな話は初めて聞いた。佐倉が自分の事をあまりよく思っていないことは薄々気が付いてはいた。だが、実際に直接言われると苦いものが込み上げてくる。
「悔しいな……。やっぱ……俺も勝ちたかった。夏に会った時本当は、明峰のスターティングメンバーの中に萩原の名前見つけて、すげー嬉しかったんだぜ? 今回も。今度こそ絶対、俺の方が上手いって証明してやるつもりだったのにさ……」
じわじわと足元に少しずつ近づいてくる波を感じながら、独白のように小さな声が切なげに言葉を紡ぐ。
「狡いよな、やっぱカッコいいもんお前。けど、来年こそ負けないからな! 覚悟しとけよ萩原!」
そう宣言する佐倉の目は、早くもリベンジに燃える炎が宿っている。彼もきっとこれからまた、血のにじむような努力に身を投じていくに違いない。
「はは、まぁ頑張るよ」
「そこは、受けて立つ! って言うとこだろ!?」
がく、と項垂れる佐倉を見て雪哉は苦笑する。 強豪校に来年も勝てるだなんて思っていない。今日はたまたまベクトルがあっただけで、3年が引退した後今いる部員たちが同じように頑張ってくれるかどうかも怪しい。
そんな温度差のある現状で、受けて立つとはとてもじゃないが言えない。
「……なんにせよ。今日はお前がバスケ好きだったってわかって良かったよ。推薦蹴ったって聞いてコイツはもうバスケやらないんだって思ってたからさ」
「まぁ、やる気のない僕が強豪校に行くのは流石に気が引けたしね……。僕、あの時の僕は正直勝敗とか結構どうでも良くて、バスケが出来る環境があればそれでよかったから」
「うっわー、やっぱムカつく。どうでもいいとか言っちゃってる奴が、どうやったら負けたくないって言うようになるわけ? どういう心境の変化があったんだよ」
「……っ、それは」
どんな、と聞かれたら直ぐには答えられない。高校に入ってから色々と自分を取り巻く環境が変わってしまったから。
けど一番大きいのはやっぱり――。
「うーん……そうだな……。どうしても、勝たせたい、ずっと一緒にバスケやっていたい先輩に出会ったから……かな……あ……」
「なんだよそれ……?」
ほんの一瞬、自分たちが降りてきた階段の近くに見慣れた薄茶色の髪が見えたような気がして上を見た。
藤壺がびっしりと付いたコンクリートの壁が見えるだけで、近くに人の陰はなさそうだ。もしかして気のせいだったのだろうか?
見間違いかもしれない。でも、もし……もしも、待っていてくれたのだとしたら……。
「そろそろ上に登ろうか。だいぶ潮が満ちてきたみたいだし」
「え? ぁあ。そうだな……」
気付けば、だいぶ遠くの方に引いていた波があと1メートルほどの場所まで近づいて来ていた。自分たちの目線の高さまで藤壺が付いていることを考えると、あと1時間もしないうちに今いる場所は海の底に沈んでしまうのだろう。
「上まで、競争しよう」
「へ? ちょ、萩原、嘘だろ!?」
戸惑う佐倉を置き去りにしてダッシュで駆けあがる。試合後で足はパンパンだし、きついけどそんな事は関係ない。
今はただ、恐らく待ってくれているであろう人物に早く会いたかった――……。
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