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勝利の余韻 ③

「……やっぱり……」 「……よ、よぉ」  息を切らせて上がりきってみれば、目と鼻の先に何処となくバツの悪そうな表情を浮かべた橘の姿があった。雪哉の表情が僅かに緩む。 「覗きなんて悪趣味ですよ、先輩」 「なっ、ば……違うっつーの! 別に覗いてたわけじゃ……たまたま通りかかっただけだっての」  覗きじゃないとしたら何なんだろう。 「たまたまって。大久保先輩達を先に帰してまでここを散歩したかったんですか? こんなカップルの多い場所を一人で? ナンパ目的だと思われても知りませんよ」  一気に質問すると、観念したのか橘は両手を上げて降参のポーズをして見せた。 「あーもう、わかったから。正直に言うよ……覗くつもりなんて無かったんだ。ちょっと気になって付いて来たら、お前らが階段を下りていくのが見えてさ、それで……」 「あれ? 橘センパイじゃん。何やってんっすかこんなとこで……」 「……っ、萩原が泣かされてないか心配だったんだよ。コイツ、泣き虫だから」  橘が雪哉の腕を掴んで自分の方に引き寄せる。とんでもない事を言いだして思わず絶句。 「な――っ!? ちょっと! 泣くわけないでしょ!? 適当な事言わないでくださいよっ」 「そうか? だってお前、すぐ泣くじゃん。あの時とか、あの時とか……」 「泣いてません! もしそう見えたとしたらきっと汗か何かですよ」 「そうか? ふぅん……でも、ヤってる時もよく啼いてる気が――ぅぐっ」  ニヤニヤと笑う橘が耳元に唇を寄せてきてとんでもない事を囁いたので、肘で腹を思いっきり突いてやった。 「ば、馬鹿じゃないですか!? ほんっとに……」  最後のセリフ、聞かれていなければいいのだけれど。チラリと佐倉の方に視線をやれば小さく肩を震わせている。 「ぷ、あははっ」  そして、目が合った瞬間に堪えきれないと言った風に笑いだした。 「ちょっ、佐倉! なにも笑う事ないだろう?」 「ふは、だって萩原のそんな顔、初めて見たから……」  よほど可笑しかったのか、目じりに浮かんだ涙を拭いながら佐倉が言った。 「なんか、萩原が変わった原因、わかっちゃったかも。萩原にも案外人間臭いところがあったんだな」 「な……っ」 「俺、中学の3年間お前の何を見てたのかな……。お前の先輩がちょっと羨ましいよ」  ぼそりと呟いて、佐倉が切なげに眉を寄せた。それは刹那過ぎて見落としてしまいそうなくらい一瞬の何処か寂しそうな表情。 「――――、」 「じゃぁ、俺行くわ……なんか、迎えがて来てるみたいだし!」 「迎え? あっ!」 言われて初めて気が付いた。公園の入り口……外灯のすぐ下の所に、紫色のジャージを着た背の高い人物が見える。 「アイツ……先に戻ってろって言ったのに……」 面倒くさそうにそう呟く佐倉の表情は、口調とは裏腹に何処か嬉しそうで橘と目を合わせどちらかともなく笑みが零れた。  雪哉が口を開く前に、佐倉は二人に背を向ける。 「次の試合も……勝てよ」 「……うん。頑張る」  手の平をヒラヒラさせて去っていく後姿を、ありがとう。の気持ちと共に見送った。 「あー、腹減った。俺らも帰ろうぜ」 「そう、ですね」 「待っててやったんだから、なんか奢れよ。祝勝会やろうぜ」 「はぁ!? 嫌ですよ。先輩が勝手に待ってたんでしょう?」  あーだこうだと言いながら帰路に着く。この一瞬、一瞬が楽しくて仕方がない。  もっとこの時間が永遠に続いてくれたらいいのに。そう、願わずにはいられない夜だった。

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