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勝ちたい思いと勝敗の行方
地区予選の勝利を収めてから一週間。男子バスケ部の練習はいつになく熱の篭ったものになっていた。
あの試合を見て何か刺さるものがあったのか、普段、居残り練習などしないレギュラー以外のチームメイト達も率先して残るようになり、それぞれ自分たちの課題に向き合う時間に使っている。
勿論、強制しているわけでは無いから各自満足したら好きな時間に戻ればいい。自主練組の中でも、結局最後まで残るのはいつも雪哉と橘だ。これは夏頃からずっと変わらない。
「お疲れさまっした!」
「おう、お疲れ」
11月ともなれば外より体育館の方が若干暖かい。 とても過ごしやすくなったと雪哉は思う。夏場のような蒸し暑さや息苦しさは無いし、開け放した扉から入ってくる風も湿気が少なくて火照った身体には心地よく感じる。
多少激しく動いても夏のように汗だくにならなくて済むのも嬉しいところだ。
「そろそろ俺らも上がろうぜ」
「あ、はい……」
橘に声を掛けられ、チラリと時計を見た。時刻は7時を過ぎようとしている所だった。
もう少しだけシュート練習を続けていたい気もしたが、またオーバーワークだと怒られてはいけない。
最後にもう一球だけ。手にしていたボールを構え、3ポイントラインの少し後ろから撃ってみる。
狙いを定めて撃ったボールは高い弧を描いて飛んでいき、 ――すぱっ、とボールがリングのど真ん中を射抜く音と共にゴールに沈んだ。
「随分調子よさそうじゃん」
「そう、ですね。明後日の試合でも同じことが出来ればいいんですが」
「大丈夫だって。お前なら出来るよ」
そう言って橘の目が眇められる。そうやって褒められればやはり悪い気はしない。
「先輩のドライブだってこの一週間で更にキレが良くなったんじゃないですか?」
「当然だっつーの! 勝つための努力は惜しまねぇよ」
「そう、ですね……」
この一週間、みんな自分達の得意技に特化して練習を強化して来た。
ポイントガードの和樹は、基礎練の強化に加えてスティールの成功率を上げてきているし、センターの大久保さんは何度も何度もリバウンドの練習を繰り返し行っていた。
決勝トーナメントを勝ち残るためには最低でもあと1勝はしなくてはいけない。
トーナメント表に載っていた学校名は何処もバスケの名門ばかりで、ここから先自分たちが何処まで通用するかもわからない。
勝てる確率はどのくらいあるのだろうか? わかっていた事だけれど強豪校に比べたら明峰バスケ部は選手層が薄すぎる。
明後日の対戦相手の試合を映像で見てみたが、次の相手はラン&ガンを主体とする超攻撃型チームだった。トリプルスコアの可能性もありえなくはないだろう。
どんなに頭でシュミレーションしてみても勝てる要素が見つからない。
かと言って、他のチームには勝てるのか? と言われればそれも不安要素の方が大きい。
勝ちたいとは思うけれど、勝てるかと言われたらその挑戦は無謀だと言わざるを得ないだろう。
決勝リーグで敗退したら、待っているのは――橘たちの引退だ。
こうやって一緒に後片付けをしたり、コート整理出来るのもこれが最後になるのかもしれない。
そしたら、橘との関係は? 引退したら……二人の関係はどう変化してしまうのだろう?
あくまで雪哉と橘は勢いで始まった関係だから、部活と言うしがらみが無くなってしまえば、橘と会う理由が無くなってしまう。
所謂セックスフレンド。橘が他の女性を好きになったり、興味が雪哉の他にそれてしまったらあっさりと終わってしまう脆い関係だ。
募る思いと決別しなくてはいけない恋愛の終わりも辛いが、何も生まれないまま終わっていく関係はとても虚しい。
「――萩原?」
呼ばれてハッと我に返る。顔を上げると、掃除を終えた橘が不思議そうにこちらを見ていた。
「なんだよ、今にも泣きそうな面して。腹でも痛いのか?」
「いえ……なんでもないです。ねぇ、橘先輩――……」
引退しても、側に居てくれますか? 喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込んで、雪哉は小さく息を吐く。
「なんだよ……?」
「明後日の試合、勝ちましょうね」
「はは、今更何言ってるんだ。そんなの当然だろ? 変な奴」
そう言って、橘が目を細める。ほんの一瞬だけ、その瞳に愛しそうな色が浮かんだと思ったのは、自分の都合がよすぎる解釈だろうか……。
外に出ると、不意に頬に冷たい雫が滴った。視線を上げると、暗い空から糸のような雨が静かに降り注いでくる。
「げ、雨かよ……」
空を見上げて橘が困ったように眉を寄せる。どうする?と、目線だけで訴えられ返事の代わりに橘の腕を軽く引いた。
「きっとすぐやみますよ。丁度今、此処には僕ら以外誰もいないし……だからそれまで……ね?」
視線が絡み、ごくり、と橘の喉が鳴る。それが、始まりの合図となった――。
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