113 / 152
切ない思い ④
「は~、びっくりした……。ごめんね、大丈夫だ……っ、た――!?」
ホッとして壁に押し付けていた彼女の方に視線を移した。改めて見てみれば彼女は真っ赤になって俯いてしまっている。
その視線を辿って行って絶句。感覚の戻って来た右手は壁ではなく、彼女の胸のふくらみにしっかりと押し付けられていて、それを認識したとたん、雪哉はぼっと火の出そうな勢いで赤くなり慌てて手を離し距離を取った。
「わわっ、ご、ごめっ……触るつもりなんて全然なくてっ」
何てことだろう。息を顰めるのに必死で、人の胸を触っていたことにすら気付かなかったなんて……!
最悪じゃないか! もしこれで彼女が誰かに今日の出来事を話したりしたら目も当てられない。
思わず最悪なパターンが頭を過りあわあわしていると突然、目の前に居る彼女がクスクスと笑いだした。
「わ、笑うなよ……」
「ふふっ、だって……萩原君慌てすぎ。この位で動揺するなんて……もしかして童貞なの?」
「……っ、そ、それは……っ」
「へぇ? 意外~! イケメンだからもうとっくに済ませてるんだと思ってた」
からかう様な口調で言われ思わずむっとしてしまう。
どう考えても彼女の方が経験があるに違いない。男を惑わす小悪魔な女性というイメージにぴったりで、自分がもしノーマルな思考の持ち主だったら確実に落とされている自信がある。
彼女は悪戯っぽく笑って少し距離を詰めると、雪哉の耳元で甘ったるい声色で囁いた。
「……じゃあ、責任取って私が貰ってあげようか?」
「えっ、いや……っ、それは……」
「えー? だめ? 萩原君ならいいよ? 私」
上目遣いで見つめられて思わずどきっとする。その表情はまさに大人の女という感じで妙な色気を醸し出している。
恐らく今まで何人もの男を手玉に取って来たのだろう。彼女からは絶対に断られるはずがないといった自信が溢れ出ている。
「……あの、さ……もっと自分を大事にしなよ」
「えっ?」
「好きでもない男と寝たって、虚しいだけじゃない? それに……そんなの後で自分が苦しくなるだけだよ」
ふと何故か、昔の自分が頭に浮かんで口を突いて出た言葉。こんな説教臭いことを言うなんてと自分でも驚いていると、彼女はきょとんとした表情で目を丸くしていた。
「そんなことない。私は……萩原君の事が好き、だから……」
「それって、本当?」
「な、なに……?」
「……いや、本当に好きなら……他人を使って陰湿な嫌がらせとか、しないと思うんだけど……」
一瞬で、空気が凍った。彼女が目を見開いて口をパクパクと開け閉めしている。
ともだちにシェアしよう!