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切ない思い ⑦
「勉強、頑張ってるんですね」
『一応受験生だしな。まぁ、全然よゆーだけど』
「そんなこと言って、もし落ちてたら笑ってあげますよ」
『はぁ、てめっ! 受験勉強真っ只中の先輩様に向かって縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ! 今度会ったらぶん殴るからな』
「ふは、冗談ですって。相変わらず、怖いなぁ」
そう言いながらも頬が緩んでいくのを止められない。
――期待しても、いいのだろうか? 自分の中からどうやったって溢れてきてしまうこの気持ちと、橘の感情が同じものだと。
「ねぇ、先輩。先輩って――……」
言いかけてふと、つい先ほどの和樹たちのやり取りを思い出した。
軽いノリではあったけれど、確かにあの時和樹は真剣だったはずだ。
増田は大人だったから、やんわりとスマートに断っていたけれど、橘に「あ、俺そう言うの無理」なんて冷たく言われた日には目も当てられない。
どうせあと一月もしないうちに橘は卒業して居なくなってしまうのだ。
だったら、今のままの関係で居た方がいいように思える。100がダメなら0になるなんてそんなのは嫌だ。
『なんだよ、どうした?』
「今、修学旅行中なんです。……お土産は、何がいいですか?」
『なんだよ、旅行中なら早く言えって。邪魔して悪かったな。土産なんていらないから楽しんで来いっての」
「邪魔なんかじゃないです。そうじゃなくて……」
気を遣わせるつもりなんて無かったのに、どうしよう、話題を間違えてしまった。
電話の向こうで切る気配がしたので、雪哉は慌てて声を掛けた。
『なんだよ』
「明日、本命の試験ですよね? ……頑張ってください」
『……なに、オマエ。覚えてたのかよ』
「もちろん。一度聞いたことは忘れませんから」
最後に会った日、試験日を教えてもらい直ぐにカレンダーに丸を付けた。
自分には応援してやることしか出来ない。
本当は、ずっと側にいて欲しいけれどそれは叶わぬ願いだから。
『……たく、敵わねぇな……』
小さな苦笑と共に独り言のように橘がそう呟いた。
「合格したらなんか奢ってくださいね」
『はぁ? ざけんなてめぇ! 普通逆だろうが。お前が奢れ!』
「ふふ、冗談です」
そんな会話を少しして、電話は切られた。
雪哉は名残惜しそうに携帯を眺め、画面の照明が完全に消えるのを確認してから閉じた。
ふと、窓の外を見てみれば薄曇りだった空はいつの間にか澄んでいて、月明かりの中に星屑が銀の砂のように細かく煌めいて辺り一面に散らばっているように見えた。
「――あ……っ」
ふと、目の前にひと際大きな光の筋が流れ、儚くも闇に吸い込まれてゆく。
今の流れ星、橘も見ていただろうか?
そんな事を考えたタイミングで手元が震えメッセージの着信を告げる機械音が鳴り響いた。
《いま、スッゲーでかい流れ星見えたぞ!》
約500キロほどの距離を超えて、今、この瞬間同じ空を見上げ、同じ星を見ている。
その事実がなんだかくすぐったくて、もどかしい。
気が付けば消灯時間もだいぶ過ぎてしまって辺りもすっかり静まり返っていた。
スマホの画面を見ながらにやついた顔をしている自分に気付き、雪哉は慌てて両手で顏を押さえて俯いた。
今、この場に誰も居なくて良かった。元の表情に戻るには、数分必要だった。
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