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卒業…… 2

 そう言えば、以前もこんなことがあった。あの時は自分の教室に居て、体育館裏の水飲み場に居た橘と目が合った。 その時の光景を思い出して、悶々とした気持ちが蘇る。 「――オイ」 「!」  ベッドに腰掛けて頭を抱えていると突然保健室のドアが開いて、声を掛けられ雪哉は慌てて立ち上がった。 「んなとこで何やってんだ」 「……た、橘先輩。え、なん、で」  ついさっき外で女の子に囲まれていたのに、なんで今ココにいるんだろう。  走って来たのか、やや呼吸が乱れている。 「ここ、保健室ですよ」 「知ってるつーの! つか、先輩様に走らすとはいい度胸だな。お前の方からオレんとこに来るのが常識だろうが!」 「痛い、ちょ、痛いですってば、そんな事言われても……走って来いなんて僕は言ってないし……」  黒い笑顔で理不尽な事を言いながらグリグリと頭を拳骨で締め上げられてあまりの痛さに涙が滲む。 「っていうか、別に走ってくる必要なくないですか。そんなに僕に会いたかったんですか?」 「……っ」  しんみりとしたくなくて、わざと悪戯っぽく笑って言ったら、橘が急に黙り込んだ。  てっきり「んなわけないだろ!ざけんな」とか言いそうだったのに。  目線を上げると耳まで真っ赤に染まった橘が目の前にいて、その顔を見た途端、伝染したように雪哉もじわじわと自分の頬が熱くなっていくのがわかった。 「違う! ただ、お前が窓から見てんのがわかったから……。今、行かないともうお前に会えないような気がしたんだよ」 「……なんですか……それ」 「お前今日、俺に会わないつもりだったろ」 「!」  自分の気持ちを見透かされてしまったようでぎくりと身体が強張る。  息をするのも億劫になりそうなほどの重苦しい空気が二人を包み込み、雪哉は視線を落とした。 「ハハッ、何言ってるんですか……んなわけ、ないでしょ。自意識カジョーじゃないんですか?」 「……そうか、ならいい。つーか、大久保たちにはせめてちゃんと挨拶くらいしとけよ」  ぽつりと呟いた言葉に、橘は小さく溜息を一つ吐いた。  ぽん、と頭を撫でられ胸が引き絞られるように苦しくなる。  どうして、自分は学年が違うのだろう。たった1年の差が今日ほど辛い思ったことは無い。 「ていうか、橘先輩凄い格好ですね」  改めてその姿を見てみれば、酷い有様だった。学ランのボタンと言うボタンは全てちぎられて綺麗さっぱり無くなっている。 「あぁ、式が終わった途端に追剥ぎに遭った。最近の女は怖ぇな。校章も、学年章も名札も体操服も全部持っていきやがった」 「ははっ、それは怖いな。追剥ぎですか……意外とモテたんですね~。中身は男の後輩に手を出すような変態なのに」 「その変態に犯されてアンアン言いまくってる奴に言われたかねぇけどな」 「……ッばか……人の気も知らないで」  先ほどの女の子に囲まれている姿が脳裏にちらついて嫌味を言ったのに、にやりと笑われて言葉に詰まった。 「あ? なんか言ったか?」  顔を覗き込まれそうになり慌てて逸らして首を横に振る。せめてボタン一つくらい、予約しておくべきだったかもしれない。ふと、そんな事を思った。  でもそんな事、言えるわけが……。 「――おら、萩原。手ぇ出せ」 「?」  戸惑いながら右手を差し出すと、その手に何かを握らされた。 「え、これ……って」 「俺の第二ボタンだ。たく、最初からそれだけ取っておいて良かったぜマジで」 「いいんですか? 僕が貰っても……」 「当たり前だろ。つか、いらねぇつったら速攻で校庭に埋める!」 「……っ……ありがと、…橘、先輩」  手の中のボタンを見ていると、胸に熱いモノが込み上げてくる。今ここで泣いてはいけない。そう頭では分かっているのに目尻に溜まった涙が視界をぼやけさせてしまう。 「馬鹿、なんて顔してんだよ……ほんと、泣き虫だなお前。今日で最後だろ? 最後くらい笑っとけ」  ぐいと引き寄せられて、強引に抱きしめられた。  もうこの温もりを感じる事が出来なくなると思うと、切なくて胸が張り裂けそうになってしまう。  その時ふと、廊下の方から橘を探す声がして抱きしめられていた腕が緩んだ。

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