131 / 152
もう恋なんてしない ※雪哉SIDE
(雪哉SIDE)
「萩原君。話があるんだけど……ちょっといいかな?」
放課後、部活にいく支度をしていると、クラスの女子に声を掛けられた。
派手な感じのしない目立たない大人しそうな子だ。
誰も居なくなった教室で慎ましやかに雪哉への好意を告げられた。
「一年の頃からずっと好きだったの。よかったら付き合って欲しいんだけど……」
恥ずかしそうに床を見つめて、雪哉の返事に胸をどきどきさせているのが手に取るようにわかる。
「悪いけど、僕、好きな人がいるんだ。ゴメンね」
彼女は明らかに落胆し、何か言いたげに顔を上げたが言葉が出てこないのか、目にいっぱいの涙を堪えて笑顔を作って見せた。
「そっか、じゃぁ仕方ないね」
ごめんね、また明日。そう言って彼女は手を振り教室を出ていった。
ああ、コレで何回目だろう。
三年になってから、告白される回数が更に増えたように思う。
彼女は悪い噂も聞かないし、実際いい子だとは思う。けれど、やっぱり女性に興味は持てないし、何よりもう、恋愛なんて懲り懲りだ。
もしかしたら、付き合っていくうちに彼女の事を好きになって普通の恋愛をして色々な経験をする事が出来る未来もあるのかもしれない。
例えその可能性が少しでもあったとしても、心の何処かに蟠っているものがある以上、やはり不誠実な真似は出来ない。
橘たちの卒業からもう半年以上経つと言うのに、雪哉は未だに橘の事を忘れられずにいた。
橘の事を思うと胸が締め付けられるほど苦しくなる。
橘の事を思うと身体が熱く火照ってしまう。彼の指が、瞳が、声が、匂いが記憶にこびりついて離れない。
時が立てば忘れられるだろうと思っていたけれど、日を追うごとにその思いは強くなって、雪哉の心を縛り付ける。
やっぱり会いたい、会いたい。会って、あの時言えなかった気持ちを彼に伝えたい。
例えそれで迷惑だとはっきり突き放されても、今ならきっと、受け止められる。
彼のいない毎日は何処か物足りなくて、寂しくて、景色が色褪せてしまったかのように感じる。
卒業式の日に伝えられなかった思いは膨れ上がり、切なさで今にも心が張り裂けてしまいそうだ。
重苦しい気分で部活に向かうと、雪哉を待っていたらしい和樹が駆け寄って来た。
「雪哉! さっき大久保先輩たちが来てたぜ!」
「え? 先輩たちが? へぇ~」
自分でも驚くくらいの抑揚のない声が出た。
「へぇって、嬉しくないのかよ?」
「大久保先輩と鈴木先輩は、この間も来てたし」
最後に様子を見に来てくれたのはインターハイ直前だったか。
前回、前々回と橘は来ていなかったけれど今日はどうだろう?
会いに来ると言っていたのに、結局、卒業後一度も顔を見ていない。
先輩達が来てくれるのは嬉しいけれど、鈴木から橘の近況を聞かされるたびに心が引き絞られるように痛む。
橘は多分、今日も来ていないだろう。
彼は彼女と遊ぶのが忙しいのだと、鈴木が前に言っていたのを思い出して雪哉はひっそりと嘆息した。
ともだちにシェアしよう!