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もう恋なんてしない※橘SIDE 5

「おい、待てよ橘!」 体育館の裏手にある水飲み場まで来たところで、後を追ってきた鈴木に呼び止められ足を止める。 「んだよ。もう、用は済んだぞ」 「お前、本当に萩原と話しなくていいのか?」 探るように問われ、僅かに肩がぴくりと跳ねた。 「別にアイツと話す事なんて何もねぇし……」 「嘘吐け。本当は伝えたいことあるんだろ?」 「……ねぇよ、んなもん」 「本当か?」 ポケットに手を入れ、短く息を吐く。 「本当も何も……元々顔見たら帰るつってただろうが。元気なのはわかったしそれでいいだろ」 「……なに逃げてんだよ」 「あ? 別に逃げてねぇし。意味わかんねぇこと言うな馬鹿」 「逃げてんじゃねぇか。そんなに萩原に会うのが怖いのか? 案外小さい男だったんだなお前」 あきれたような物言いにぎくりとして、身体が強ばる。 口調からして鈴木は萩原への気持ちに気付いていそうだが、橘はそれを素直に認められるほど大人ではないし、器用でもない。 「っせーな。さっきからなんなんだよ。俺は来たく無かったのにお前等がどうしてもって言うから来てやったんだ。萩原に会う理由なんて何処にもーー」 言い終わる前に一つの視線に気付いた。ハッとして顔を上げると鈴木の後方に、見慣れた漆黒の短い髪が見える。 「ーー萩原……」 「すみません僕、立ち聞きとかするつもりじゃ……ただ、橘先輩の姿が見えたような気がしたから確かめに来ただけ、なんです……」 言いながら声が震えているのがわかった。どんな表情をしたらいいのか分からない様子で視線をさまよわせぽつりと呟く。 「……っ、橘先輩ににそこまで嫌われてたなんて、僕、知らなかった」  違う、そうじゃない! そう言ってやりたかったけれど、こう言うときに限って上手く言葉が出て来ない。 口を開いても微かに空気が洩れるだけだ。 「よく考えてみたら、そう、ですよね、なんだかんだで、迷惑かけてばかりだったし……」  雪哉は俯いたまま、震える自分の拳を見つめながらぽつりぽつりと言葉を紡ぎ、やがて顔を上げ、泣き笑いのような表情を作ってみせた。 「……すみません。……ちょっと今、僕、混乱してて……外周走って頭冷やしてきます」 「あっ! おいっ」  雪哉はするりと脇を抜け、走り去っていく。 「あーぁ、後輩泣かせちまったな。橘」 こんな状況で他人事のようにしている鈴木に苛立ちを覚える。 本気で殴ってやろうかとも思ったが今はそれどころではない。 「わり、鈴木っ……」 「わかってるって。こっちのことは上手く言っといてやるから、早く行って誤解解いてやれよ」 ぽんと軽く背中を押され、やや前のめり気味になりながら小さく息を吐くと、既に後ろ姿が見えなくなりつつある雪哉の後を慌てて追った。

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