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もう恋なんてしない ※雪哉SIDE 3
あらかじめ準備されていた着替えに袖を通し、部屋を覗いてみると橘はベッドを背もたれ代わりにしてテレビを眺めていた。
どう切り出せばいいのかわからず、困惑しているうちに目があってしまいぎくりと体が強ばる。
「着替えすみませんでした。というか、なんで明峰のジャージなんですか。しかも無駄に大きいし」
服を用意して貰っておいて文句を言えた立場ではないが、やはり自分に橘の服は少し大きい。
「っせーな。裸でいるよかマシだろうが。お前にはその格好が似合ってんだよ」
「ちょ、酷くないですか? それ」
言いながら、懐かしいやり取りに胸が熱くなり、切なさが込み上げてくる。
ずっと恋い焦がれていた筈なのに、今から辛い現実を受け止めなければいけないのかと思うと心が引き絞られるように痛んだ。
どんな顔をしていいのかわからず困惑していると橘は小さく息を吐いてゆっくりと体を起こした。
まぁ座れよと促され、一定の距離を保って床に正座する。向き合うような体勢になり視線が絡む。
「少しは落ち着いたみたいだな」
「……っ」
どう返事をしようか迷って視線を彷徨わせていると、橘が頭を掻きながら言いにくそうにぽつりと漏らした。
「その……さっきは、悪かったな」
バツが悪そうに口を尖らせ、ちらりと視線だけこちらに向けて様子を伺っている。
「なんで先輩が謝るんですか? 別に僕のことが嫌いでも、それは仕方がないことだから謝る必要なんてないですよ。僕が一人で勘違いして、傷ついて、逃げ出しただけだから先輩は何も――」
「あのなぁ、俺がいつ、お前のことが嫌いだなんて言ったよ」
「それは……言ってなかったですけど……でも、僕に会いたくないって……今まで、顔見せに来てくれなかったのは僕が居たからですよね?」
それは、と橘が一瞬言葉に詰まった。嫌いじゃなかったら何だと言うんだろうか? 橘は暫く視線を逡巡させた後、意を決したように顔を上げ、雪哉と視線がぶつかった。
「俺が来たくなかった理由は確かにお前がいるからだ。でもそれは、お前のことが嫌いだからじゃねぇ」
「えっ? それってどういう……意味……?」
思わず声が裏返った。自分が原因なのに、嫌いじゃない?
それ以外の理由って一体ーー?
「その逆だ……。お前に会ったらきっと、色々と我慢できなくなるような気がしたから会いたくなかったんだよ」
「先輩、それって……もしかして」
橘の言わんとする事がなんとなくわかって、急に胸がドキドキしてきた。
「俺は、フられんのがわかってて告るほど大人じゃねぇんだよ!」
「……ッ、先輩、顔真っ赤……っ」
ぶっきらぼうにそう言いながら、目の前でみるみるうちに赤くなっていく橘を見るのは新鮮で、信じられないと言った風な表情で彼をジッと見つめた。
「……っ、かわいい……」
思わず出てしまった言葉に反応し、橘の眉間に深い皺がよる。
「は? 頭湧いてんのか? 調子に乗りすぎだぞ馬鹿! 締めんぞ!」
全然痛くないヘッドロックをかけられ、同時に嫌われて居なかったという事実にホッとして目尻に涙が浮かんだ。
振られるのが怖くて言い出せなかったのは自分も同じだ。
いつからそうだったのかはわからないけれど、自分と同じ気持ちで居てくれた事が素直に嬉しかった。
「あはは、なんだ……。でも、よかった。……嫌われてなくて」
「……まだ、お前の気持ち、聞いてねぇけど?」
「……っ」
「俺だって言ったんだから、お前の気持ちも聞かせろよ」
首に腕をかけたまま急に真顔になり、そう言われて言葉に詰まった。
するりと頬に冷たい手が触れて顎を上向かされる。目線の先には琥珀色の双眸がジッとこちらを見つめていて雪哉の言葉を待っているようだった。
覗き込んでくる瞳は今まで見たこともないように真摯的で優しげだった。その視線に促されるように震える唇を開く。
「……き、……っ」
発した言葉は虫の羽音のように小さいものだった。それでも自分の頭の中ではガンガンと大きく鳴り響いている。
「……聞こえねぇ」
「……ッ僕も、好き……です」
言葉は最後まで続かなかった。言いたいことは山ほどあったのに、それは全て熱い口付けによって遮られる。
「んっ……ん……っ」
力強い手で肩を引き寄せられ、薄く開いた唇に強引に舌が割り込んできた。
歯列をなぞられ、舌が絡め取られると体の芯がゾクリと震え、胸に熱いものがこみ上げてくる。
「ん……っ」
顎をしっかりと固定され、角度を変えて幾度となく口づけが繰り返される。
ちゅくちゅくと濡れた音が室内に響きわたり余計に羞恥心が煽られた。
心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい物凄い速さで脈打っていて、息が出来ない。
戸惑いながらキスを受けているとひんやりとした手が素肌に触れて、雪哉はハッと我に返った。
「ち、ちょっ……先輩、待って!」
「……あ? んだよ」
慌てて橘の胸を押し返すと、彼の眉間に深い皺が寄る。
折角両思いになれたと言うのに、雪哉の心は晴れない。 まだ、どうしても確認しなければいけないことが残っていてそれがしこりとなって胸に重くのしかかっている。
「か、彼女さん。いるんですよね?」
彼が自分のことを好意的に思ってくれていたことは素直に嬉しかった。けれど、橘には彼女がいる。
「僕、間男になるのは嫌なんで……こう言う事は……」
「彼女? あー、もう別れた」
「へっ!? ホントに……ですか?」
予想外の返事が返ってきて思わず間の抜けた声が洩れた。
「嘘だと思うなら鈴木にでも聞いてみろよ。……今度な」
不適な笑みを浮かべながら、肩を押されラグの上に押し倒された。
その勢いでめくれたシャツをたくし上げられ、胸の飾りに指が触れる。
冷たい指の腹で掻くようにされて反射的に身体が震えた。
「今すぐにお前を抱きたいんだけど、いいか?」
熱を孕んだ瞳で見つめながら愛しそうに訊ねて来る。唇が触れ合いそうな距離で囁かれ体温が一気に上昇していくのを感じた。
「……ずるい。今まで一度もそんな事聞いたことないくせに……」
「大事にしてやりたいと思ってんだよ。一応な」
あっさりと不安が解消されれば、もう雪哉に拒否をする理由など何もない。
答えを促すように熱い舌が首筋をつぅっとなぞった。それだけで背筋に妖しい痺れが沸き起こり息が詰まる。
「あっ、……んっ……いちいち聞かなくていいから、早く……」
素直に抱いてくれなどと言えるわけもなく、返事の代わりに相手の背に腕を伸ばして引き寄せた。
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