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番外編② いちごみるく
風呂から上がると、珍しく橘がキッチンに立っていた。
「先輩、お風呂あがりました。……来た時からずっと気になってたんですけど、どうしたんですか? そのイチゴ」
狭いキッチンの脇に箱積みされた大量のイチゴと、珍しすぎる恋人の姿を見比べて尋ねてみれば、よくぞ聞いてくれましたとばかりに盛大な溜息を吐く。
「鈴木に貰った。つか、押し付けられた」
「……押しつけって」
「この間いきなり家に来やがってさ、何かと思ったら、苺が大量に余って困ってるからやるっつって、勝手に置いていきやがった。一人じゃ食いこなせねぇから、お前も食って手伝え!」
流石八百屋さんの息子! そう言えば去年も様々な果物や野菜達が腐るともったいないからと言う理由で部室に運び込まれていたのを思い出した。
「……それは別にいいですけど、イチゴジャムとかしたほうが早いんじゃないですか?」
ふと、ブルーのエプロンをつけてせっせとジャムを煮詰める橘の姿を想像してしまい、思わず噴き出しそうになった。
はっきり言って似合わない、似合わないけど、その姿は結構面白そうだ。
「てめぇ、俺がイチゴジャム作るようなタマに見えんのか?」
変な事考えんな! ぶん殴るぞと、いつもの調子でいいながら怖い笑顔を向けられて、雪哉はぶるぶると首を振った。
せっかく久しぶりに会えたのに怒らせたくはない。
「とにかく、食うぞ」
「はーい。あ、先輩、練乳あります?」
適当に皿を用意しながら尋ねると、すぐさま「そういやなんか、鈴木が一緒に置いてったな冷蔵庫にあるんじゃね?」なんて返事が戻って来る。
「さすが鈴木先輩。準備がいい」
「つか、苺なんてそのまま食えばいいだろうが。面倒くせぇ」
「おいしいですよ? 苺ミルク。あまり甘いの好きじゃないけど、苺だけは練乳が無いとダメなんです」
「ふぅん……そういうもんか? こだわりってヤツ?」
「そう、なりますかね」
橘が切ったものを皿に分けながら、ちらりと隣に立つ彼を見る。
たまにはこういう時間も悪くない。と、気が付けば口元に笑みが零れていた。
「なにニヤニヤしてんだよ。気持ち悪い」
「気持ち悪いだなんて、酷いな。……いや、なんかこうやって一緒に台所に立ってるのって、新婚さんみたいだなぁって……思って……ぅぐっ」
正直に思ったことを口にしたら、いきなり脇腹を小突かれた。
本人は軽めにしたつもりだろうが、油断していた腹には結構効く。
「痛った~……すぐ手を出すんだから」
「馬鹿な事言ってないで、さっさと持って行け!」
「!」
ふいとそっぽを向いてまな板を洗う橘のの表情は読み取れない。だが、耳がほんのりと赤く染まっている事に気付いて雪哉は表情を和らげた。
「先輩、顔真っ赤ですよ。ふふ、可愛い~……」
からかう声がどうやら勘に触ったらしい。いきなりぐわっと胸倉を掴まれてドス黒い笑顔で包丁を突き付けられた。
「今すぐてめぇを三枚におろしてやってもいいんだぞ?」
「や、やだなぁ先輩。冗談ですって! 目が笑ってないです」
相変わらず橘は沸点が低くて怖い。
半ば乱暴に手を離し、ローテーブルの片づけを始める恋人を見てちょっと調子に乗りすぎたかと、反省する。
デザート皿に盛られた苺に練乳をたっぷりと投入しフォークの腹で潰していると、橘が信じられないものを見たと言わんばかりの表情でそれを見つめていた。
「随分変わった食い方すんな」
「そう、ですかね? うちではコレが普通なんですが」
「潰すと味が混ざんだろ」
「苺ミルクなんだから混ざらないでどうするんですか。綺麗に潰すのって結構難しいんですよ。硬めの苺があると力入れなくちゃいけないんで……ぅわっ!?」
「!?」
しゃべりながら潰していると、うっかり手が滑ってしまった。
あっ! と思った時には既に遅く雪哉の膝に皿が落ち、中身の大半が零れてしまう。
「す、すいませんっ! すぐに拭きますから!」
「いいって、お前は動くな。その姿でうろうろされると余計に汚れる!」
「う、……すみません……」
改めて自分の姿を見てみれば、太ももの辺りから薄いピンクの混じった白い練乳が広範囲に広がっていた。
幸い、床やソファには飛び散っていないようでホッと胸を撫で下ろす。
だが、濡れたタオルを持ってきて、自分の目の前で跪く橘を見ているととてつもない罪悪感に襲われてしまう。
「あ、あのっ、自分で出来るんで……」
「うるせぇな。俺がやりたいんだから口出しすんな」
「……っ」
そう言いながら腿にひやりとした手が触れてどきりとした。
「……太腿も、短パンもべたべただな……」
そう呟くと、何を思ったのか橘が膝頭についた練乳をぺろりと舐める。
「ひぁ、わ……ちょっ、ちょっと!」
ぎょっとして目を見開いた雪哉を嘲笑うかのように橘はククッと喉で小さく笑い、太腿に舌を這わせ始めた。
「せ、先輩っ、何やってるんですか!?」
ざらりとした舌の感触に思わず身震いを一つ。
「何って綺麗にしてやってんだろ……文句あんのか?」
腿についたミルクを舐めながら見つめられ、雪哉はボッと火が出そうなほど真っ赤になった。
橘が高校を卒業してから半年近く。大学生になった彼は最近益々大人びたような気がする。
平日は互いに忙しい為、出来る限り週末にはこうして泊りに来るようにしているのだけれど彼の突飛な行動に毎回ドキドキさせられるのはどうしたものだろうか。
何処でスイッチが入ったのかわからないが、いやらしく響き渡る水音が羞恥心を掻き立て、甘い快感が込み上げてくる。
モジモジと腰を揺らし始めた雪哉の姿を見上げ、何処か愉しそうに彼は際どい部分を撫でてあくまでも練乳がかかった部分だけを舐めあげていく。
こういう時の橘は大抵が意地悪だ。
「……んっ。先輩、そこじゃない、でしょ……?」
「そこはかかってないだろ?」
熱い息を吐きながら、もどかしく腰を押し付けてくる雪哉を見て、橘はニヤリと笑った。
「エロいなお前。まだ触ってもないのにココがテント張ってんぞ?」
つつ、とズボン越しに撫でられて、雪哉はクッと息を詰めた。
「……っえろいのは先輩ですよ。そんな舐め方されたら誰だって……」
「ヤりたくなった?」
「うっわ、サイテー。そんな即物的な言い方しないで下さい。恥かしい、っは……んんっ」
すっかり熱くなった股間を指でなぞられて、ゾクリと背筋が粟立つ。
「でも、好きだろお前。言葉で焦らされんの」
「す、好きじゃないですっ」
「本当かよ?」
橘が雪哉の前髪を掬い上げながらそう尋ねてくる。色気を含んだ視線に舐めるように見つめられると言葉に詰まってしまう。
悔しいけれど、やっぱり敵わない。橘には全てお見通しなのだ。
「……っは、もう、なんでもいい……いいから、早く」
「色気ねぇな。やり直し」
「は!? なんっ……んっ」
唐突に唇を塞がれた。避ける間もなかった。あっという間にソファに押し倒され、腕の中に抱き込まれる。
「ばーか。冗談だよ」
こつんとおでこを小突かれて甘さの滴るような視線にどきりとした。今にも唇が触れてしまいそうな距離に自然と頬が熱くなる。
「~~~っ」
「……ベッド、行くか? それともこのままがいいか?」
チュッチュッと触れるだけのキスをしながら、好きな方を選ばせてやるよと囁かれ、雪哉は一瞬戸惑った。
すぐ隣の部屋はベッドルームになっている。だけどそこまで待てそうにない。
「……ここで、いいです」
言い終わるのと同時に、再び唇が重ねられた。
「んっ、……っ、ん……」
橘の食いつくような激しいキスに呼吸がままならない。苦しくなって唇を離そうと首を振っても追いかけてきてまた深く重なる。
互いの舌が絡み合い、ちゅくっと唾液の鳴る音がして、腰がぞくりとした。
「あっ、ふ……」
キスに夢中になっていると、いつの間に滑り込んできた手にシャツをたくし上げられ、胸の小さな突起を摘ままれて雪哉はびくりと身体を震わせた。ぷっくりと勃ち上がったそれを押したり潰したりされると甘い痺れが全身を駆け抜ける。
焦らすように胸を指で弄びながら舌が首筋を辿り鎖骨、胸へと降りてくる。
「や、そこばっか、ダメですっ」
「んだよ、乳首苦手だっけ?」
「そうじゃ、ないっすけど……」
モジモジと膝を摺合せながら口籠る。
もどかしい刺激を与えられ続けた身体はどこもかしこも敏感に反応してしまい、下半身が大変なことになっている。
前戯なんてどうでもいいから早くこっちも触ってほしいとは言い出しにくい。
「――――」
それに気が付いたかどうかは定かでないが、橘は何か悪戯を思いついたような意地の悪い笑みを浮かべ一旦身体を起こすとテーブルの上をごそごそと探り出した。
「先輩……?」
「コレ使うか」
「それって、あの」
手に持っているのは、ついさっき開封したばかりの練乳だ。
「うちじゃ全部使わねぇし……どうせお前べたべただし、いいんじゃね?」
嫌な予感がして慌てて起き上がろうとしたけれど、あっという間に下肢を剥かれ性器にチューブの中身が絡みつく。
「わ、ちょっ待って、先輩なにしてっ……ん、あ……っ」
ひやりと冷たい感触に身を竦ませた瞬間に、膝頭を両手で固定され橘が雪哉の性器を躊躇いもなく口に含んだ。
「う、ひゃ……っ」
温かくてぬるりとした口内に含まれ、思わず身体がのけ反った。
まさか橘に咥えられるなんて。予期せぬ出来事に頭の中がパニックを起こしかける。
既に蜜を滲ませていたソコは、唾液と練乳が混ざり合い強烈な快感を雪哉にもたらしていく。
先端を口に含み、練乳を塗りたくった掌でゆるゆると扱き上げられ集中的に刺激を与えられ息が詰まる。
「うっ、ぅあっ。せんぱ……、だ、ダメっ。……っ。そんなにされたら、我慢できな……」
「いいんじゃね? たまには。イきたきゃイけよ」
ソコを銜え込んだまま見上げられ、その視線だけでもうどうにかなってしまいそうだ。
「や、ダメだって……汚れちゃう、から……っ」
泣きそうになりながら懇願すると、一度唇を離した橘の眉間にグッと深い皺が寄った。
そして再び股間に顔を埋め熱く滾ったソレをさらに深く銜え込む。
「ふぇ、ああっ!! せんぱ……んん、……待って、それ、や……っぁあ……んっ」
喉の奥に呑み込まれた状態で手と舌で巧みに愛撫され、雪哉の身体はガクガク震えた。ソファからずり落ちた脹脛が軋むほど強張る。
もう駄目だ、これ以上は堪えきれない。
「嫌、じゃないよな? ここも、物欲しそうにヒクついてる」
橘の腿を跨ぐような形で足を開かされ、膝を押さえていた手が後ろの窄まりに触れる。
ヒクつくそこは簡単に橘の指を呑み込み垂れてきた練乳と混ざり合ってグチャグチャと凄い音がする。
「慣らす必要ねぇくらい準備万端だな」
「っ、は……んん。も、いいから早く……っ」
橘はククッと喉を鳴らして小さく笑いながら、ズボンの前を寛げて身体の位置を合わせると大きく突き上げた。
「んっ! あ、……ぁあっ」
熱く滾ったモノに貫かれる衝撃に、雪哉は身体を弓なりにしならせて激しく身悶える。
「くっ、……はぁっ、あ、ぅうんんっ」
少しでも声を洩らさないようにと手の甲を噛んで耐えてみたけど無駄な抵抗で突き上げられるたびに堪え切れない嬌声が零れ落ちる。
「ふ……っ、んん」
「オイコラ手は噛むな。痕が残んだろ? つか、今更だっつーの。お前の声なんて何度も聞いてるだろうが。いい加減慣れろや、あんまウゼーとぶん殴るぞマジで」
「でも、だって恥ずかし……ひゃっ」
口元を押さえていた両手首を頭の上で縫いとめられ、唐突に耳の穴に舌を差し込まれた。濡れた音がくちゅくちゅと頭の中でダイレクトに響く。
「あ、あっ……ふ、んんっ、それヤだ。ゾクゾクするっ」
「すっげー気持ちイイの間違いだろ?」
首を振って逃げようとしても追いかけてきて、脳裏がスパークするような強烈な快感が襲う。
声を我慢する余裕なんか何処かへ吹っ飛んでしまい、雪哉の口からひっきりなしに甘い嬌声が洩れた。
「あ、は……あんっ、ああっ、あっ、はぁっ……っ、あ……」
湧き上がった快感に堪らず喘ぐと、それが合図のように橘は腰を大きく突き上げて激しい抽送を繰り返してゆく。
「あ、せんぱ……すごっ、あ……っぁあ!」
ソファのスプリングが軋んだ音を立ててそれがさらに二人の興奮を煽ってゆく。
橘が動くたびに結合部が濡れた音を立て雪哉は耳からも犯されていく。もう何も考えられない。頭の芯までドロドロに溶かされていくようだ。
「ん、も……むりっ……は、ぁあ! 無理っ」
橘の背に腕を回し肩に顔を埋めながら喘いでいると、唐突に強く抱きしめられた。
「く、雪哉……っ」
「っ!」
耳元でいきなり名を呼ばれ一際大きく鼓動が跳ねた。ほんの一瞬息をするのも忘れてしまったように、喉が詰まる。
それと同時に急速な射精感を覚え、無意識のうちに中にいる橘を締め付けてしまった。
「あ、や……っあああっ、いく……っ! イっちゃ……っ」
「ばっか、おまっ……キツ……ッあんま締め付けんな」
「あ、あ、……やぁああっ……――ッ」
焦ったようにクッと喉を詰めた橘が中で弾ける感覚がわかった。それとほぼ同時に雪哉も白濁を放った。
******
「…………」
「オイ、何怒ってんだ。いい加減機嫌直せや」
喉元過ぎればなんとやら。後処理を終え、橘がリビングに戻って来ると、正気に戻った雪哉がソファに凭れた状態でクッションに顔を埋めていた。
「先輩の馬鹿っ!……家族の前でもう、イチゴ食べられないじゃないですかっ」
「あ? 食えばいいだろ気にせず」
「出来ないよ。だ、だってその……色々と……思い出しちゃうし……」
もごもごと口籠りながらクッションをぎゅうっと抱きしめている姿を見て、橘は面倒臭そうに頭を掻いた。
「ぁ~、つまりアレか。イチゴの練乳掛け見るとさっきのを思い出しちまうって、そういう事か」
「……ッ」
橘の問いに雪哉はコクコクと頷く。
家族団らんの最中にデザートで妄想して、いちいち赤面する雪哉と言うのはなかなかに面白いかもしれない。
「別にいいんじゃね? おもしれー」
「お、おもっ、面白くないですよ!」
「あーもー! うるせぇな。ぎゃんぎゃん喚くな埋めんぞコラ! だったらイチゴ食う時だけ家に来いよ。 たっぷり可愛がってやるから」
隣に腰かけ乱暴に肩を引いて抱き寄せると、雪哉が頬を赤く染めながらふるふると小さく首を振った。
「え、遠慮しときます。なんか、毎回こんな事されたら僕の身が持ちませんよ」
「するかボケっ! イチゴ食うたびにんな事してたら鈴木に殴られるわ! つか、練乳使わなきゃいいだけの話だろうが」
ちょっと強めにおでこを小突くとよほど痛かったのか雪哉が額を押さえて小さく呻いた。
「いたっ……」
「だいたい……毎回んなエロい姿見てたら俺のがどうにかなっちまうっつーの」
乱暴に雪哉の頭を掻きまわしながら橘がぼそりと呟く。
「えっ? 今、なんか言いました?」
「なんでもねぇよ……」
毎回あんな姿を見せられたら理性が持たないが、時々なら……。
幸い、まだ練乳はたっぷりと余っている。ふと頭を擡げたよこしまな感情に気付き、思わず失笑が洩れた。
「ハッ、馬鹿馬鹿しい……」
「何を言ってるんですか?」
「お前が来る時にはイチゴ準備して待っててやるよって言ってんの!」
「意味がわかりません。というか、僕の話ちゃんと聞いてました!?」
「あーもー! 五月蠅いって! 喚くな馬鹿っ」
イチゴはそこまで好きじゃないし、甘いのも正直言って苦手だ。イチゴミルクなんてもっての外だと思っていた。
でも、雪哉と一緒になら美味しく食べれそうな気がする。……色んな意味で。
くしゃくしゃと雪哉の頭を掻き混ぜながら橘はふと、そう思った。
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