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番外編⑤甘やかしたい橘と甘えるのに慣れていない雪哉の話 2
「えっと……? 今日って確か練習ありましたよね? なんで先輩が此処に……?」
放課後、マネージャーから預かった雪哉の荷物を持って保健室へ行くと、ちょうど雪哉がベッドから立ち上がり、自分の上着を羽織っていたところだった。
熱のせいか少し目を潤ませながら、何故ここに居るのかと不思議そうな顔で尋ねて来る。
「なんでって、そりゃお前……」
熱を出したと聞いて、落ち着かず、いても経ってもいられなかったから。なんて、口が裂けても言えるはずがない。
僅かに視線を彷徨わせたあと、雪哉の質問には答えず、額を近づけて体温を確認する。何気なくした事だったが皮膚が触れ合う瞬間、雪哉が頬を赤らめ小さくびくりと身体を震わせて硬直したのがわかった。
昼間に触れた時よりも肌が熱いような気がする。本当に大丈夫なのだろうか。
「……っ」
「まだ、熱は高そうだな。歩けるのか?」
「勿論歩けますよ。ほんと、大丈夫ですから……」
腰を支えてやろうとしたらやんわりと断られ、自分は元気だと言わんばかりにやや大げさだと言わんばかりにアピールしてくる。だが、頬も上気しているし、何となく呼吸が浅い。雪哉がまだ本調子でないのは火を見るより明らかだ。
「バーカ。あんま無理すんなっての」
頭を軽く小突いて、二人分の荷物を持ったまま保健室を出ると、雪哉は諦めたのか戸惑いながらもついて来る。
「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫なのに……むしろ、申し訳ないです」
「何言ってんだよ。まだ、こんなに熱が高いのに」
「……ッ」
そっと上気している頬に触れてみた。額も熱かったが、頬や首筋はもっと熱い。
「そ、それは……橘先輩が、触るから……」
「!」
ただでさえ赤くなった頬を茹でだこのようにして、潤んだ瞳が橘を見つめる。身長差もあって自然と上目遣いになってしまうのは仕方が無いが、ぼそりと呟くその姿にドキリとした。
(俺が触れると身体が火照る……って!?)
自分で何を言っているのかわかっているのだろうか?
まさか、誘って……わざとあざとくなるように言っているのか? 一瞬、不埒な妄想が頭を過り、橘はぶるぶると頭を振ってそれを追い払う。
その仕草で何かを察したのか、雪哉がぴたりと立ち止まった。視線の先には体育館で1年がバタバタと慌ただしそうに準備をしている姿が映し出されている。
「と、とにかく! 僕なら大丈夫ですって。だから、先輩は部活に行ってください。ほら、もうすぐ始まっちゃいますって」
「あぁ、今日は休むって大久保に言っといたから気にすんな」
そう言った瞬間、雪哉の目がこれでもかという程に大きく見開かれた。
「へ、はぁっ、休んだ!? どうして……?」
「なんで、どうしてってお前、そればっかだな」
「だって、変ですよ……。いつも一番に行くくらいバスケバカな先輩が休むとか」
「シレっとディスってんじゃねぇよ」
自分がバスケバカなのは否定しない。だが、その大好きなバスケよりも雪哉が心配だと言ったら、彼はどんな反応をするのだろうか。
「今日は、気分が乗らなかった。ただそれだけだ。それより、送って行ってやるから行くぞ」
「えっ、ちょ、僕のカバン!」
返事を聞く前に駅へと向かって歩き出した。雪哉が慌てて追いかけて来る。
「先輩、カバン返してください」
「気にすんなっての」
「でも……」
「俺がしてやりたいと思ったんだ。だから気にするな」
具合の悪い時くらい、もっと自分を頼ってくれればいいのに雪哉は中々それをしようとしない。
きっと、弱っている自分を見せたくないのだろう。もし、自分が同じ立場になったら、多分今日の雪哉のように「大丈夫だ」と繰り返すのかもしれないが。
雪哉は頑固だし、人に甘えるのが下手くそだ。そう言うところは自分によく似ていると橘は常々思っていた。
だからこそたまには、頼って欲しいし沢山甘やかしてやりたい。
「今日だけ、特別だからな」
「特別……」
こういう日があったって悪くはないだろ? そう言うと、もう何を言っても無駄だと悟ったのか雪哉が短く息を吐いて肩の力を抜いた。
駅までの真っすぐな沿道をゆっくりと雪哉の歩幅に合わせて歩いていく、ひやりとした空気が肌を刺し、辺りにある街路樹に取り付けられたイルミネーションの灯りがポツリ、ポツリと点き始める。あと数十分もすれば陽は完全に落ちて、青白い光に照らされた街路樹が神秘的な空間を演出し始めるのだろう。
「今日も寒いね」
「こうやってくっついてれば寒くないけどな!」
「ホントだ、あったかい」
なんて人目も憚らず手を繋いで仲良さげに歩いている高校生カップルとすれ違った。
人恋しい季節だし、イチャ付いているカップル自体は珍しい事ではない。
だが、それを見ていた雪哉が、ほんの一瞬だけ寂しそうな表情になったのを橘は見逃さなかった。
「……萩原」
「え、どしたんですか って……せ、せんぱい!?」
振り返った雪哉の肩を抱いて、引き寄せる。
「わ、ちょっ何? どーしたんですか!?」
「うるせーよ、騒ぐな馬鹿」
「さわぐなって言ったって……肩に手が……目立っちゃいますって」
「別に、俺は構わねぇよ」
「僕が構いますっ!」
そう言いながらも本気で嫌がっているわけではなさそうだ。抵抗するそぶりも無いので肩を抱いたままゆっくりと歩みを進める。
「先輩、今日変ですよ? どうしたんですか一体」
「嫌か?」
「い、嫌……では、ない……ですけど……」
「じゃぁ問題はねぇだろ」
「問題ありますって! 男同士で肩抱き合って帰るとかどう見ても変じゃないですか」
「大丈夫だって、暗くてよく見えないし。今日は俺がこうしたい気分なんだ」
「……ッなにそれ……そう言う問題じゃないのに……」
「じゃぁなんだよ?」
訊ねると、雪哉は耳まで真っ赤に染めたまま俯き、「恥ずかしいんですってば」と蚊が鳴くような声でそう呟いた。
「先輩が普段しない事ばっかりするから……っ、僕は、どうしたらいいかわからなくて……こんなの、恥ずかしい」
なんて、文句を言いつつ雪哉はしっかりと橘の服の袖を掴んで離れようとしない。
言っている事と行動が矛盾しているが、それに本人は気付いているのだろうか?
そんな仕草にですら可愛いと思ってしまう自分は相当重症だと思う。
ベタベタするのは自分も苦手だし、ぐいぐい来るような女は苦手だ。
だけど、弱っている時くらいは頼って欲しいし、もっと甘えてくれてもいいのにと思う。
「……たまには、こういう日もあるんだよ」
思わず口元に笑みが浮かび、文句を言いつつ凭れ掛かってくる雪哉の頭をクシャリと撫でた。
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